外伝 【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】結婚三年目の二人 監獄襲撃の後に
傾きかけた太陽の日差しがフェレ皇宮の奥深くに位置する上皇王宮の中庭に咲く白薔薇を茜色に染めていく。
その白薔薇はすでに盛りを過ぎていたが、絢爛に咲き誇るのが最後とばかりに美しく見る者に一瞬の儚さを感じさせた。
その中庭に向かい合う上皇宮の私室エリアはそら恐ろしいくらいに静まり返っていた。
最後尾にある寝室は全てのカーテンは固く閉じられ僅かに差し込む夕暮れの日差しがおぼろげに部屋の様子を映ししている。
その朧げな光景の中でチーク材の天蓋付きの寝台の脇に置かれた簡易椅子に座る女性の影が見える。
その傍にはやや顔を下げてひかえている侍女だろうか?
ぴたりと付き添う女性だろう影も見える。
簡易椅子に大きく深く腰掛け座っている女性は高慢な顔を侍女の方にかたむけ、悪戯っぽく口角を上げながら聞いた。
「心穏やかなはずはないだろうね」
低く重い皮肉まじりの籠った声はまるで夜か闇の女王の様に空恐ろしささえ思える。笑顔は作ってはいるものの瞳はまったく笑っていない。悪意に満ちたものであった。
下を向いている侍女らしき女性は下を向いたままピクリと身体を震わせた。
「言ってみよ。
でもこうなったのは誰のせいだ?
そうだろう。
人は行動に責任を持たなくてはならない。
それは貴賤に問わずだ。
私はお前に期待している。
期待していたのに。
しかしその期待は無残にも裏切られた。
全ての罪を私への贖罪として行うというお前の行動を今度は裏切られないな」
そう冷たく言った後、自分の手を侍女の白い手に重ねてぎゅっと握りしめた。
冷たい上皇王の手は侍女に悪寒と痛みを与えている。
その侍女はぎゅっと拳を握りしめて必死にそれに耐えているようだった。
「全ては………上皇王陛下の御為に。
私はその為に………存在したのです。
陛下への贖罪は私の命を懸けて償う所存です」
震える声でそう答えるのが精一杯だったようで緊張の為か額に油汗が流れている。
「そうか」
上皇王陛下と呼ばれた人物は皮肉交じりにふっと笑い当然と言わんばかりに満足そうに告げた。
その時私室へと繋がる部屋から訪問者を告げる衛兵の声が聞こえる。
「クロフォード公爵閣下緊急にご訪問」
手前の控えの間から扉を叩く音が寝室に響いた。
「陛下。
グロフォード公爵閣下が謁見を願い出ております」
「ああ。
団欒の間に通す様に」
上皇王はそう答えて侍女の瞳を見つめた後、えもゆわれるほどの満面の笑顔を讃えて目くばせをした。
侍女は下げた顔を更に下げながらすっと影が消える様に部屋を後にした。
しばらくして寝室にグロフォード公爵が入ってくる。
随分と足音を立てて入室してきたのでただ事ではないのはすぐにわかった。
「どうしたのですか?
こんな時間に」
暗がりに公爵に目線を向けるとあきらかに動揺と奏上するには憚られる内容だと言うのがわかる。
「さあ。おっしゃって。
何を聞いても、私達の最善を共に見つけましょう」
グロフォード公爵ははっとして上皇王の顔をようやく見上げた。
上皇王は柔らかな微笑みを口元に浮かべ、自分を愛する人と言わんばかりの信頼の瞳を自分に向けているのがわかった。
ほっと胸を撫でおろす。
「上皇王…」
そう言いかけた時、上皇王はそれを遮る。
「二人の時にマリアンネですよ」
「マリアンネ…。皇都の近郊にある4か所の政治犯収容牢獄が襲撃され……。
全ての政治犯が脱出してしまいました。
全ての監獄は下人、労働者以外は全滅」
「………。」
「陛下。
私の責めでございます。
いかなる罪も…」
「いいのです。
まずはこの事で民衆が動揺して暴動でも起こしては大変。
皇都の治安を安定させましょう」
「陛下」
「いえマリアンネですよ」
「さあ私の愛しい方レオナルド。
大丈夫。
問題はないわ。」
宥める様に上皇王はクロフォード公爵の身体を包み込み抱きしめた。
柔らかな肉体と甘い花の香りがようやくレオナルドに安らぎと落ち着きをもたらしていく。
上皇王は瞳に僅かな光を湛えながらレオナルドの背に両手を回しながら言った。
「全て大丈夫」
まるで自分自身に言い聞かせるように。
それから一時ほど二人はソファーに腰かけながら抱きしめ合った。
それは恋人同士というよりも何かに怯えながらも安心したいという気持ちがその行動をしているようだった。
その温もり合いを切り離す様に廊下越しに足音がまるで地震のように轟きを放ちこちらに近づいてくる。
「誰かしら?」
上皇王はレオナルドの顔を上目づかいで見つめて問う。
「おそらく…」
そうレオナルドがいいかけた時だった。
扉越しに聞き覚えのある声が廊下から聞こえてくる。
「グランダリアでございます。
陛下!
一大事でございます。
監獄が!
4箇所の政治犯収容監獄が。何者かに襲撃され。
全滅でございます!
陛下!!」
その声を聴いた瞬間だ。
上皇王は身をガタガタと震わせながら口元を押さえ怯え始める。
その瞳は血走り完全に正気を逸していると言ってよいほどだ。
傍で見ていたレオナルドも初めて目にする上皇王の様子に戸惑っているようだった。
「レオナルド!
どうしよう!!
グランダリアが!!
私を責めに来た!!
レオナルド!!
グランダリアが!」
レオナルドの腕の中でまるで発狂したかのように叫び怯え始める。
「マリアンネ!」
レオナルドは激しく動揺する上皇王の身体を力強く胸に沈めて大きな胸に抱きしめる。
「どうしよう。
私を責め立て廃位するかも。
私を殺しに来たのかも。
レオナルド!
レオナルド!
レオナルド!!」
上皇王はその胸の中でバタバタと暴れ始め半狂乱になっている。
レオナルドは落ち着かせようと蹴られるのみ厭わずに抱きついてその力を緩めない。
「大丈夫っです。
マリアンネ!!」
レオナルドの叫びが空気を切り裂いた。
「陛下!
いらっしゃるのでしょう!
陛下!!
お答えくださいませ!!
陛下!!」
廊下でけたたましいグランダリア公爵の激しい声が木霊している。
上皇王は益々興奮し遂にはレオナルドの腕の中で失神してしまった。
後は上皇王宮は慌ただしさに騒然となった。
侍女や侍従、宮廷医長が呼ばれ大騒ぎとなった。




