第27話 くっころガチ勢、寄り添う
「その者の名はクリスティーナ=カートライト。カートライト家の次女にあたる人物だ」
「……っ!?お姉様が……!?」
俺は思わず目を瞑る。
こうなってほしくなかった。
作戦は順調に進んでいるとはいえその過程は最悪なものだ。
カートライト子爵がそのまま援軍に来る道と五分五分だと父とは分析していたがどうやら悪い方を引いてしまったらしい。
本当についてない。
「ほ、本当に間違いないのですか……!」
「ああ、まず間違いない。それくらいには情報に信憑性がある」
「そんな……」
マーガレットの顔色は悪い。
家族……しかも本当の意味で血を分けた姉妹なのだからそのショックは大きなものだろう。
さらに追い込まれるように今のドレイク家への攻撃は王の勅命を持って動いている官軍を攻撃しているのと同義なので王国への反逆をしているも同然だ。
内心穏やかでいられるはずがない。
「更に追い込むようで申し訳ないがヒューズ=カートライトもマーカム家に加担している」
「………!」
もはやマーガレットは驚きのあまり声すら出せていなかった。
ヒューズ=カートライトはカートライト家唯一の男子であり現当主でありマーガレットの父でもあるマーク=カートライトの実の息子だ。
つまりカートライト家当主の実子2人が王国へ反旗を翻したことになる。
それはカートライト家への死刑宣告に等しかった。
……マーガレットと出会った当初はこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。
「い、イアン様!それでしたら私に出陣の機会をください!武功を挙げて……」
「ならん。この状況で君を前に出せると思ってるのか?」
「それは……」
出せるはずがない。
まだ調査とかしてないから罪人ではないが家族が国家反逆を起こしたらまず間違いなく拘束される。
父は軍務卿だからそんなことを許すことはできない、というのはあくまで表向きの理由。
今のマーガレットは焦りと絶望に満ちている。
もしこのまま前線に出せば無理して怪我、もしくは考えたくはないが戦死してしまう可能性がある。
そんなことになれば俺たちの作戦は根幹から打ち砕かれ何も得られなかったことになってしまう。
そんな誰も望まない結末には絶対にしたくない。
「君を拘束しないのは君を一人の人間として信用しているからだ。私を失望させるような真似をしないでくれよ?」
「……はい」
もはやマーガレットは頷くことしかできなかった──
◇◆◇
「諸君、これで駒は全て揃った。今日一日は《《手加減》》させて悪かったな」
「手加減?」
「ああ、アレを出したほうがこちらの被害も少なくて済むし楽だからな。かといってカートライト家が参戦してくる前に出せばそれの強襲作戦に変えてくるかもしれない。警備は厳重だが万一壊されたら修理も面倒だし費用もバカにならないんだぞ」
いや、俺にそれを言われても……
そもそもあんなものを研究してたことすら知らされてないから費用とか何もかも知らないんですけど?
でも一応金に余裕があるにも関わらずこう言うってことは文字通り破格の値段だということは理解した。
「というわけで明日からはアレを出して総攻撃を開始する。明日で決着させる必要はないが大打撃は与えておきたい。諸君らも温存していた隊を使っていい」
「わかったよ、旦那。マリアンヌのほうが攻撃上手だとジェラルトの坊やに誤解されたらブラディ家の格に差し障るんでね。明日はちゃんとやらせてもらいますよっと」
「え〜!私がNo.1でいいじゃないですかダイアナ様〜!」
「ダメだ。攻めるのはあたしの得意分野だ。そこで負けるわけにはいかないね」
「あのう……ダイアナ殿。一応我もいるのだが……」
ダウンズ男爵が申し訳なさそうに手を挙げる。
大男が申し訳なさそうに縮こまるのはなんだかシュールな画だった。
「アンタに頼らずあたしが敵をぶち抜いてやるよ」
「我も負けませぬぞ」
「まあそういうことだ。戦術は各々に任せる。練兵だと思って色んなことを試してくれて構わない。ただし負けるなよ?負けたら私が指揮を変わってやる」
父のそんな言葉で軍議は終わった。
諸将が自分の陣地に帰っていく。
天幕の中には俺と父とジャックだけが取り残されていた。
「相変わらず嫌なものだな、仲間の身内から裏切り者が出るというのは」
「……はい。師匠の兄と姉が敵と内通しているのは知っていましたがせめてこちらに攻撃していなければ……」
おそらくカートライト子爵は人質に取られている。
百戦錬磨の武将であってもそうなってしまう《《事情》》が今回はあったのだ。
そのため500という中途半端な数を率いて奴はこちらに攻撃したのだろう。
攻撃され少ないと言えど犠牲が出たからにはこちらも黙っていられない。
兵士一人ひとりにも人生があり大切な人がいるのだからたとえ師匠の家族であってもそこは絶対に妥協してはいけない。
「ジェラルト、これは軍務卿やこの軍の総大将としてではなく一人の男として、父として言おう。行きなさい」
どこへ、とは言わなかった。
そんなことを聞き返すほど俺は馬鹿じゃない。
俺は黙って頷くと父も力強い頷きを返してきた。
そう、これは俺の責任であり覚悟なのだから──
◇◆◇
「隣、失礼するぞ」
俺はそう一言告げて腰を下ろす。
隣にはマーガレットが体育座りの形で顔を俯けていた。
いつもは頼もしくて明るい顔をしているマーガレットも今日ばかりは元気が無い。
事が事なんだ。
それも仕方ないだろう。
「ねえ、ジェラルト……私は……どこで間違ったのかな……」
マーガレットは顔を俯けたまま言う。
その声には憔悴が見て取れその姿はとても痛々しかった。
だが俺達がこの作戦をしなかったとていずれ起こる未来だった。
それくらいにはマーガレットの兄と姉はマーカム家とズブズブの関係だったのだから。
「師匠は何も間違ったことなんてしてないさ。俺が保証するよ」
「でも……お兄様とお姉様は……」
「それだって別に師匠が悪いことをしたわけじゃない。気に病む必要は無い」
こんなときなんて慰めたらいいのかわからない。
優しいマーガレットのことだ。
きっと家族のことも大切に思っていたはず。
なのに血を分けた兄妹は敵同士になってしまったのだから。
「そんなの無理よ……もうカートライト家は終わっちゃった……この戦に勝っても……負けても……もうあの楽しくて幸せだった日々は帰ってこないんだよ……」
一筋の涙が頬を伝う。
その涙は止めどなく流れてくる。
嬉し涙じゃない、悲し涙だ。
その事に俺は血が出るほど強く拳を握る。
「……カートライト家はまだ終わってない。まだ師匠がいる。師匠さえいれば何度だってカートライト家は立て直せる」
「……バカね。私だって連座で極刑よ。それにもし仮に生き残ったところでどうせ私にできることなんて何もな……っ!?」
俺はマーガレットを抱きしめる。
こんなに弱々しいマーガレットを放ってはおけない。
いつもはマーガレットが助けてくれる。
だけど今日くらいは……
「辛かったらいくらでも寄りかかっていい。泣いたっていい。でも……生きるのは諦めないでほしい。師匠を……いや、《《マーガレット》》に生きていてほしいと思う人はたくさんいるんだから」
「ジェラルト……」
「俺が必ず終戦後に兄君と姉君と話す機会を作り出す。ドレイク家の誇りにかけて……いや、違うな。これは俺の男の意地だ。とにかく絶対に会わせてやる」
「うん……」
「だから……今は好きなだけ俺を頼ってくれ」
それからマーガレットは俺の胸の中で静かに泣いた。
その体はいつもの頼もしさとは裏腹に小さくて細くて震えていた。
今は涙かもしれないが必ず未来では笑顔にする。
だから今は……ゆっくり足を止めたっていいんだ──