外伝 【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】結婚二年目の二人 溺愛と狂愛
世話係と家政婦の無残な遺体を直視したディアナは母の部屋で失神した。
ヴィルヘルムがあとから駆けつけたリナイディナに託しディアナの部屋まで運ばせた。
その後のディアナは?
リライディナによって自室に運ばれディアナは寝台の上で吐息はあるものの意識はまだない。
青い顔色で油汗をかきながら時折苦しそうに頭を左右に振りながら魘されている。
その苦しみはリライディナにも伝線し、身体が引きちぎられそうなほど胸が痛い。
リライディナは心配そうにディアナの顔を覗き込んでは頰を擦ったり手を握ったり。
少しでも穏やかに眠れるようにと考えてはそれらを思いつくまま世話をしている。
でもそんな事しか出来なくてもどかしくてたまらない。
苦しそう。
無理もない幼い子に愛情をかけて接してくれたであろう世話係と家政婦の無残な死体を目のあたりにしたのだ。
リライディナは懸命に冷たい水を濡らしたハンカチを手にしてディアナの額の汗を拭った。
「どうしてこんな…」
憤りのない怒りがリライディナの胸に充満し、今にも爆発しそうだ。
襲撃者がすぐにわかれば即座に剣で始末してやるのに!
額を拭う手が怒りで震える。
賢いといってもまだ五歳の子供。
惨劇を目にして冷静にいられるはずはない。
目が覚めたら抱きしめてあげよう。
嫌だと言っても。
一人じゃないと。
絶対に。
いやだといっても抱きしめて離さないと誓う。
目が覚めたらあれこれいろんな事をしようと。
いろいろとあれこれ考えて……いるうちに……。
自分のなんだか変な感覚の異変に気付く。
ん~~~。
小さな欠伸が一つ…二つ…ついて。
急に睡魔がリライディナを襲い始める。
意識が所所飛び始める。
あれ??あれっ?えぇ〜……嘘~~~~。
自分の意識とは別に何かに引きずられる様にディアナのベットにズルズルと上半身を預けてしまうが、波の様に打ち返す意識の混濁に狼狽して抗おうとする……。
しかし無駄な抵抗かもしれない………。
そう言えば最近あれこれ旅の疲れもあって熟睡していなかったかな?
本人に自覚症状がなかっただけに不意打ちの睡魔。
身体がふあふあと波打ったように心地良い。
それはまるで顔も知らない母の膝とはこのような心地なのかな?
リライディナも生まれてすぐ母を亡くした。
だから母とはどういう存在かは正直わからない。
でも乳母がいつも近くにいて、祖父や一族に愛されて育った。
母のいない寂しさを正直良くわからないけれど近親者の喪失はよくわかる。
それほど自分は愛されているという自覚はあるからそんな人を突然失くしたら辛くてたまらないだろう。
ディアナが目覚めたら力いっぱい抱きしめて好きを伝えよう。
ありったけの。
そう思いながらもすっかり意識を手放しまった。
その後は穏やかな海の上に浮かんでいる感覚の中に漂っている感覚の中へ。
身体はふあふあとまどろみの……。宙に浮いている様な穏やかな温かさの中でそれは急に感じる。
あれ??
ポタリポタリ…ポタリ……。
そう思っていたら、指先で自分の頰を撫でると水滴が。
ぽたりポタリ……。
それは少しずつ垂れてきている。
そしてそれはとても冷たい…。
「えっ?…んん……」
その瞬間はっと瞼が開いてその夢心地の時間はぴたりと終わりを告げた。
瞼は僅かな光を捉えて長い睫毛がピクピク動く。
ゆっくりとぼやりと浮かんでは消えて現れた映像……。
蜃気楼のように現れたのは…子供…?
「えっ?ディ…アナ…?」
上半身を起こしてリライディナの顔を覗き込んでいる。
その瞳から流れ落ちる涙は止まりそうな気配はない。
嗚咽が聞こえその悲しみがリライディナに伝線してくるようだ。
思わずリライディナは温かい両手でディアナの頰を包み込む。
まるで冬の夜にいたかの様に冷たい頰を温かい小春の日差しの様なリライディナの柔らかな手。
冷えた冬の木枯らしが吹くディアナの心にぽっと灯りと温かさを感じさせてくれてそれはじわじわとゆっくりと包み込んでいく。
「辛いよね。悲しいよね」
リライディナは愛しみに満ちた微笑みを浮かべはしていたが、瞳は強いの輝きを放って両手をしっかりディアナの背を同化するのではないかとまで思えるほどきつく腕に抱いた。
温かい本当に温かいリライディナの体温が自分に流れてきてディアナはしっかりとリライディナの背に小さな両手を差し出して抱きついた。
いままで冷たく接していたディアナの中でリライディナのほんわかした温かさが染みては小さいシミの様なわだかまりも消え去っていく。
ただただディアナは人の温もりがほしかった。
それを無条件でなんの見返りもなく与えてくれていると本能的にわかった。
「苦しいよね。辛いよね。悲しいよね。
今は辛くても傍にいるよ。
私もヴィルも皆ディアナの傍にいるよ。
だから……。
だから自分を責めない。
貴方がここにいてくれて。
私を抱きしめてくれて。
ずっと私も抱きしめているわ。
大好きよ。
ディアナ!!」
その愛の熱がディアナにも伝わって泣き声は一層高くなり、苦しみと悲しみのありとあらゆる苦悩を吐き出すかのように涙にかえていった。
目が腫れような鼻水がでようが、汗をかこうがお構い無しにひたすら泣き続けた。
それを何も言わずにリライディナはディアナを胸に納めてしっかりと抱きしめる。
親鳥が寒さに震える雛を温めるようにじっとじっじっとその時をただただ待った。
正直ディアナはリライディナが苦手だった。
大公殿下が父だと教えられたとかいえ、母の告白には少しの疑問と綻びが見え隠れしていた。
フェレ皇国にヴィルヘルム大公が来た記録もないし、そもそも敵対国に皇族がやってくるなど無理がある。
けれど可能性が0だとは言えなかった事と、大公に近づくにはあの方法しかなかった。
よけいにリライディナには後ろめたさが常にディアナにつきまとっていたから尚更冷たい態度をとるしかなかった。
でもあの二人の記憶は鮮明にいつも笑って話しかけ、時に厳しくけれど愛情に満ち溢れ飾り気のない愛情を常に無条件に向けてくれた。
肉親の様に接してくれた二人。
そして母の生きづかいを感じた屋敷。
母の温もり、愛情、優しさ。
その全てを当たり前に続く日々と信じ切っていた日々が映像の様に映し出した。
でも今はない。
誰もいないという現実を目の当たりにしていままで我慢していた気持ちがまるで決壊したダムの水が下流の川に流れ出したかのように濁流となって自分の決意、信念、覚悟の全てが流されていく。
それは枯れない泉の様に涙となって流れ出す。
それからどのくらい泣き続けたか時間の感覚がわからなくなった。
しかし枯れない涙などはないのだというように。
ひとしきり泣き続けたディアナは泣くという行為すら限界を達しようとしていた。
しゃくりあげた鳴き声に変わり、それは段々潮が引くように小さくなっていく。
永遠泣き続くのは無理な話っで、泣きすぎて泣くのに疲れ果てたのだ。
「大丈夫よ。
私達がいつもいるわ。
いつも一緒よ。
ディアナといるわ」
ディアナはしばらく呆然としていた。
無理はない幼い子があんな現場を見て、ショックでどうにかならないほうがおかしいのだ。
しばらくリライディナの腕の中に包まれて人の体温が伝わったのか。
少しだけ目線をあげてリライディナを見上げた。
「お母様いなくなった。
お母様私を抱きしめて沢山キスしてくれた。
私のお母様。
誰かが屋敷に…。
お母様は私を丸い穴に毛布にくるんで。
お母様!世話係のマリア、家政婦のスザンナの悲
鳴が。
お母様に会いたい。
会いたい。
もう顔もおぼろげなの。大好きなのに……。
持っているのはお母様の肖像画の入ったネックレ
スだけ。
お母様に会いたい!」
「絶対会わせてあげるよ。
実はね。私は母上を亡くしたんだ。
生まれたばかりだったかどんな人だったか。
ぬくもりも覚えてない。
実の父は一度も会ったもはないんだ。
あの人にとって子供とはあくまで快楽の結果と血族の繁栄のための道具に
すぎなかっただけだったからね。
でも君のお父様は君達を守ろうとしたよ。
だから希望を捨てないで!」
「リ…ラ…お姉ちゃん……
ありがとう。
そして………いままで失礼な態度…とって御免なさい」
「うんうん」
二人はしっかり抱き合った。
その夜は二人同じベットに寝て、翌朝ディアナの屋敷から戻った三人がディアナとリナイディナを呼んで報告を慎重に言葉を選びながら伝えた。
ディアナの父はおそらくフェレ皇国の皇族であろうという事。
母は父によってあの屋敷に匿われて隠れて暮らしていた。
世話係と家政婦は襲撃者に殺害された。
遺体は屋敷の庭に埋めて供養した事。
皇位奪還後皇都の大神殿に埋葬すると告げられた。
そして今回の最大の収穫についてだった。
ヴィルヘルムが母ファビエンヌの日記を手渡した。
「お母様…」
ディアナは涙をにじませながらその書をぎゅっと握りしめて三人に頭を下げた。
「ありがとう皆さん」
心からの感謝だった。
少しだけ痛みが悲しみが苦痛が安らいだ気がした。
母を感じたからだ。
ギクシャクしていたリナイディナとディアナの関係に変化が。
次回はフェレ皇宮の異変と皇王の謎と疑問?皇都に到着する前に違うストーリーで展開します。




