第24話 公爵宰相、開戦する
つい数時間前、アルバー王国の行く末をかけた戦いが始まった。
密偵から入ってきたドレイク軍の面々はとんでもない化け物揃いだった。
生ける伝説ジャックを始めとして、破潰のマーティン=ダウンズ、撃滅のダイアナ=ブラディ、自変のロイ=イーデン、カートライトの赤き華マーガレット=カートライト。
これだけでドレイク侯爵が私達をどれだけ本気で潰しに来ているかがうかがえる。
どれだけ数がいようと全く安心できなかった。
しかし、一つ妙な報があった。
「本陣を守りし本軍を指揮しているのは……マリアンヌ……?」
ドレイク家に味方する要注意人物は予め全て調べ上げた。
だがこの脳みそにマリアンヌという名前はない。
「誰だそやつは?」
「相手は寡兵。おそらく人材が足りなくて適当な人材を派遣したのでしょう」
「おお!これで我らの勝ちは確約されたも同然ですぞ!」
貴族たちは好き勝手に言い放題だ。
しかしドレイク家に至って人材不足で適当な人選をするなんて考えられない。
しかも今回来ているはずの生ける伝説ジャックが前に出てきていないのだ。
囮、もしくは我らの目を欺くための何かしらの策なのか……?
「……油断は絶対にするでないぞ。最後の一兵を討ち取るまで決して油断してはいかん」
「宰相様は心配性ですな。我らが必ず勝ってみせましょうぞ!」
「がはは!勝ったあとが楽しみですな!」
しかし誰一人として気を引き締める者はいない。
前線に立つ武官ならば気を引き締めようものだろうが……
今回は無能な貴族に足を引っ張られないように予めやらかすであろう者は本陣に集めた。
当然命令権など与えず私の命で軍は動かす。
ただただ数の利を活かせるはずだ。
(だというのに……なんなのだ。この感覚は……)
私の心から嫌な予感がなくなることはなかった──
◇◆◇
「こ、これは……」
少し高い場所に本陣を設営したので私の目には戦場全体が映る。
最後に戦場に立ったのは30の頃。
感覚などほとんど残っていないが今の戦局はだいたい理解できてしまった。
それだけに思わず声が漏れてしまう。
「《《押されている》》……だと……!?」
敵右翼に圧倒的な攻撃力と一度勢いがついたら止められない爆発力を持つダイアナとマーティンがいることは知っていた。
だからこちらの左翼も数を増やし分厚くしたのにも関わらずジリジリと押されている。
逆にこちらの右翼はロイ=イーデンが守る敵左翼を相手に全然攻めきれていない。
自由自在な敵の動きに翻弄されまるで水中のように押してもビクともせず逆に狩られていく。
そして極めつけは……
「《《中央が》》……《《敵中央が強すぎる》》……!!」
本来戦のセオリーとは左翼が守り、右翼が敵を攻撃し、右翼と左翼の動きを見ながら臨機応変に動くのが中央本軍だ。
にも関わらず敵本軍は《《敵右翼よりもこちらの本軍を押し込んでいる》》。
数にすればこちらの本軍は約5倍いるのに、だ。
「おのれ……!一体敵中央を指揮しているのは誰なのだ!マリアンヌなど私は知らんぞ!」
今の目の前の光景が信じられなかった。
怪物揃いのドレイク軍の中にそ奴ら以上の眠れる怪物がいたことが理解できなかった。
あまりにも苛烈に、激しく、一切の慈悲なく敵の攻撃は味方の命を削り取っていく。
「まだジャックすら出てきていないのだぞ……!指揮官は一体何をしている!」
「ほ、報告!中央本軍を指揮されていたアーロン将軍討ち死に!現在代わりにアーノルド将軍が指揮を取っています!」
「……っ!」
先程から中央からは一つも良い報告が来ない。
指揮官級の戦死の報ばかりが飛んでくる。
まるで《《何かに狙われている》》ように。
「マリアンヌという名前の貴族はいない……ということはドレイク家の秘蔵っ子か……!まさかこんなイカれた奴がいたとはな……」
「……ゲイリー様。報告にございます」
「……なんだ。また誰か死んだのか」
やってきたのは影。
暗殺を狙ったり情報を抜き取ったり内通者を作り出そうと裏で影の戦争も仕掛けているがそちらのほうも状況は芳しくない。
また嫌な報かと思ってそちらに目をやると更にもう一人遅れて影の男がやってきた。
「……順番に話せ」
「はっ、ではまずは私から。ゴーラブル王国宰相サイモン=モーリス殿より伝言を承りました。『協力の件承った。これよりアルバー王国へと軍を出す。約束した交易の件は守られたし』とのことです」
「そうか……!サイモン殿が動くか……!」
予め文を送っていはいたものの返事は来ていなかった。
おそらくこの決戦には間に合わないだろうが国境に圧をかけるだけであいつらの注意を少しでも分散させることができる。
わずかな効果しか見込めないだろうがそういったことを積み重ねなければドレイク家には勝てないとわかっていたからだ。
「もう一つの報は?」
「はっ。《《ヴァイルン王国国王》》より伝令です。『約束通り国境線を攻撃する。戦が終わった暁には100年前ドレイク家に奪われた土地を返してもらうぞ』とのことです」
思わず心の中で拳を握った。
他国に借りを作ることになってしまうが王になるためには致し方なし。
最低限の対価だ。
「あともう一つヴァイルン国王より言伝を預かりました。『ドレイク軍にはジャックの他にマリアンヌという鬼がいる。奴のせいで何人優秀な臣を失ったかわからない。気をつけろ』と」
(……っ、もう少しこの報が早く来ていれば……いや、終わったことを気にしている場合ではない。今は凌ぐことに注力せねば……!)
このまま放置していれば右翼、もしくは中央から守りをぶち抜かれ戦が終わりかねない。
何か手を打たなければ……
そう考える私にさらなる一報が飛んできた。
それは……
「カートライト兵500が到着……?」
この戦場より数キロ先にカートライト家の軍勢ありとの報だった。
この戦場にさらなる変化が訪れる……
「……戦が動く、か……」
私は勝つために少しの隙も見逃さないよう戦場を見渡すのだった──