第31話 くっころガチ勢、兄妹と対峙する
(これで勝敗は決したか……)
目の前でマーカム公が崩れ落ちる。
その場はなんとも言えない静寂に包まれていた。
しかし次の瞬間には勝ちを告げるときの声があがった。
「……若様。終わりましたぞ」
「ああ、ご苦労だったな。ゲイリー=マーカムも敵ながら見事だった」
「ええ、ですから私も決闘に応じました。できれば生け捕りにしたかったですが……これはイアン様の説教を受けるしかありませんね」
「父上はそんなことで説教したりしないさ。あの人はなんの変哲も無かったように結果を出す。それより俺達の無事を喜んでくれる人だろう?」
「ふふ、それもそうですね」
ジャックは楽しそうに笑う。
なんだか視線が生暖かった気がするが気にしないことにした。
「さて、若様。私はこれより戦場を回ってマーカム公死亡の知らせを広めてきます。戦を収めないといけませんからね」
「ああ、だが俺にはまだやるべきことがある」
「カートライト一族の件でしょう?例の二人を捕らえに行きたいと」
「そういうことだ」
「良いと思いますよ。マーガレット様には万全の状態でいてもらわなくては例の件は本当の意味で成功とは言えません。人間という生き物は精神状態がパフォーマンスに大きな影響を与える生き物ですから」
「良いのか?止められるかと思っていたが……」
ジャックと一緒じゃないとダメって言われてたしな。
マリアンヌの護衛は勘弁してほしいからジャックをなんとか説得して一緒に向かおうかと思ってたんだが……
「ふふ、ドレイク家には人材が数多くいますからね。ほら、ドレイク軍を代表する剛将がすぐそこに」
ジャックがそう言うと馬の駆ける音が響き始める。
見ればたくさんの砂煙を上げながら騎馬の一団が迫ってくる。
その先頭を走る二人の姿には見覚えがあった。
「おや、もう終わったのか?」
「ぬぅ……間に合わぬとは……流石はジャック殿率いる騎馬隊だ。我もまだまだですな……」
「ブラディ伯爵とダウンズ男爵……」
やってきたのは右翼を率いるブラディ伯爵とダウンズ男爵だった。
もうすぐ突破するとは思ってたけどもうここまで来たのか……
「おや、ジェラルトの坊やもいたのかい。どうしてここに?」
「ちょっと所用でな。これから敵右翼に突撃をかける。付き合ってもらえるか?」
「はん、なるほど。美味しいところはジャックさんに持ってかれちまったし別に構わないさ。カートライトの嬢ちゃんのためだろう?」
「おお!なるほど!では若様の青き春のため我も協力しますぞ!」
「断じて青き春では無いが助かる。行くぞ」
俺は再び馬に乗るとジャックにちらりと目を向ける。
こちらを見ていたジャックは優しい笑みを浮かべてゆっくり頷いた。
ジャックの許可が取れたんだ。
父に怒られなくて済むな。
「行くぞ!これが最後の俺達の魅せどころだ!」
◇◆◇
(あれが敵右翼の陣か……)
天幕が張ってあるのが見える。
おそらく敵にもマーカムの死は知られているはず。
逃げていなければよいが……
「行くぞ!突撃だ!」
「て、敵襲!」
「よ、横から騎馬が!」
既に敵の右翼は撤退準備を始めていた。
それがイーデン伯爵による手痛い反撃によって遅れているところだった。
視線を動かしカートライト兄妹らしき人物を探していく。
(カートライト兄妹はどこだ……)
「あなたがジェラルト=ドレイクね?」
突然名前を呼ばれ馬の足を止める。
見るとそこには一組の男女が馬に乗ってこちらを見ていた。
「……そうだが。まず人の名を聞く前に自分が名乗るのが最低限の武人の礼儀というものじゃないか?」
「年下のくせにスカしてていけ好かないわね。クリスティーナ=カートライトよ」
(やはりこいつがそうか……)
クリスティーナの顔を見たことは無かったがマーガレットの鮮やかな赤とは違うが黒を少し混ぜたような暗い赤髪が特徴的な女性だった。
年頃は20代中盤から後半といったところか。
ということはその横にいるのが……
「……カートライト家当主、ヒューズ=カートライトだ」
「マーク殿がカートライト家当主と記憶しているが?」
「父上はもう使い物にならない。だから俺が当主になった。それだけのこと」
ヒューズは短く切った赤髪が特徴的な20代後半といったところの男。
切れ長の目がこちらを見定めるようにジトッとした視線を向けてきている。
「ブラディ伯爵、ダウンズ男爵。俺はこいつらに用がある。イーデン伯爵と連携しながら敵を潰しにいけ」
「それはできないね。坊やが死んだらアタシたちがイアンの旦那とジャックさんに殺されちまう。それだけは勘弁だ」
「では我が行きましょう。ダイアナ殿、若様を頼みましたぞ」
「あいよ」
ダウンズ男爵が兵を率いて離れていく。
この場には四人だけが残ることとなった。
「一応聞こう。なぜドレイク家を裏切った?」
そう俺が聞いた瞬間クリスティーナが馬を走らせ突きを放ってくる。
俺は冷静に初撃を弾き、馬から跳躍して懐に入り込んで剣を振るとなんとか防いだクリスティーナを馬上から叩き落とすことに成功した。
俺はそのまま地面に着地する。
「くっ……」
「もう一度聞こう。なぜ裏切った?」
「その太刀筋……」
「あ?」
「アンタの太刀筋は本当に妹にそっくりねって言ってるのよ……!」
「話が変わったがまあいいだろう。俺はアンタの妹から紅月流を習ったからな。多少は似てくる部分もあるだろうな」
俺がそう言うとクリスティーナは強く唇を噛む。
そして睨んで叫んだ。
「それがいけ好かないって言ってんのよ!」
「アンタの妹から剣を教わった弟子だぞ?どこがいけ好かないんだ」
「アンタとは話したくもないのよ!」
クリスティーナの連続の突きが飛んでくる。
ただ手練だとは思うがマーガレットには遠く及ばない。
俺は全て捌き切り逆に蹴りを食らわせた。
「ぐっ……!」
「……クリスティーナ。どうやらもうチェックメイトのようだ」
槍を弾き飛ばして気絶させようとした瞬間、ヒューズが呟く。
その言葉にクリスティーナは目を剥いた。
「イヤよ!私はまだ……!なっ……!?」
クリスティーナは驚愕の表情を浮かべる。
俺もそちらに目を向けると自分の目を疑った。
2騎がゆっくりとこちらに近づいてきていた。
たった2騎。
されど2騎。
何よりも近づいてきた人物が驚きの全ての原因だった。
「父上……!?師匠!?」
そこにいたのは出陣禁止を言い渡されていたはずのマーガレットと本陣にて全軍の指揮をとっていたはずの父上だった──