第27話 くっころガチ勢、ガチで謝る
「本当に、すみませんでした」
フローラと模擬戦闘に勝ち、更には弁論で婚約まで勝ち取ってきた俺は今、裏の控室でシンシア王女に頭を下げていた。
他にも控室にはヴィクター王子やローレンス、それにアリス、マーガレット、カレン、トムを加えた身内メンバーが呆れたように俺を見ていた。
「……なんで教えてくれなかったんですか?」
「………すっかり忘れてました」
くっころのことで頭が夢中になりすぎてすっかり頭から抜け落ちていた。
シンシア王女を蔑ろにするつもりはなかったのだが結果的にそうなってしまい絶賛俺はクズ男である。
「はぁ……ジェラルトらしいと言えばらしいけど呆れたわね……」
マーガレットが呆れたようにため息をつく。
全く持って仰るとおりで今回は俺が100%悪いので何も言い返せない。
ほんと過去の俺何やってんだよ……
過去の俺天才とか最高とか言ってる場合じゃないって。
「はぁ……私だって王族の生まれですし、一人の女として何も思わないわけではありませんが側室を娶る理解はあるつもりです」
「はい」
「ですがそれなら一言くらいはあらかじめ教えておいてほしかったです」
「はい……」
正論すぎて本当に何も言えないんだが?
くそ……俺はなんの憂いもなくくっころを楽しみたかっただけなのにまさかこんな大失態を犯していたとは……!
「はっはっは!ジェラルトお前アホだな!」
「兄様は黙っていてください」
「………」
いつもなら何をやってるんだとヴィクター王子を笑うところ。
しかし今のシンシア王女の言葉には有無を言わさない迫力がありあのヴィクター王子が冷や汗を流している。
「はぁ……申し訳ありませんが一旦ジェラルトさんと二人にしてもらってもよろしいですか?」
「今回はお兄様が悪いです。シア義姉さま、とっちめちゃってください」
「私の愛弟子なんだからそうとう頑丈でタフなはず。自由に顎で使っちゃってください」
「あ、アリス……!?師匠……!?」
妹とマーガレットに真っ先に裏切られ、俺は焦る。
そしてローレンスたちも憐れみの表情を向けながら部屋から出ていった。
ま、まずい……!このままではアリスに嫌われてしまう……!
そんなことになったら俺は……!俺は……!
い、今からでもシンシア王女の機嫌を直して誇れる兄としての威厳を保つんだ!
俺にはそれしか道はない!
「シンシア王女。どうすれば許していただけますでしょうか?」
「……当ててみてください。私の喜ぶことをしてくれたら許してあげます」
なるほど、これは俺がどれほどシンシア王女を理解しているかを試されてるんだな?
ここでギャルゲーの主人公のように完璧な回答を連発し『きゃあ!ジェラルトさん素敵!』となればくっころ的には何もよろしくないがアリスとの仲と評価は保たれる!
まずはシンシア王女の好きなものを思い浮かべよう。
シンシア王女と言えば姫騎士……くっころ……違った。
マーガレットを尊敬してる……騎士に憧れ……くっころ……いや違う。
みんなに慕われる強い王女……気高い……くっころ……だから違う!
くそ……!
なぜ連想ゲームのように考えると途中でくっころが出てくるんだ!
これではシンシア王女のお気に召す何かを考えることなんて……!
「わかりませんか?」
こ、これは俺への催促、もしくは圧力をかけ俺とアリスの仲を引き裂こうとしているのか!?
おのれ卑怯な!
仮にも姫騎士なら堂々とくっころしやがれ!
「ふ、服!今度の休みにベトラウで一緒に服を買うのはどうだろうか!ついでに街も案内しよう!」
本当は女性の買い物なんて長いに決まってるんだし、そもそもゴーラブルに来たばかりのとき痛い目を見たので嫌な選択肢だったのだがこれしか思いつかなかった。
ベトラウは店も多いし、シンシア王女も女子らしく服は好きらしいので気に入ってくれるはずだ……!
「ショッピングデートですか」
「そ、そうだ」
デート、という単語が気になったが今はそこに食いついている余裕はない。
俺が緊張の面持ちで沙汰を待っているとシンシア王女の表情がフッと緩む。
「いいですよ。デート、行きたいです」
よっしゃあ!
まあやはりドレイク家の嫡男として童◯と言えどこれくらいはね?やはり貴族のたしなみとしてできて当ぜ──
「でも、もうあと一押しほしいです」
なん……だと……!?
俺の命がけの長時間ショッピングでは足りない……!?
そんな馬鹿なぼったくりがあってたまるか!
「で、ではどうしろと……?」
「そうですね……では、こういうのはいかがですか?」
シンシア王女は俺を控室に置いてあったソファーに座らせ、俺の横にちょこんと座る。
そして俺の体に体重を預け、肩にもたれかかってきた。
「え、えっと……シンシア王女?」
「私達は婚約者なのにスキンシップを取ったことがほとんど無いじゃないですか。たまにはこうして甘えさせてください……」
そう言ってシンシア王女は俺の左手を抱きしめる。
さらさらの金髪からはなんだか甘い香りがしてきて、腕には柔らかいものがあたり嫌でも《《女》》を感じさせられた。
「フローラさんとの婚約は別に構いません。でも私のことも平等に愛してほしいです……」
あ、あのうシンシアさんや。
僕たち政略結婚やで?
あなたも婚約発表してすぐは『誰があなたの妻なんかになるものですか』とかなんとか言ってたじゃないですか……
(いや待てよ?ここでダメ押しの一撃を入れておこう……!)
俺は右手で自分の鞄を漁り、一つの包みを取り出す。
今回も迷惑かけちゃったし、なんだかんだシンシア王女にはいつもお世話になっているので感謝の印に買ったのだが渡すタイミングに迷い、いつでも渡せるようにバッグに忍び込ませてあったものだ。
ドレイク家の嫡男が賄賂というのは少々心苦しいがシンシア王女の機嫌を直すためなら賄賂上等、なんでもしようじゃないか。
「シンシア王女、これを」
「これは……?」
「貴女へのプレゼントだ。普段の感謝の印として買ってあったのだが今回の詫びも加えて、詫びと感謝の印としてこれを貴女に送りたい」
シンシア王女はびっくりしたように包みを見ている。
俺は優しくシンシア王女の手を取って包みを乗せた。
「これを……私に?」
「ああ。正真正銘シンシア王女のために買ったものだ」
「開けても……いいですか?」
「もちろん」
俺が頷くとシンシア王女は丁寧な手つきで包装を解いていく。
そして中からマーガレットと共に抜け出したときに買ったネックレスが入っていた。
シンシア王女の好みは知らないが、中々いいデザインだったので買っておいた。
女性であるマーガレットも綺麗と言っていたので問題ないだろう。
「綺麗……」
シンシア王女は嬉しそうに目を細めうっとりとネックレスを眺める。
よかった……シンシア王女の機嫌は完全に直ったようだ……
「付けて……くれますか?」
「俺がか?髪に触れてもいいのか?」
髪は女の命。
いくら婚約者と言えど簡単に触れていいものではない。
せっかく明るい雰囲気になってきたのに俺の行動でシンシア王女を怒らせることは絶対に勘弁願いたいものだった。
「ジェラルトさんだからこそですよ。他の方には触らせません」
「そ、そうか。では失礼するぞ」
シンシア王女は後ろを向き、髪を横にずらす。
普段は隠れたうなじは色気があり、くっころガチ勢でなければうなじガチ勢になってしまうところだ。
危ない危ない……!
「えへへ……どうですか?」
「似合っているさ」
「大切にします……本当にありがとうございます」
そう言ってシンシア王女は満面の笑みを見せたあと、俺の腕に顔を埋める。
ゴーラブルに来て最大の窮地を乗り越えたことに俺は安堵の息をつくのであった──




