第30話 公爵宰相、祖国を想う
人類には決して勝てないものがある。
この世の理、自然の力、運命。
そしてそれが私にとってはドレイク家だったのだと今痛感している。
どれだけ手を打とうと全てが見透かされているように潰される。
もはや格が違うのだ。
これでは赤子と虎の戦いだ。
いくら数を集めようと勝てるはずがない。
そして今。
「ほ、報告!ついにドレイク騎士団が動き始めました!その勢いは凄まじく全く止まりません!」
眼下には砂埃を立てながら一切他の雑兵には目もくれず一直線にこちらに向かってくる集団が見える。
こちらの兵も応戦しようとするがあまりの実力差にぶつかる前から心が折られてしまっている。
あれはおそらくここまでたどり着くだろう。
「ま、マーカム様!早く逃げましょうぞ!」
「我々さえ生き残っていればいくらでも再起は狙えますぞ!さあお早く!」
先日まで私を臆病者だとバカにしていた無能貴族はすぐさま手のひらを返し逃げようと言ってくる。
醜い事この上なかった。
戦いの場に立ったのならば死くらい覚悟せねばならんというのにこ奴らは出世のことしか考えていなかったのだ。
「はぁ……衛兵出会え!こ奴らの首を全てはねろ!」
「なっ!?マーカム様!?何を!?」
「お気は確かか!?」
私の命ですぐさま兵が集まる。
こ奴らはまさに膿だ。
長年をかけてアルバー王国に溜まった膿。
私が勝とうがドレイク家が勝とうがこの無能どもはいいことはしないだろう。
ならばここで掃除しておくのも総大将としての務めというものだろう。
「やれ」
「ぐあっ!?」
「マーカ……うっ!?」
バタバタと血を流し倒れていく。
私はその様を冷たい目で見つめ覚悟を決めると自分の鎧と剣を持ち馬にまたがった。
「……もう来たのか」
「お久しぶりですね。ゲイリー=マーカム様」
私と相対すのはドレイク家の懐刀ジャック。
そしてその横にはドレイク家の倅ジェラルト=ドレイクの姿もあった。
「私の首を取りにきたんだろう?」
「ええ。逃げても構いませんよ?すぐに追いついて頭と胴体は泣き別れですから」
あの生ける伝説ジャックからこの老骨が逃げられるわけもなかろうに……
まあ貴族派の貴族としてあるまじき醜態を見ればそう思われるのも無理なきことなのかもしれんが……
「別に逃げも隠れもせぬさ。だから鎧と剣を持ち出してこうして馬に乗っておる」
「左様でしたか。ご協力ありがとうございます」
ジャックはニコリと笑みを見せる。
その笑みはとても伝説と呼ばれる猛者のものとは思えないほど穏やかだった。
「一つ質問してもいいか?マーカム公」
「なんだ?ドレイク家の倅」
ジェラルトが私に対して質問してくる。
戦場ではそれは異質なようで健全。
それだけ何が起こってもおかしくない場所なのだ。
「ヒューズ=カートライトとクリスティーナ=カートライトはどこにいる?」
「……奴らなら右翼に配置した。今頃ロイ=イーデンに攻めかかっている頃であろう」
「そうか。一応信用しておくとしよう」
ジェラルトにはカートライトの赤き華がいたか。
ドレイク家に尻尾を掴まれるのを嫌って配下にいれようとしたことはなかったが彼女も天才だ。
いずれアルバー王国を背負って立つ人材になるだろう。
まあクリスティーナの奇襲の結果を見るに結局ドレイク家に全て筒抜けだったようだがな。
やはりカレンを引き抜かれたのが痛かったか……
「私からも一つ質問をいいか?ドレイク家の倅よ」
「……なんだ?答えられることだったら答えよう」
「そなたにアルバー王国を背負う覚悟はあるか?」
ジェラルトは少し驚いたような顔をした。
だがアルバー王国はここからが《《正念場》》なのだ。
今まで通りではダメだ。
その覚悟を次世代には持っていてもらわなくてはならない。
「そなたは神童だ。長年宰相として色んな人材を見てきた私が保証しよう。もしかしたらイアン殿も超えられるやもしれぬ」
「俺にアルバーを背負うつもりなどない。王家を立てるからな」
「だが今回の戦でドレイク家を止められる存在は国内にいなくなる。そうなると高まるのは王家ではなくドレイク家の求心力ぞ?」
「……」
改めて国民や貴族たちは再認識したはずだ。
ドレイク家には決して敵わないと。
それはドレイク家への畏怖であって王家へではない。
そのズレが必ず致命傷となる日がやってくる。
それが国の滅亡に直結するかもしれないほどの……
「覚悟を持て、少年よ。それが才ある者の責務だ」
「……国を背負う約束はしない。だが国は必ず守ろう。将来の妻たちを危険にさらすわけにはいかんのでな。この国を守り切ることは約束しよう」
「……及第点だな」
さぁ……思い残すことはもうない。
次代は確実に育っている。
アルバー王国は安心だ。
「ジャック。一騎打ちをしろ。私の最後を華々しく飾らねばならんのでな」
「……本来なら生け捕りにしたいのですがね。まあいいでしょう。あなたという一人の《《男》》に最大限の敬意を表します」
ジャックが剣を構える。
私も同じように剣を構え馬を走らせた。
全力で剣を振ろうとするが敵うはずもなく剣は叩き折られ体からは血が吹き出した。
(私も……これで終わりか……)
様々なことが一気に蘇ってくる。
満ち足りることはなかった人生だが後悔も無い人生だった。
私の才覚一つで一国の宰相にまで上り詰めたんだ。
私という存在を歴史に刻んだのだ──
(アルバー王国に育つ未来ある若葉たちよ……どうか、どうか祖国を……)
そこで私の意識は途切れ、永遠に戻ることはなかった──
◇◆◇
ゲイリー=マーカム。
アルバー王国における謀反人と知られるが同じくらい功績も大きかった。
彼が生み出した政策の数々はアルバー王国の基盤を築き上げたのだ。
後の歴史家たちはこう言った。
『彼には知恵と勇気があった。しかし部下と後継者に恵まれなかった、そして何よりドレイク家と同じ時代に生まれてしまったことがなによりも不運であった』と──