第29話 くっころガチ勢、腹を割って話す
その日の開戦はいつもとなんだか違った。
未だ3万以上いたはずのマーカム軍の数がめちゃくちゃ減っている。
昨日投石機によってたくさんの怪我人を出したとは言え流石に2日で1万は削れていないはず。
「父上、なんだか敵の数が少なくありませんか?」
「ふむ、こういう場面で考えられるのは兵を分けて別働隊としたか、もしくは脱走兵がでたかの2択だ。ジェラルト、どちらだと思う?」
「……脱走兵、でしょうか。昨日の戦況を見ていれば兵を分けることは難しいと判断すると思うので」
「おそらくそうだろうな。そもそも別働隊なんて出せば向こうに潜り込ませた諜報隊員が気づくはずだ。しかもこの平原では兵を隠す場所などないしな」
一応俺も政治や戦争について勉強してるが政治は普段父の代わりに政務をこなすこともあったが戦争は今回で2回目だ。
机上の勉強だけではわからないことはいくらでもある。
だからこそ俺の幸せなくっころライフを守るために、父が少しでも安心できるように早く強くなりたいのだ。
「やはり投石機でしょうか?」
「そうだろうな。対抗手段も無く破壊する手段もない。兵の不安が高まるのは当然のことだがそんな状況で兵をまとめられるほどマーカムに将器があるとは思えん」
「なるほど、理解しました」
ということはやはり昨日父が言っていたように今日……
戦場に視線を落とすと今までで一番早く敵を押し込んでいる。
まだ投石機は使っていないが敵の動きが鈍い。
「……マリアンヌが少し前に出過ぎだな」
「はい、申し訳ありません。私の教育が足りませんでした」
「いや、いい。この戦いで更に成長してくれれば何も問題はないさ。彼女の才は未来を担う宝だからな」
確かに少しマリアンヌ率いる本軍は突出している。
地上からだったら見づらいだろうが少し高い位置にある本陣ならばよく見える。
敵が手練だと一つの軍が突出するのは危険だ。
足並みを揃える必要がある。
「今の彼女の才は目の前の敵しか見えません。これが数万対数万の戦い全体の規模でできるようになれば彼女は化けるでしょうね」
「ああ、そうだろうな。将来が楽しみだ」
父とジャックが満足そうに話す。
マリアンヌはやはり期待の新人なんだな。
俺も彼女の才能を十全に発揮できるような将にならなくては……!
「さて、そろそろ機だな。ジャック、準備してくれ」
「承知しました」
ジャックが一つ頭を下げて後ろに下がっていく。
俺は意を決して父に話しかけた。
「父上、お願いがあります」
「……なんだ?言ってみなさい」
「私にジャックと共に出陣する機会をください」
「駄目だ。総大将というものは最後の一瞬まで負け筋というものを用意してはならない。私はドレイク家当主としてお前を絶対に失うわけにはいかないのだぞ」
やはり反対されるか……
駄目って出陣前に言われてたもんな……
まあ諦めるつもりは毛頭ないが。
「何事も経験です。ぜひお願いしたく」
「……なかなか強情だな。お前はいつもは私には勿体ないくらいの息子だが時に絶対に譲らないことがある。お前の何がそうさせる?何がお前を突き動かしている?」
「普段は私の夢のため、人生をかけた目標のため。ですが今回は約束しましたから。必ず会わせると」
マーガレットに兄姉と会わせるって約束した。
だがそれは父たちが捉えた敵将を俺が会わせてやってほしいとお願いすることではない。
俺自身の手でその機会を作り出してこそ意味がある。
「いいのではないですか?イアン様」
「ジャック、お前までそう言うか?」
後ろから準備に行ったはずのジャックが歩いてくる。
その後ろにはドレイク家が有する最強の部隊、ドレイク騎士団が待機していた。
もう出陣準備を終えたのだろう。
会話も聞かれていたとは。
「前回の初陣で若様の実力は拝見させていただきました。流れ弾にやられるほどヤワなお方ではありませんよ」
「……ふむ」
「私を突き動かしているのは意地です。それが俺が《《これから起こるであろう未来に対して》》通すべき責任だと判断しました」
俺は父の目を真っ直ぐ見据える。
僅かな間沈黙が流れる。
しかし次にその沈黙を打ち破ったのは父本人だった。
「はっはっは!わかった、許可しよう。昨夜行けと言ったのは私だからな。息子が本気で言ってるのだからそれに応えるのが父親ってものだろう」
「……!父上……!」
「ただしジャックの隣にいなさい。独断専行は禁止だ。それを守れないようならこれからマリアンヌを護衛として四六時中付けるぞ。婚約者になんと言われようと私は知らないからな」
「父上……その脅し方は斬新すぎますよ……」
「これでも息子を心配してるんだ。だが……同じくらい期待もしている。お前はまだ死んではならん男だ。絶対に無事で帰ってこい。そしてジャックの近くで色んなことを学んでこい」
「……はい、必ずや。父上」
俺は跪き臣下の礼を取る。
今このときより俺は父上の指揮下で戦う戦士だ。
「それではイアン様。《《この戦を終わらせてまいります》》」
「ああ、頼んだぞ」
ジャックの言葉に父は最低限の言葉で応える。
そこには言葉だけでは言い尽くせないような絶対的な信頼関係があった。
ジャックは馬に乗り馬首を翻して兵たちと向き合う。
「全員騎乗!突撃陣形を組めぃ!」
騎士団員たちは馬に飛び乗り整列していく。
その速さはとんでもなく一切の無駄なく陣形を組み終えた。
まさに精鋭という言葉が何よりもふさわしい。
「我々はこれよりマーカム軍本陣を奇襲しこの戦を終わらせる!イアン様に捧げる内乱終焉を飾る華ぞ!気勢を上げろ!」
『ウオォォォォ!!!!!!』
「我らに軍神オーディンの加護あらん!我らが武勇をご照覧あれ!出撃だ!」
ジャックが馬腹を蹴り出撃すると俺もそれに続く。
後ろからは一糸乱れぬ陣形を保ったまま団員たちが続いてきていた。
さぁ行くぞ……決着のときだ──