第28話 くっころガチ勢、アレの力を見る
「さて、蹂躙を始めるとしよう」
今日も今日とて父の合図で開戦する。
兵が前進しお互いの命をかけてぶつかり合う。
しかし今日は昨日とは少し様子が異なっていた。
「これは……すごいね……」
「話には聞いていたが凄まじいものだな、特殊兵装というものは」
昨日父が言っていたように今日は両翼が温存していた虎の子を惜しみなく投入している。
左翼のイーデン伯爵は速射の弓部隊。
一度に何本も矢を継がえ圧倒的な精度で敵に矢の雨を降らせている。
柔軟な守りに特化したイーデン伯爵にとって相性がいい兵種だ。
そして右翼は更に圧倒的だった。
ダウンズ男爵が率いるのは全身、そして馬にさえ装甲を施した重装騎兵。
兵自体の練度も高く重装騎兵を止めるために出てきた敵騎馬隊をいとも簡単に粉砕しているのが見える。
そしてこの場において最も圧巻だったのはブラディ伯爵兵だった。
数ある兵種の中でも最強の一角に君臨する弓騎兵を率いるダイアナ=ブラディ伯爵は凄まじい速度で敵を屠っていく。
そもそも弓騎兵というのは倒す手段がほとんど存在しない。
矢が飛んでくる中馬を走らせ相手も騎馬だがなんとか追いついて攻撃するか、重装備させて防ぐくらいしかまともな対抗策は存在していない。
だが馬に重装させたらまず間違いなく追いつけないし、重装歩兵を出されたとしてもそれを破壊できるダウンズ男爵の重装騎兵がいる。
2人のコンビとしての相性は最高と言っていいレベルでよかった。
「敵左翼を崩せたら戦局は一気にこっち傾くね。でもその前に中央から援軍を出すかな?」
「どうだろうな。だが見たところ敵右翼が少し薄く左翼が厚くなったように見える。おそらく夜のうちに兵を動かしたんだろう。イーデン伯爵は抜けないと判断したんだろうな」
「あはは、父はそれが生命線だからね。あの人が焦ってるところなんて母上に趣味のお高い剣を買ったのがバレたときくらいしか見たことないよ」
そんなイーデン家の家庭事情を話されてもな……
まあ家族仲が良好なようでいいんじゃないか?
でもそう言えば俺と父が初めて手合わせしたとき母に父がめちゃくちゃ怒られてたな。
ドレイク軍は女の人に頭が上がらないらしい。
「……動くか」
「……父上?」
隣で腕を組みながら戦場を眺めていた父がポツリと呟く。
父がすっと手を少し上げると2人の影がどこからか現れる。
「工兵部隊には『今すぐ準備すぐに使えるように』。マリアンヌには『こちらの攻撃に合わせて好きに動け』と伝えろ」
「「はっ。了解しました」」
影の男が伝令を伝えるべく姿を消す。
もう動くのか?
もう少し様子を見てもいいと思うんだが……
「父上、なぜこのタイミングで動かすのですか?」
「見ておけ、もうすぐ戦場が動くぞ」
俺は戦場を見るがさっきと違いは特に見受けられない。
しかし5分後、突如として中央から右に向かって砂煙が立ち始める。
あれはまさに兵が移動するときに立つ砂煙。
兵が中央から敵左翼へと移動している証左に他ならなかった。
「………」
「なに、これくらいお前もできるようになる。なにせ私の息子なのだからな。こればかりは経験の問題だ」
「……本当になれるでしょうか」
「なれるとも。お前は私を超える男だと思っているよ」
だがそれにしてもこれは異常だ。
《《敵が動く前に敵を察知している》》のだから。
そんなものが経験でできたら世の戦は大変なことになってしまう。
これがイアン=ドレイクかと舌を巻くしかなかった。
「閣下!報告します!」
「準備は出来たか?」
「はっ!いつでもいけます!」
「よろしい。やれ、絶対に味方には当てるなよ」
「承知しました!」
工兵隊長と思われし男がすぐに離れていく。
その男が向かう先にはすでに設営を終えた《《アレ》》が準備されていた。
おそらく命令される前から準備してあったのだろう。
それにアレは前世にあったものよりも更に性能が高い。
準備も簡単なのだろう。
「いよいよアレの威力がわかるのか……ドレイク家はどれほどのものを作ったんだろうね」
「さあ、試験運用だからなんとも言えないな」
そうこうしている間に攻撃準備が完全に整ったらしい。
俺たちはそれを見守るべく黙り込む。
「方向よしッ!射程よしッ!魔力量よしッ!いつでもいけますッ!」
「いくぞ!我らの力を見せるのだッ!3,2,1,てぇーーーーッ!」
その瞬間凄まじい轟音と共に何かが射出される。
それを包んでいた袋はあまりの勢いに空中で吹き飛ばされ中身がバラバラに敵に降り注ぐ。
そう、ドレイク家が作ったのは《《投石機》》だった。
しかもこの投石機は重りによる投石ではなく魔力によって射出しているのだ。
この世界の常識である魔導具は一人分の魔力でしか使えないという常識を覆し新しい回路を発見することで《《数人が同時に魔力を送り込むことができる》》という前人未到の境地に至っている。
更にこの投石機の破格の性能として射程をバッティングマシンのように簡単に調整することが可能でありもっと言えば敵本陣に撃ち込んで混乱させている間に戦いを決めてしまうこともできるもはや最強兵器だ。
同じ理論で大砲も製作可能だがまだこの世界には火薬というものが存在していないのでただ鉄球を打ち込むより石を打ち込んだほうが敵に与える損害も多く、費用も少なくて済むという。
まったくとんでもないものを作ったものだよ……
「次弾装填完了ッ!砲門にも問題無しッ!」
「敵に立て直す暇を与えるなッ!3,2,1,てぇーーーッ!」
そしてこの投石機と最も相性がいいのがマリアンヌだ。
彼女は《《敵の隙や、してほしくないことを本能的に感じ取れる》》。
旗で砲手に一番打ち込むべき場所を教えることもできるし投石機によって浮足立った敵を根こそぎ狩れる。
彼女の悪魔的才能を神の領域まで至らせるために作られたのでは?と思ってしまうくらいこれが効果的だった。
「マリアンヌ殿の旗が揚がったぞ!照準を合わせろッ!」
「射程、方向共に問題無しッ!」
「よしッ!3,2,1,てぇーーッ!」
敵陣が見るも無残に崩れていき、その背をマリアンヌたちが無慈悲に刈り取っていく。
もはやこれは戦いではなく一方的な蹂躙。
「時間切れだな」
「はい。敵本陣に到達する前に日が暮れてしまうことでしょう」
今日という一日でマーカム軍はおびただしい数の死傷者を出した。
しかもこの投石機は石をかなり細かく砕いてあるのであまり死人を出さず怪我人が増える仕組みになっている。
一夜もすればあっという間に兵たちの間でその恐怖は広まり、投石機が出てくるたびに恐怖で戦いにすらならないだろう。
前世では攻城兵器としての印象が大きい投石機だけどまさか平地で敵を倒すための運用がされるとは……
しかもそのために数人で接続できる回路を発見したのも大きい。
たくさんのものに応用させられるはずだ。
「ジャック、明日には決着させるぞ」
「御意」
「適当なタイミングで退却の銅鑼を鳴らせ。後は明日に向けてしっかり休息を取るように全軍に通達しろ」
「はっ、お任せください」
淡々と。
その言葉がこの場面を表すのに一番適していた。
自軍の何倍もの数の敵を追い詰めているのにも関わらずあるのはただひたすら絶対的な自信とそれを裏付ける実力のみ。
俺はマーガレットとの約束を果たすべく明日を見据え闘志を静かに燃やすのだった。