外伝 【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】結婚三年目の二人 高位貴族を拉致せⅡ!
その夜は月さえ出ないこの世のものとは思えないほどの暗黒に覆われ何も存在せず誰も存在しない世界のようだ。
そんな闇の中御者は何の迷いもなく馬車を誘導している。
彼には見えない道が見えているのだろう。
何の迷いもなくひたすらに馬の背を鞭で打ちすざまじい速度で馬車を走らせる。
その形相は何かにとり付かれているかのように目は血走り充血しっていて、絶対に主人に危害を加えさせないとただ一心に鞭を振るう。
湿っぽい空気が肌にまとわりついてうっすら汗が滲んで呼吸は荒いが懸命に馬車を走らせていた。
もう無我夢中で走らせようやく意識がはっきりした時にようやく周りを見る余裕が出来た。
拉致現現場に危険だと言われていた地区を抜け出せ安堵して少し速度を緩めた時だった。
雲の隙間から月光が少し差し込んできた時に目にした光景はさっと動く黒い物体だった。
それも数体で7.8体だろうか?
御者は何度か左右に首を振ると腰に差していた刀を手にし勢いよく馬車を降りた。
「旦那様。
お逃げください!」
そう後ろ向きで叫ぶが、中から応答はないし扉も開かない。
振り向いた顔を正面に向けるとすでに自分の周りに数人のいかにも襲撃犯と思しき黒ずくめの男達、顔は動物の仮面を被りだれだかわからなかった。
しかも御者の首元は金属的な冷たい物を感覚で感じていた。
すっと悪寒が走る。
急所がつかれ相手が引く行為を行ったら確実に自分の命は途絶えてしまうだろう。
「静かに」
そう襲撃犯の一人は低い声で命令した。
「もう無理だよ。
観念してね」
その声は明らかに年少の者のものだった。
御者の顔色がみるみるうちに青白くなっていく。
「ほらもう馬車が囲まれているよ。
ほらね」
その瞬間御者は意識を失った。
襲撃者の一人にみぞうちを一発打撲させられたのだ。
「あぁ~~。手が痛いよ」
最後にさっきの少年の声が聞こえた。
御者を気絶させた後、肩に御者を担いで数名はその場を離れ、残った3名が御者の座っていた馬車の運転席に座った。
何事もなく鞭を手に勢いよくその背を叩きつける。
と同時にけたたましい鳴き声をたてると勢いよく馬車は走り出す。
手綱を手に男達はギラギラした闘志を胸に秘めながらただひたすらにただただ馬を走らせる。
「楽しいなぁ」
あの年少の少年が嬉しそうに隣の座席の足元に座って大笑いしている。
馬車はひたすらに走り続け中心街を抜け、皇都を抜け、郊外を走り続けようやくその歩みを大きな宿の前で速度を落としゆっくりと裏門に横づけし馬車はようやく止まった。
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「随分と扱いが乱暴ですな」
グランダリア公爵は口をへの字に曲げ更に深い皴を額に刻みいかにも不服であると述べた。
馬車から降ろされた公爵は拉致犯に先導されて宿のある部屋に通された。
拉致されたのに恐怖を感じないのか狼狽える様子は微塵もない。
「許してほしいグランダリア公爵。
貴方とどうしてもさしで話がしたくてな」
グランダリア公爵は閉じていた瞳をその声の主に無粋だと言わんばかりの言葉にリライディナが答えた。
ここで初めてグランダリア公爵はリライディナを見た。
「えっ?」
瞳孔が開いてその顔から目を背けられなかった。
固まった様にその姿を見つめている。
「どうしました?」
リライディナにそう問われてもなんの反応も出来ない。
どういうことだ?
どうして前皇王陛下にこうも似ているのか?
どうしてだ?
上皇王陛下すらこれほど似ていなかった。
瞳の色髪の色は違うが……。
その雰囲気、そのいでたちその声が……。
目の前のこの少女?
瞳の色も髪の色もそう異国の物。
しかし何故………。
「あぁ~~陛下…」
ふと公爵の無意識に言葉が漏れた。
リライディナは不思議そうにグランダリア公爵を見つめている。
「伯父上。
そう前皇王陛下にそっくりでしょう」
そういった声には心当たりがあった。
沈黙が突然破られた。
アレクサンドルとフランシス、ヴィルヘルムそしてヴォルが部屋に入って来たのだ。
「アレクサンドル!!
お前はいったい。
今まで何をしていた!」
グランダリア公爵の瞳に怒りと憎悪とそれと同じくらいの驚きと情が交錯した表情でその姿を目にし言った。
「伯父上?」
フランシスがその言葉に反応した。
アレクサンドルは申し訳なさそうに顔を下に向け、視線を外しながら告白し始めた。
「私はグランダリア公爵の弟の息子。
つまり彼は私の伯父なんだ。
私は若い頃から革新派でね。
中央の旧宮廷派の貴族達を憎悪していてね。
長男だったけど。
自分にはその中にいる事に嫌気がさしたんだ。
搾取する側にいるのが後ろめたくてね。
だから家を飛び出して革命軍に身を投じたんだ。
さすがにグランダリア家を名乗るは憚られたので
母の姓を名乗ったんです」
「え~~と」
思わぬ告白にフランシスはそういうしかなかった。
他の誰もが言葉を失った。
「伯父上をお呼びしたのは他でもない。
伯父上は宮廷派の貴族を腐敗した彼らを。
憎んでいるはずです。
今のフェレ皇宮の宮廷を」
叫びに近いその声はグランダリア公爵の胸に突き刺さる。
まるで胸に刺さった棘を知っているかのように甥が言い放った一言が再び棘の刺す痛みを引き起こさせた。
実は側近のラシュール伯爵が拉致された解放された後、拉致犯からグランダリア公爵への手紙を託されていたのだ。
その手紙にはフェレ皇宮の腐敗とグロフォード公爵派の貴族達の悪行がびっしりと記述されていた。
グランダリア公爵は不正を予め調査させていたので、その内容が合致していることに動揺したのと同時に興味が沸いたのだ。
通常であるならば決して誘いに乗らないが、どうしても気になり深夜の外出を決行する事にしたのだ。
「お前がいたんだな。
そうか……。お前が…いた……」
グランダリア公爵はここで何故か笑いが漏れる。
嬉しいのか悔しいのか自分でも何故笑っているのかわからない。
しかし妙に嬉しかった。
小さい頃から邸に度々訪ねた甥。
自分に息子がいなかったため、アレクサンドルを婿養子にと考えた事もあった。
甥が家出するまでは。
「そうかお前が」
「伯父上!
彼女は前皇王陛下の皇女リライディナ殿下で
す!」
その一言で全てを理解出来た。
自分の持つわだかまりも後悔も罪悪感も全てを。
心臓に突き立てられたその棘がひょっとしたら抜けるのではないかそんな希望を抱かる予感を。
「前皇王陛下の…」
あの若き日の堂々としたフェレの未来の全てを背負ったあの頃の雄姿が再び蘇ったようだった。
そうフェレの希望と未来と奇蹟と全てを兼ね備え自分の命にかえても守ると誓ったあの充実していた日々。
あの日を思い起こさせるには十分だった。
「上皇王とクロフォード公爵の悪行は伯父上も知っ
たはずだ。
フェレの宮廷は腐りきっている。
伯父上も承知しているはずた。
だから!
協力出来ないなら。
せめて!せめて手出しせずに。
沈黙していてくれ!」
涙を溜めながらもグランダリア公爵の足元を捕らえて両手でがっしりと抱え込んで離さない。
「伯父上!
お願いだ!
伯父上!!」
リライディナはゆっくりとグランダリア公爵に近づいて柔らかな白い歯を見せ笑って言った。
「今は決断しなくていいぞ。
じっくりと考えてくれ。
そして知らせてほしい。
それに協力してほしいとは言わない。
せめて見て見ぬふりをしてほしい。
そうすれば公爵派の貴族達には手を出さないと誓
う。
寵臣には出来ないが……。領地で困らない生活が
出来るように手筈しよう。
但し悪行を重ねていなければという条件付きだ
が……」
そう言った直後御者の意識が徐々に戻り始める。
ゆっくりと瞼が開いた。
ユラユラと波打つその先に見えるもの。
最初はぼんやりそのうちそれは鮮明になっていく。
その時に自分の主人が見た事のない人間に囲まれているのだ。
明らかに主人に危害を加えているとしかおもえなかった。
その瞬間に懐に忍ばせた小刀を手に襲い掛かった。
リライディナは唐突の攻撃にまったく抵抗できないでいる。
ヴォルも完全に無防備でその距離に間に合わない。
「駄目だ!!」
ヴィルヘルムは反射的に飛び出した。
御者の刃はヴィルヘルムの肩を斜めに切り裂いたが、懐に入った瞬間に頭がぶつかり合った。
ゴツッ!!
鈍い音が響くと同時に二つの身体が床に落ちた。
この後半は夫婦の絆の章の後に更にⅢが続編します。




