第八章 皇太后の死と失意の皇帝
それは突然もたらした。
ある嵐の深夜二人で寝ていた寝所に侍女が扉を叩いて起こす。
「陛下皇太后陛下ご危篤」
ルードヴィヒははっ!と目を開けて飛び起きガウンに着替えて部屋を去る。
あまりの速さにエリザベートは着いていけない。
「着替えます。支度を」
侍女は手早く朝の用意したドレスを着せて離宮を知る皇帝の侍従を伴い後を追った。
宮殿内に皇太后の存在は知っていたが、あった事もないし、話も出てこない。
何かあると思い特に問うつもりもなかった。
白亜の小さな館、宮殿内にあるとはいえ裕福な平民のそれより質素な造りだ。
入り口から入り2階に行く階段を登る。
執事に迎えられて一番奥の扉を開けた。
その部屋は真っ暗で昼でも厚いカーテンが光を遮っているであろう。辺りには何かは確認出来ないが物が散乱していた。
わずかに漏れる明かりは寝台に置かれた蠟燭の光のようだ。ルードヴィヒの姿が辛うじてわかる。
ゆっくりゆっくり近づく頭をうなだれて、その手は皇太后のそれをしっかり握っている。
エリザベートは自分が来たと知らせる様にルードヴィヒの傍に無言でたった。
そしてゆっくり脅かさないようにルードヴィヒの肩を抱き抱える。
その行為でエリザベートだと、わかった。
その手を片手で握り、エリザベートの身体に頭をあずける。
「長く患われて、心の安らぎなどない宮廷生活を送 られた。私は何も出来なかった。なんの為に生まれてきたのだろう私は」
ルードヴィヒの苦悩は深刻なものだと改めて感じた
言葉が見当たらない。
ただ強く抱きしめるエリザベート。
「何も存じ上げず申し訳ありませんでした。
懸命にお世話したかったです」
ルードヴィヒははっと悲しそうなそして強張った顔をして左右に首を降る。
まだ何かあるのだとエリザベートは察した。
こんな美しい方を何を抱えているのでしょう。
重荷を降ろしてあげたかった。その為にエリザベートはなんでもするつもりだった。
薄暗がりの中、わずかに皇太后の姿が映る五十前半であろうが、見た目には七十代に見える白い皴の目立つ肌、白髪の乱れた髪、窪んだ瞼。
エリザベートから自然に涙が流る、病んでいるのは一目瞭然だ。悲しい過去が間違いなくあった事を物語る。
「最後は二人で見送って差し上げましょう」
二人朝まで離宮の寝室で過ごし、朝方皇太后は永眠した。
最期は二人静かに見送ったのだ。
ルードヴィヒは嗚咽して泣き崩れた。エリザベートはその姿を母の様に胸で抱きしめた。
その遺体は綺麗に洗われて化粧され、棺に収められない大神殿に運ばれた。
皇帝は葬儀を適切に指示し一年間喪に服す。
丁度葬儀を終えて慰問の客が絶えた頃にそれは突然始まった。
エリザベートはそうなるとふんでいたので、夜は必ず寝室を共にしていた。
しかしその夜ふいに夜中に目が覚めると隣にルードヴィヒがいないことに気がつく。
はっ!として、寝ていたはずのシーツは少し生あったかい。離れてそんなにたっていない。
急いでガウンを羽織、蝋燭を持ってルードヴィヒを探す。でも見当がつかない。
もしかしたら、まだ遺体安置の大神殿かあの離宮か。どちらか。つまり外に出たはず。
一階に降りて庭園を抜ける。その先に離宮はある。
まさに抜けきろうとした矢先に人影を感じた。
エリザベートは走るのをやめて影に近づく、
暗がりにうっすら浮かぶ姿はルードヴィヒその人だ。ほっと胸をなでおろし話しかけようとした瞬間に身体が止まる。
ルードヴィヒは一人のはずが、話し声が聞こえてくるのだ。ルードヴィヒの声、しかも会話している声だ。
「母上を殺したの?」
「違う」
「違わない」
「殺したんだね」
「違う」
「違わない
全部奪ったのに。
また奪うんだね
強欲だね」
「そうじゃ。そんな事」
「すべてを奪って。なんて子供だ。
御前なんかいなくなってしまえ」
「wa.WAウァア……うぁあぁ~~!」
そのままマリオネット人形の糸が切れて落ちた様に地面に落下した。
「陛下!!」
エリザベートはつかさず侍従長を呼んでルードヴィヒの身体を近衛兵士に抱えさせて皇帝陛下の寝室へ運ぶ。すぐさま宮廷医長が呼ばれ診察させた。
結果は異常なし療養の必要ありだった。
その日はエリザベートが看護し、朝を皇帝の寝室で眠ってしまった。
目覚めてもルードヴィヒはまだ起きていない。いや寝かしておこう。でないと不幸が再び訪れるとエリザベートは思った。
そして皇后の侍従長が侍従長の執務室を訪問し、皇后宮に呼ばれた。
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