外伝 【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】結婚二年目の二人 アンドリューの秘密と絡む糸Ⅸ
ディアナの住んでいた屋敷は襲撃者たちが二人の女性を殺害したまま逃走したようだった。
おそらくディアナの母は連れ去れられディアナは逃走に成功したようだった。
惨劇の現場を調査しているヴィルヘルム達の前にディアナが現れた。
リライディナが部屋を出ていった足音が耳を突くが、徐々に静かになっていく。
主賓室にヴィルヘルムの三人が残され、なんとも場の悪い空気が漂いしばしの沈黙で時はとまったようだった。
懐かしい愛おしい人の死をあらためて突き付けられたディアナの衝撃と苦痛と助かったという罪悪感を持っているだろうと思うだけで、ヴィルヘルムは心臓を抉り出されるような痛みが身体を襲う。
「ふぅ…」
その沈黙を破ったのはギャバンだ。
息を吐いた後気を取り直し気を取り直して部屋中を丹念に、あれこれ視線を変えては何かヒントがないかと忙しなく視線を動かした。
そして調度品のクローゼットに近づいて扉を開けて中を弄る。
かけてあるドレスはシンプルながら上質の絹の数々だが経年劣化の為に破れやシミが目立ったが、それ以外の物は何もなかった。
静かに扉を閉め、今度はタンスの前に移動する。
タンスのあちこちの引き出しを血眼になって開けては閉じてを繰り返すも多くは空っぽだった。
本当に生活していたのかと思えるほどだ。
ディアナの子供部屋や使用人の部屋に比べて、生活していた残存がまったく感じられなかった。
それはまるでわざとそうしているかのようだ。
ギャバンはテーブルの下を何度も腰をかがめては隅から隅まで目をこらしてヒントを探る。
すでに家捜しされたのかそもそも何も置かれていない望むめぼしい物は見当たらない。
「薬莢以外は本当に何も見当たらないな」
もう少しヒントがほしいギャバンは悔しそうに苛立ちに近い言葉を吐いた。
傍ではフランシスが何気に寝台の傍にあった祈禱台に目を向けた。
装飾のない深いこげ茶の祈祷台はこの部屋の中で質素で素朴な雰囲気を持ちある種の異彩を放っていた。
フランシスは吸い寄せられる様にじっとをそれを眺める。
何だか気になるな。
女神ディア信仰において祈りは最大の信仰を意味していたので非常に重要な調度品の一つだ。
その祈祷台にひどく惹かれる自分に少し驚くほどだ。
自分自身はそれほど宗教心が強い訳でなくあくまで神学としての興味で学んだにすぎなかった。
「えっ?」
フランシスはこの祈祷台の扉に施されたデザインに目を奪われる。
濃い色の木目と薄茶色の木目の板を幾何学模様に組みこまれた斬新なデザインだ。
フランシスの脳裏に知識として持つある部族の工芸品が鮮明に浮かび上がってくる。
それは書物でしか記述されていなかった物だ。
「これは……」
フランシスは興奮した様子で震えながらある行動をどうしても試みたくなる。
そして思わずその書物に書いていた通り祈祷台に手を置いた。
冷たいその木目の幾何学の模様の中でまるで何かにとり付かれた様に四角の羽目板を強く押す。
するとその押した四角の組み板はすっと奥に窪んだのだ。
そして窪んだ部分に一指し指を隙間入れて左に押し込んだ。
すると手前の三角の羽目板が突然飛び出してきたのだ。
その三角板を回転させた後そのままぐっと差し込んだ。
とガチャっと何かが外れる音が唐突に聞こえた。
「よし」
フランシスの瞳が輝きを増し少年の様な好奇心がその表情から読み取れる。
祈祷台の丸い取っ手を手前に引き出すとそこには女神の祈りの聖書が置かれていた。
それに手を取ろうとすると聖書の置かれた下の台が突然飛び出しある物を差し出していた。
そうそれは埃にまみれた古そうな牛皮の書籍のようだ。
「何を見つけたの」
ヴィルヘルムが不思議にフランシスの驚いた顔を覗き込んだ。
「昔読んだ事があったんです。
このエルディア大陸で東の果ての孤島にある海洋民族の伝わる木を複雑に組み合わせた細工工芸が
あって。
鍵のかわりにある一定の法則に従って細工の模様を押すと開く仕組みになる工芸品があるんだ。
エルディア大陸中でも他に類のない発想の貴重な品を入れる物なんだが。
僕も実物は始めて見る。
その書物も門外不出でそこの長老に一度見せてくれたのを記憶して書き留めたんだ」
震える手で興奮冷めやらずの瞳で本を取り出しヴィルヘルムの前に差し出した。
「本?」
フランシスがパラパラとそのページをめくる。
「いや日記?
ん~~日記でもないかな?
しかも古代エルディア文字だなこれ」
「僕読めないんだけど」
「俺もだ」
ギャバンが申し訳なさそうにぼそりと小さな告白した。
その文字は古いエルディア語で書かれていた為に読む者を限らせた。
概ね皇位の神官の一部に限られる。
しかもフェレ皇国は他の王侯に比べると信仰心はさほど高くない。
いや希薄と言っていい。
なのでその神官すら解読できるかどうか疑わしかった。
「わかった私が読もう」
フランシスは語学に興味があるあり若い頃からとあらゆる語学を学習していたのだ。
「この子は私の宝。
貴方が命がけで守り貫いた。
私も必ずこの愛しい子を命がけで守る」
ページをめくり更に言葉を紡ぐ。
「私は幼い頃から期待されず期待しなかった。
望まなかった。
望めなかった。
物心つく頃から諦めて私ではなくなった。
そしてそれは成人しても変わらなかった。
いえ。さらに自分ではなくなった。
成人してすぐに父に告げられた。
異国の貴族の養女になるようにと。
逆らえなかった。
逃げられなかった。
その方法も知らずにこの地にやって来た。
新しい与えられた場所ではさらに私を否定する。
全てを諦め言われるままに過ごした。
そんな時に貴方と会った。
貴方は私を知らない。
貴方は私を見て違う人を見ていた。
私はまた私でない。
でも貴方は真実を知った。
私達は愛し合った。
そして美しい命が生まれた。
私は初めて私を得た。
だから絶対手放さない。
全てをかけてこの宝を守り抜く」
「おそらくディアナの母ファビエンヌの書いた物だね」
「おそらく……か」
そう呟いたヴィルヘルムは後悔の表情で顔を歪めて告白する。
「僕はただ彼女を遊び相手としか見ていなかった。
彼女の悲しそうな微笑みの訳をくみ取れなかった。
本当に積み木遊びや本を読んだり、飲み物を取りながら庭を眺めたり。
何気ない遊びをしていたんだ。
当時は彼女の家庭環境を知らなかったし、知ろうともしなかった。
知らないというのは本当に罪な事だと今では思えるよ。
僕はディアナに責任がある。
彼女の父にはなれないが、僕の出来る事は何でもしてあげたい。
それが彼女への僕なりの罪滅ぼしの様な気がする」
今思い出せば彼女は心底声をあげて笑った事はなかった。
どこかはにかんで僕の顔色を見ながら表情を作っていたように思う。
幼い頃のヴィルヘルムにそれを忖度する事は不可能に近かったが、胸に宿った痛みと彼女への懺悔は今強く責任感と正義感がディアナの為の「ファビエンヌを探さないと」と固く心を突き動かされる。
「あっ。
貴方に与えられたこの秘密の屋敷で。
貴方は迎えにくると言ってくれた。
でも私は感じた。
きっと永遠の別れだと……。
必ずこの子を守る。
追手がここをかぎつけたらあの子を逃がそう。
あの方が教えてくれた通り…」
「………あとは…ディアナに渡してあげよう。
なんだか人の日記を覗き見しているのは気が引けるな。
ディアナに読んでもらってヒントがあれば話してもらおう」
フランシスは物悲しい影のある表情で静かに言った。
二人はフランシスの意見に大きく頷いた。
「あっ!!そうだ。
多分抜け道がある。
隣の部屋におそらく逃亡用の穴を見つけたんだ!」
ヴィルヘルムの言葉に二人は目を見開いて、隣の部屋へなだれ込む様に入っていく。
床の中央に丸い一メートルくらいの円形の穴がパックリ口を開けていた。
茫然とギャバンとフランシスが穴を覗く。
真っ暗で何も見えない。
「多分…ここから逃がしたんだろう。
ディアナだけを。
全員が逃げるには襲撃に間に合わなかったんだなきっと」
ヴィルヘルムが思いつくまま推察する。
「ファビエンヌだけが連れ去られた訳だ」
フランシスが呟く。
「ディアナは母を人質にされている」
ヴィルヘルムが核心を得た様に言う。
「おそらく……ディアナはスパイに使われているだろう」
フランシスの推測はほぼ間違いないと話す。
「………そうだな」
ギャバンが絞り出す答えた。
「…逆に母親を助けてあげたい」
ヴィルヘルムが鋭い強い眼差しを向け決意するようにぎゅっと拳を握りしめる。
「知らないふりをしてしばらく様子を見るのがいいでしょう」
「いくら賢いといえど幼い子になんて酷い事をするんだろうね」
「脅している可能性は高いです。
証拠を突き付けるのはこの際どうでもいいと思います。
彼女の信頼を得て。
まずは監視だけでいいと思います。
この屋敷を訪れた収穫はありました。
ファビエンヌは父親の命令でファレ皇国に養女にされた。
そこである男性と出会いディアナを授かった。
その男性がファビエンヌを逃がした。
ファビエンヌとディアナはフェレ皇家となんだかの関係がある。
これはほぼ確かではないでしょうか」
「そうだね」
ヴィルヘルムとフランシスの会話をギャバンは黙って聞いていた。
心ここにあらずと言わんばかりに。
ディアナの母のファビエンヌの告白が明らかになる。
そして次回はディアナの苦悩とヴィルヘルム、リライディナと親密になるディアナの関係が改善していく。
次回はこの物語の付箋となる三話をアップ後いよいよ最終章の皇都へ。




