第32話 くっころガチ勢、姉妹の絆を願う
「父上……!?師匠!?」
なぜ2人がここに、という質問は父に手で制された。
父は朗らかな笑顔を浮かべ口を開く。
「なに、おそらくお目当ての2人はここにいるだろうと思ってな。ここまで兵の流れを読んで来るぐらいは造作もないさ」
「どうやってここへ来たか、ではなくどうしてここに来たのかを聞きたかったのですが」
いや、確かに護衛も連れずにどうやって来たかは意味不明だけども。
なんだよ兵の流れって。
「おや、違ったか。だが私たちは今は観客だ。あとは当人同士に任せるとしよう」
父がそう言うとマーガレットが一歩前に出た。
「お兄様……!お姉様……!どうして……どうしてこんなことをなさったのですか……?」
「……っ!黙りなさいよ!誰のせいでこんなことになったと思ってるの!」
クリスティーナの叫びがこだまする。
それは悲痛で残酷な叫び。
「アンタにわかる!?必死に剣をやってきたのにまだ幼かった剣を握りたてのアンタに完敗してそれから私は嘲笑の的!どこへ行こうが何をしようがアンタと比べられて失望される……!私の気持ちがアンタにわかるわけ!?」
「お姉様……私は……」
「黙って!アンタの話なんて聞きたくない!」
そう言ってクリスティーナは何かを取り出す。
それは白い粉のような代物だった。
「私はアンタを殺すためだけにここまで来た……!最後にアンタが目の前に現れたのは神様の運命ってやつかしら?」
あれはまさか……!
おそらくアリスたちを襲った暗殺者の一人が持っていた薬と同じもの。
だとすれば効果は……!
「ダイアナ!あれを打ち抜け!」
「あいよ!」
ダイアナの矢が音を立てて一直線に迫る。
しかしあと一歩間に合わずクリスティーナは薬を飲んでしまった。
「はぁ……こんなものまで用意していたか。我が妹ながら呆れたな」
「お姉様!」
クリスティーナの姿がどんどん禍々しい姿へと変わっていく。
翼が生え、肌は黒く変色し人間では持ち得ないような魔力の質へと変化していく。
(間に合わなかった……!)
後悔するのも一瞬。
クリスティーナが圧倒的な速度でマーガレットへの距離を詰める。
俺はすぐさま魔装をかけマーガレットの前に立つと初撃を防ぐ。
しかし体勢が悪かったのとクリスティーナの力が大幅に強化されていてふっ飛ばされる。
「ジェラルト!」
「俺は大丈夫だ、問題ない」
それにしてもすぐにマーガレットを攻撃しに来るとは思わなかった。
本当に面倒なことになった。
「師匠!俺が時間を稼ぐ!だからその間に……!」
「いいえ、私も戦うわ」
「師匠……!?」
マーガレットは剣に手をかけている。
もはやあの時の弱々しい姿ではない。
いつも通りの師匠だ。
「こうなってしまったらおそらく人間にはもう戻れない……だったら止めるのが家族でしょ?それに私も武人だもの。誰が裏切ろうが敵として立ちはだかるなら倒さないといけない……私も覚悟を決めたわ。戦闘を許可をお願いします、イアン様」
「許可しよう。ただし私とジェラルトも戦闘に参加する。いいね?」
「はい、もちろんです」
相当に無理をして言っているはず。
だがおそらくこの機会を失えば永遠に話す機会は失われるだろう。
……というか父も戦うのか?
「……父上」
「保護者としての当然の務めだ。それにあちらも人間をやめているのだからまさか卑怯とは言うまい」
「……まあそうでしょうけど」
俺は父の実力を知らない。
幼い時に戦ったことはあるがあのときは俺の実力が足らなかったから詳しい実力がわからないのだ。
「何をべらべらと喋ってるのよ!」
クリスティーナが距離を詰めてくる。
速く一撃も重いがマーガレットと一緒に防いでいく。
手合わせも稽古もたくさんした仲だからこそお互いの間合いと呼吸を読み合って近くで剣を振れる。
「チッ!」
「いくぞ師匠」
「任せなさい」
俺が反撃に転じるとマーガレットが俺を援護するように一定の距離を保ちながら攻撃していく。
しかしそれでも決め手に欠ける。
「ちょこまかと面倒くさいわね!」
クリスティーナはすぐに離脱する。
しかし次の瞬間には父の方向へと転換していた。
「父上!危ない!」
「死になさい!よくもマーカム様を!」
その瞬間、甲高い音が響く。
しくじったと思った。
しかしその心配はいかに無駄だったかを思い知らされることになる。
「ふむ、中々いい一撃だね。まあ薬の力も考慮すると中の下がいいとこかな?」
「なっ!?」
父が涼しい顔をして攻撃を防いでいた。
腰から抜き放った剣はクリスティーナの攻撃を受けてもなおピクリとも動く気配がしない。
どんだけ力込もってるんだよ……
「とはいえ私は主役ではない。後は若い2人に任せるとしようか」
そう言って父はクリスティーナを弾き飛ばす。
そして再び俺とマーガレット対クリスティーナの戦いが始まった。
「お姉様!もうやめて!こんなことを続けても……」
「アンタに私の気持ちはわからないって言ってるでしょ!」
マーガレットの声もクリスティーナには届かない。
もう既に精神が薬に侵食され始めているのも原因だろう。
一体どうすれば……
「ジェラルト、聞いて」
一度距離を取ったときマーガレットから声をかけられる。
クリスティーナから目は離さないまま返事をする。
「どうした?」
「お姉様へのトドメは私が刺す。だから隙を作って欲しいの」
「……本気か?」
「本気よ。これは私がやらなくちゃいけないことだもの。私たちの溝はもう多分埋まることはない。だったらせめて私が……」
「……わかった。俺が隙を作ろう」
こうなってしまった以上もう止まれない。
マーガレットが辛いときは俺もシンシア王女もフローラも支える。
だったら今はマーガレットのやりたいようにやるんだ。
「紅月流、斬撃ノ術……」
俺は剣を握りクリスティーナを見据える。
待ちの姿勢はもう終わりだ。
この悲しい戦いを終わらせるんだ。
「月光一閃」
一瞬で距離を詰めた俺はクリスティーナの左腕を切り飛ばす。
槍の使い手にとって片手を失うのは大打撃だ。
片手で放つ技もあるだろうが連撃は不可能。
「紅月流、居合ノ術……」
マーガレットがすぐに距離を詰めてくる。
刀は納刀してあり完全に居合の構えだ。
「イヤだ……ワタしはまダ……」
「赤月斬り」
マーガレットの剣が炎を纏いクリスティーナを斬る。
クリスティーナはその場に崩れ落ちた。
「お姉様……」
「イタい……どうシテこんなこトニ……私は……アンタみたい……に……なりたカッたダケ……な……ノ……」
それはクリスティーナの心からの叫びだったのだろう。
身内が眩すぎて苦しむことは往々にしてありえることだ。
その先にあるのは誰も得しない嫌な未来。
人間の嫉妬とはもはやどうにもならない。
「お姉様……私にとってあなたは目標でした。日々を努力するあなたは誰よりも美しかった。だから……」
「師匠……」
「大丈夫よ。私は……大丈夫……」
だけどマーガレットにとってはかけがえのない大切な人だった。
一体どこですれ違ってしまったのだろうか。
生まれた才能に罪はない。
しかし無自覚に人を傷つけてしまうこともある。
最善とは言えなくても今、ひび割れて永遠に交わることのなかった姉妹の絆はどうなったのだろうか。
お互いの本音を知り、少しでも救われただろうか。
願わくば2人がまた生まれ変わることがあれば仲の良い姉妹になれるように──