第23話 くっころガチ勢、歴史に刻まれる一戦
「……そろそろだな」
何も無いただ広い平野で両軍が向かい合う。
数の差は大きい。
戦略をひっくり返せるような地形もない。
ただただ軍の自力と将の実力が試される一戦となることだろう。
「敵の数は4万いかないくらいか……対するこちらは9000強……少なくとも楽な戦にはならないか」
「だろうね。いくら侯爵様たちの実力があろうとこれだけ数の差があったらね……ここまでの相手の動きを見るに愚将というわけでもなさそうだし」
隣で馬上の人になっているローレンスと馬を並べながら呟く。
マーカム公は宰相として政務を取り仕切っていたが戦も凡愚ではなかったようだ。
まあ指揮を取っているのは違う人間なのかもしれないがそうやって誰かに任せられるのも総大将の器というもの。
「戦は何があるかわからない。数を集めるのだって大変なんだからマーカム公もよくこれだけ集めたと思うよ」
「だが父たちも相手を舐めてこの数で戦いに挑むわけじゃない。これが俺達の打てる最善だ」
数を集めようと思えばもっと集めることができた。
だがドレイク軍の実力を存分に発揮し一番勝率が高いと父が判断したのだから俺達はそれに従うだけだ。
ヴァイルン王国が戦の準備を始めたって報が入ってきてるくらいだし国境線に兵を残してきた父の判断は今この段階でも正しかったと言える。
もし全軍連れてきていて国境線がガラ空きだったらどれだけ領土を削られていたことか。
「まさか《《あんなものまで準備している》》なんてね」
「それだけ父も本気ということだ。俺にも知らされてなかったくらいの極秘に研究されていたものらしいぞ」
最初に見たときは驚いたものだ。
どれだけの威力を発揮するかは未知数だが役立たずにはならないはずだ。
「まああの調子ならあれを使うまでもないかもしれないけどね」
「……そうだな」
苦笑しながら口にするローレンスの言葉に俺は苦い顔をして返す。
そう、あれは配置につく前の最後の軍議のこと──
◇◆◇
「マーカム軍は約4倍。想像通りの進軍速度だったことと諸君らの協力のおかげで迎撃準備は全て整った。まずはそのことに感謝する」
「これくらい仕事をしたことに入らないだろう、旦那?ジェラルトの坊やも見てるんだから下手な仕事はできないさ」
そう言うのはダイアナ=ブラディ。
褐色肌の長身と長く深い赤の髪を持つ妙齢の美女でブラディ伯爵家の女当主だ。
この男偏重の世界でここまで頭角を表したのはひとえに本人の才覚と血の滲むような努力故だろう。
「がっはっは!やはりイアン様の下で戦うというのは気分が良いですな!戦う前から武者震いが止まりませんぞ!」
豪快に笑うのはマーティン=ダウンズ男爵。
前のデーブ=モーンが蜂起した際俺と一緒に戦ってくれた豪将だ。
今が一番体が動く全盛期なだけに姿だけでも威圧感が半端ない。
「やれやれ、少しマーティン君は落ち着いたほうが良いと思うよ。そういう熱い男は嫌いじゃないけど熱くなりすぎたら足を掬われかねないからね」
そう穏やかな微笑をたたえながら言うのはロイ=イーデン伯爵。
ローレンスの父でダウンズ男爵と一緒に俺と戦ってくれた智将。
見れば見るほどローレンスと似てるんだよなぁ……
「ドレイク家の為に全てを尽くす。それ以上でもそれ以下でもありませんよ。皆さん。邪魔する敵は全て排除しなければ……」
そう言うのは父の後ろに控えていたジャック。
生ける伝説と称される彼はもうすぐ60になるにも関わらずどれほど強いのか想像もできない。
老いてもなお前線で輝き続け敵を屠るその姿はまさに伝説であり正真正銘の怪物だ。
「諸君、それくらいにしておけ。これから配置を発表する。まず右翼はダイアナとマーティンに任せる。頼めるか?」
「ガハハ!もちろんですとも!我が棍棒で道を切り開きましょうぞ!」
「マーティンと一緒かい……まあ別にいいか。あたしゃ旦那の言うことには従うよ」
ブラディ伯爵とダウンズ男爵が頷く。
右翼は基本的に攻撃を担うことになる。
その分爆発力の高い二人を配置したということか。
「次に左翼。ここはロイに任せよう」
「はい、承りました。取り敢えず抜かれなければOKということですね」
イーデン伯爵も少し笑みを浮かべながら頷く。
中央に来ると思ってたけど意外だな。
でも確かに敵右翼の攻撃をモロに受ける左翼は数の差も大きいことだし柔軟に動けるイーデン伯爵が適任なのかもしれない。
ということは本軍は……
「本軍は……マリアンヌに任せる。いいな?絶対に調子に乗るなよ?」
「わかってますって♪ここで若様に仕事ができるアピールをして側室を狙うんですから!」
そう命知らずの発言をするのはマリアンヌ。
未だ24歳という若さにして既にドレイク軍の一角を任されるほどの戦の申し子。
平民という身分だった彼女だがドレイク家が才能を見い出し後見人として士官学校に入学させると入試試験はギリギリだったにも関わらず3年後の卒業のときは勉強関連は全部ダメで戦略などの戦争に関することや実戦などにおいては満点というぶっちぎりの点数で卒業した異端児。
面識はほとんどないがなぜかめちゃくちゃ気に入られている。
「ジェラルト、お前が望むならこいつをお前の婚約者にしてもいいぞ。ただ私はおすすめはしない」
「え〜!?なんでですか!?私戦いもできて見た目も良い方なのに!」
そう言う彼女の外見は確かに整っている。
身長は低いが出るところは出ているし顔も派手というより素朴系の美人。
戦い以外おバカだということを除けば良い物件だと思う。
「断る。婚約者には困っていない」
「流石私の息子だ。見る目があって安心したよ」
「うっ……若様の婚約者さんめちゃくちゃ可愛いもんね……というかイアン様もそんなこと言うなんてひどいです!じゃあ私は今回の戦いで若様を惚れさせることにします!」
「勝手にしてくれ……」
◇◆◇
ということがあったのだ。
とてもじゃないが戦前の軍議とは思えない。
最終的に俺とローレンスと父は当然のこととしてジャックとマーガレットも最初は本陣に残ることとなった。
マーガレットが本陣に残るのは《《作戦通り》》だがジャックまでも温存するのは意外だった。
ジャックを温存なんて他の軍じゃ考えられないだろうな……
「ようやくこの目で見ることができるのか……」
「あ、ジェラルト。始まるみたいだよ」
ローレンスに言われ視線を向ければ父がコツコツとゆっくり歩いていた。
隣にはジャックもいる。
本陣は少し高いところにあり兵たちを全て見下ろすことができる。
父の姿が見えた瞬間、歓声が響き渡った。
『諸君、聞こえるか。私の名前はイアン=ドレイク。この軍を率いる者だ』
父は拡声器のような魔道具で声を戦場全体に響き渡らせる。
兵たちは父の部下たちなので当然そんなことは知っている。
だが敵にも改めて伝えることが重要なのだ。
『今、この国は2つに割れた。変えようとする者と守るもの。この戦の結果によってこの国の運命は大きく変わっていくことだろう』
父の話を邪魔するものはいない。
向こうではマーカム軍が声を上げているがほとんど意味はない。
『見たまえ、目の前の軍勢を。ざっと40000で約4倍はいるだろうな。だがそれは数がいなければ我らには到底敵わないという自らが弱兵だと言っているも同然だ』
『オオ!』
『我らは守る者。家族、故郷、歴史、平和。守りたいものはなんだっていい。大切な何かを守るために剣を取れ。その勇気が、闘志が、我らを勝ちに近づけることだろう』
『おお!』
『本気で戦え強者たち。そうすれば勝利の女神は必ず微笑む……いや、《《私が勝たせよう》》』
『うおおぉぉぉぉぉぉ!』
完全にこの場を父が掌握している。
兵の鬨の声はみるみる大きくなっていく。
士気は高まり目の前の敵を滅さんと熱を帯びていく。
『歴史に刻め、この一戦を!軍神オーディンよ!我らが武勇見せつけん!』
その瞬間、何かが爆発したように地面が揺れる。
それは完全に戦う戦士となった兵たちの獣の声。
この前俺がスピーチをしたのとは比べ物にならないほどの熱量だった。
『攻撃を開始しろ』
そしてこの戦は防衛側であるはずのドレイク軍の攻撃から戦が始まるのであった──