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1話

カクヨムでも同じものを投稿してます。

4月。新しい制服のスカートのプリーツが、まだぎこちなく風をはらんでいる。


私は、伊波芽依。高校一年生。

入学してまだ数日しか経っていないのに、早速、職員室に呼び出された。

呼び出しの主は担任の虎門先生。授業中もパチンコと麻雀の話しかしない、ちょっと…いや、だいぶ変わった先生だ。


「おう、伊波。お前、今日から将棋部な」


「えっ?」


「だから、将棋部。オレが入れといたから。よろしくなー」


あまりに自然な口調で、冗談のように聞こえたけど、虎門先生の目は笑っていなかった。なんで勝手に、と思ったけど、理由はなんとなくわかっていた。


それは、この学校では1年生から何かしらの部活に入らなきゃいけないと決められているからだ。文武両道を掲げる、ちょっと厳しめの方針。入学式でも「部活に所属しない生徒は内申に響くぞ」なんて、どこかの先生が言っていた。


「幽霊部員でもいいから。顔出す必要もないし、な?」


「……わかりました」


そう返すしかなかった。

それだけ言って、私は静かに職員室を後にした。



それから数日間、私は将棋部には顔を出さなかった。


入部届は提出されたけど、将棋部の顧問である先生直々に幽霊部員のお墨付きを貰ったのに、わざわざ部室に行く必要はないだろう。

実際、教室に貼り出された部活動名簿にも私の名前はなかった。誰にも気づかれずに、こっそりと在籍する。それが一番都合がいいと思った。


教室ではクラスメイトたちが、毎日部活探しに盛り上がっていた。

「バスケ部の先輩、超カッコよくない?」

「吹奏楽部、体験行ったんだけどさ〜先輩めっちゃ優しくてさ!」

そんな会話が交差する昼休み。


私はそんな声を背に、日本文学の文庫本を開いて、物語の中に入り込んでいた。

孤独ではない。ただ、静かでいたいだけ。

本の世界に入り込んでいるときが、私の中で一番好きな時間だから。


でも、やっぱりというか、予想通りというか——再び虎門先生に呼び出された。


「なあ、伊波。お前、なんで将棋部に顔出さないんだ?」


「だって……幽霊部員でいいって、先生が……」


「まぁそうだけどよ。そろそろ顔出せよ。初回サービスだと思って。な?」


肩をすくめながら先生は言う。


「今日、放課後。行ってみ。歓迎されっから」


「……はい」


先生の言葉に押し切られる形で、私はうなずいた。


それに、ほんの少しだけ、気になっていたのも事実だった。

学校の部活って、どんなところなんだろうって。



放課後。昇降口で上履きを脱ぎながら、私は心臓の鼓動が速くなっていくのを感じていた。


部室は旧校舎の二階。廊下には古びた理科室の名札が残っていて、その隣にあるドアの前に立った。

静かだった。中からは物音ひとつしない。ドアノブに手をかける前に、私は一度、深く息を吸った。


「はーい、開いてるわよ〜!」


ノックすると、明るい声が返ってきた。少し肩の力が抜ける。


扉を開けると、そこには見知らぬ先輩たちがいた。


長い黒髪を後ろでひとまとめにした凛とした雰囲気の先輩が、一番奥の席で盤面を睨んでいた。十六夜桜――将棋部の部長、らしい。


「おっ、新入生? あんたが伊波芽依ちゃんね」


「はい……今日、担任の先生に……来いって」


「ふふっ、虎門先生らしいわね。ま、幽霊でも何でもいいわ。うちはそういうの気にしない主義だから」


十六夜先輩は椅子から立ち上がり、私の前に来て、まっすぐに目を見て言った。


「わたしは十六夜桜。虎門先生から話は聞いてるわ。

そんな肩肘張らなくていいのよ。将棋を指しに来るんじゃなくてお菓子を食べに来るとか、授業で分からない所を教えてとか、そんな感じで来れば良いのよ」


その言葉に、私の中で張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


十六夜先輩の隣に座っていたのは、いかにも“お嬢様”という感じの雰囲気の先輩。淡いピンクのカーディガンを羽織り、品のある笑みを浮かべている。


「こんにちは、伊波さん。わたくしは結城牡丹と申します。どうぞお掛けになってお菓子でも食べて」


その後ろから、男の子のようなショートカットの先輩が顔を出してきた。


「ボクは西条百合! よろしくね、芽依ちゃん。将棋のルールは知ってる?」


「最近はずっとやってないですけど。昔、少しだけやったことがあります」


たどたどしく答えながら、私は空いている椅子に座った。


机の上には将棋盤と駒、そして紅茶とクッキーの乗ったお皿。

ここが、将棋部の部室。

——なんだか思っていたよりも、居心地が悪くない。


静かで穏やかな空気。

けれど、どこか奥底には、駒がぶつかり合うような熱も感じられる。

ここで、私の高校生活が、少しずつ動き始めるのかもしれない。

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