外伝【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】結婚三年目の二人 資金源を断てⅡ
シャハルバードとの貿易取引後の荷を皇都へ向かう荷馬車隊の一行。
マルディ山脈は皇都への最短ルートだが、山の傾斜の強い山道が続く。
時に密輸ルートに使用されたり、人目につきたくない密輸品などの秘密のルートとして裏街道と呼ばれ利用する事が少なくなっていった。
その為裏取引の金目の物を狙う山賊の出没が多発している街道だった。
ゆえに余程の装備を備えていないと旅人には嫌厭されている。
御者はあえてそのルートを選択したのは屈強な警備兵と山間部でも脚力の強いオルファン種の馬を使っているからだった。
隣に座る傷の男は目を頭上に左右にとせわしなく動かして落ち着かず、ガタガタと指は震えそれを隠そうと片手で固く握りしめている。
緊張と不安とで頭の中は真っ白で、恐怖で何も考えられないようだった。
馬屋から出発した一行は暫く砂埃の舞う遮るものもない地平線が続く草原をひたすら走り皇都に向かう。
途中二手に分かれる分岐点の右側の脇道に入ると次第に景色は一変する。
目の前には枯葉はしているものの木立が立ち並ぶ道というにはあまりに舗装されていない山道が立ちはだかっていた。
目の前の道幅は狭い。
道は当然舗装されず、小さな石とガタガタ道で荷馬車は大きく上下に揺れながら進み、しかもなだらかに急こう配の坂道が続いている。
入り口でこれか……。
傷の男は深い溜息を一つ吐いてはこれからの悪路にすでにうんざりした様子だった。
それでも進むしかなかった。
御者は振り向いて遮光カーテンを払いのけて荷馬車の荷台に待機している武装した護衛兵に目線をおくる。
何かあれば出撃するようにという準備するようにという合図だった。
暫く車輪の廻る激しい音が耳に大きくつきながら、無言で坂道を登り始める。
馬もさすがに健脚で何の苦痛もない様子で洋々と登っていく。
途中の急勾配ももろともせずに馬に問題はなさそうだった。
どちらかというとその道幅の狭さだ。
すぐ横はなんの障害物もなく崖になっていて、見下ろすと岩だらけ数百メートルもあろうかと思われる高さだ。
もしここから落ちたら確実に即死遺体もあがらないだろうと…御者は身震いが止まらない。
手綱を持つ手は縄が指にめり込むくらいにきつく握りしめる。
御者も傷の男も姓と死をまじかに感じ胸の中のざわつきをどうしようもなく抑えきれない。
こんな所で死ぬなんて絶対に御免だ。
御者の手が自然に慎重にさせるのか速度を落とす。
そして山道は急な下降に変化していく。
御者は手綱を強く引きながらその坂道を下っていく。
馬は順応に答えうまく足を進めて始める。
暫くこの工程を繰り返す事になる。
どこまでも果てがないのではというほどの時間が過ぎ去り、枯れ果てた山々を眺めるもまったく同じ光景で代わり映えがしない。
どのくらい経ったかは太陽の日差しがやや西に傾いている頃だったので大体の見当はついていた。
「この登りを終えたら、最後の下りを終えたら峠は終わりだ。
後は平たんな道が続き小一時間で山脈越えは終わりだ」
御者にようやく安堵の表情が見えている。
気にしていた山賊も出没してこなかった。
もうここまで来て襲われたという話は聞かなかったからだ。
「まあ。なんとか無事に超えられたな」
暫く坂道を下りきった先になだらかな大通りに着くはず、御者はほっと安堵の一息をついた時だった。
馬の鼻息が荒くなる。
頭を左右に激しく振っては嘶きが空気を切り裂いた。
あっという間に予想以上に勢いよく下り坂を突き進む。
御者は予想に反した馬の行動に動作がおっつかない。
その手綱をやみくもに強く引っ張りその速度を落とそうとした瞬間。
ガタッ!
バキバキ!!
耳を切り裂く爆音が轟く。
同時に途端に左に荷馬車は大きく傾いた。
「わぁ~~~!!」
ガタッ!
ヒッヒ〜ン!
ブルッブルッ!
馬は突然左に強く引っ張られ、反射的に右に身体を傾けて突進。
「わぁ!」
御者の身体はあっという間に空に舞う。
ドン!!
勢いよく固い地面に激しく叩きつけられた。
ずるッと肌が摩擦する感覚と同時に激痛が襲う。
「わぁぁぁ〜」
「わぁ〜」
荷馬車に乗り込んだ護衛兵は防御も取れず荷馬車から投げ出された。
ギヤシャン!ギャシャン!
ドンドン!!
ドンドン!!
ドン!!ドン!!ドン!!
荷馬車は側面に叩きつけられた。
ガシャ!ガシャガシャ!!
バンバンバン!!
先頭の大転に後続の荷馬車も不安定になり、御者達は次々に左右に振られ同じように横転していった。
転倒を免れた後続の荷馬車も右往左往した後ようやく止まる。
しかし興奮した馬が激しく動くためバランスを崩しほとんど全ての荷馬車が傾くか。山手に大きく体当たりし動けずにいる。
「ぅっ」
御者も傷の男も荷馬車にいた護衛兵も身体ごと投げ出され地面に倒れた。
意識も朦朧とする御者の脳裏に仕事の失敗の方が何よりも手痛かった。
いっそ事故で死んだほうがいいのではとそんな事を考えていたが、あまりの事に痛みを感じる感覚がないかった。
そこへ静かな山の中から不穏な音を耳を切り裂いた。
「シュ!シュ!シュ!」
護衛兵達ははっとして我に返る。
そう聞き覚えのある音。
防御をしようとした時、それは甲冑の隙間をまるで吸い寄せる様に獲物の急所を確実に捕らえた。
ブスッ!
甲冑の隙間を正確に貫く弓矢が血を吸う。
プス!!
血飛沫が地に滴り落ちる。
と同時に警護兵の身体も崩れ落ちていく。
スプスッ!!
プスッ!
ブスッ!ブスッ!!
続々護衛兵が膝から滑り落ちる。
まるで糸の切れたマリオネットの様に。
「いけ!!全出撃!」
どこからともなく男の叫び声が轟く。
なんとか山脈峠を抜けて無事に平地に出ようとしたその時思わぬ攻撃にさらされる荷馬車隊。
彼らの運命は?




