外伝 【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】結婚二年目の二人 アンドリューの秘密と絡びむ糸Ⅷ
ディアナの住んでいた屋敷を訪問したヴィルヘルムとギャバン、フランシスの前に屋敷には惨殺された遺体が横たわっていた。
この屋敷の新たな謎が?
三人が足を踏み入れた次の部屋は窓がしっかりと閉じられて厚いカーテンが閉められ外がまったく見えなくなっている。
そのせいで部屋は薄暗いものの中庭に続く反対側から淡い光が差し込んでいる。
舞う埃が光を弾いてキラキラと輝きながらぼんやり部屋の内部を映しだしている。
色あせてはいるものの淡いピンク色に小花の柄の壁紙、木目調のシンプルな調度品の周りには沢山のぬいぐるみや人形の山と積み木のおもちゃが埃を被って頭を下に向けている姿はいなくなった主人を慕い悲しみに憂いを帯びているかのようだった。
ヴィルヘルムはチクチクと胸の痛みを感じてならない。
突然「おとうしゃま」と言って突進してこられた時には面食らったけれど、この屋敷に入って彼女の置かれた今のこの現場を目にして感じる彼女の悲壮感と絶望の大きさがヒシヒシと伝わる。
「彼女の力になりたい」という使命感と慈愛の気持ちが強く突き動かす。
反対側には対照的に子供的な所がまったくない分厚い書籍が本棚にびっしり積まれて天井まで到達する多さに目を見張った。
机には読みかけの本とインクが今開けて何かを書こうとしているのがわかる。
「おそらくディアナの子供部屋だな」
ぼそりとヴィルヘルムがつぶやく。
子供のいない子供部屋の違和感、しかも荒廃感が逆に物悲しく、そして何か魔的な恐怖感すら感じ背筋が震えるのを止められない。
「あっちにまだ部屋があるね。
僕とギャバンは右にいこう。
殿下は左へ」
フランシスはギャバンを見ながら大きく頷いた。
「わかった。何かあったらすぐに知らせて」
ヴィルヘルムはそう言い残し左の部屋の扉に向かう。やや緊張した面持ちでドアノブを廻わす。
不思議な事にこの扉は壊された形跡がなかった。
襲撃者はここを使わなかったようだった。
目に飛び込んで来た部屋はヴィルヘルムの想像を遥かに超えていた。
「えっ?………」
目を丸くして思わず瞼を手で擦りつけては再び瞳を大きく開けてその光景を凝視した。
何でだ??
いや木目調でデザインのない小さなサイドテーブルと小さな椅子だけが中心におかれた殺風景な部屋。
窓がなく、この扉以外他に通じる部屋もない。
しかもこの部屋は他と違い円形をしていて調度品はほぼない。
確かに邸宅の中で円形の部屋がない訳ではないが、たいていは部屋の一部である事がほとんどで円形だけの孤立した部屋というのはほとんど見た事がない特異な造りだ。
「どういうことだ?
何の部屋だ?」
天井を見ても天井板がはめ込まれているだけで特段おかしなところはない。
まったく意図がわからない円形の部屋?
見るからに使用した形跡はまったくない。
円形の壁を手で指でなぞりながら、所々叩いてみるが違和感はない。
不思議と言えば不思議なのは窓がない事。
つまりこの部屋は何か意図した別の用途を物語っているとしか思えない。
頭を抱えたヴィルヘルムは完全に指向が止まり固まってびくりとも動けなくなった。
何か?変なおかしい点は?
視線を下に映すとそこは床だ。
ただの床。
ただデザイン的に薄いベージュ色と濃いダークブラウン色の不規則に格子柄になっている。
ヴィルヘルムは屈んでその床を指で叩いてみる。
いやだからと言って何かなるのか?自分でも可笑しな行動だとわかっているのに何故かやめられない。というか何かしないといけない、なんだかそうせずにいられない気持ちが沸き起こった行動だった。
何かあるはず。
この部屋には何か?
気がついた時には床板を指でひっかけたり、叩いたり、ありとあらゆる行動をしていた。
それは理性的とはまったく違い、どちらかというと動物的な追い込まれた行動にも似ていた。
思考力が低下してどうしようもなくなった時に荒々しく行う。
それにヴィルヘルムは無我夢中で床を触り変化はないか?とひたすらさわり続けた。
汗ばむ額と心臓の高鳴りが最高潮に達した時それは突然始まった。
えっ??
床板が突然ある部分だけいくつも凹み始めそれは更に広がっていく。
ついに床が外れて大きな円形状の穴が大きな口を開けてヴィルヘルムを見ていた。
「なんだこれ?」
ヴィルヘルムは熱い胸をたぎらせながら、二人のいる部屋へと走っていった。
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一方ギャバンとフランシスが進んだ右側の扉は無残に破壊され真っ二つに裂け朽ち果てはいるものの、小動物も紛れ込む隙はなかったのでその部屋は動物に荒らされてはいないだろうと想像出来た。
フランシスが外れた扉を両手で押しのけて壁に立て掛ける。
二人大きなため息をついて静かに部屋へ入って行った。
その先に待ち受ける物を瞳に映す前にすでに覚悟していた。
恐らく今までに感じた事のないくらいの悲劇的な絶望に近い何か胸を心を打ち砕かれるであろうと。
それでもその部屋に入る事を躊躇わなかった。
この行動がこの悲劇に出くわした者への鎮魂だと強く信じていたからだ。
二人の目の前に飛びこんで来た部屋はおそらくここの主人の私室と思われた。
何故なら他の部屋とは淡いグリーンの壁紙に深い緑を基調にしたチーク材を使用した調度品は装飾が施されている。
置かれた壺の花は枯れ果てていたものの壺には彩色が施され、燭台や時計の数々は繊細で金彩が美しく重厚感のある部屋の雰囲気を豪華さと気品の高さを物語っていたからだ。
「おい!あそこ」
ギャバンが声を荒げた。
そこにあったのは仰向けにのけ反った遺体が無造作に放置されていた。
もうかなり経っているために無残にまで腐敗して、骨まで見え始めて髪は埃にまみれて一部は抜け始め遺体の傍に散らばっている。
性別はその衣類からそうだと認識出来た。
衣服は汚れ所々破れてはいるものの大きく破損してはいないようだった。
その大きく開かれた顎と陥没した髑髏は死の瞬間まで苦痛の証でもあった。
ダイニングテーブルにいた遺体とは明らかに違う点は激しい遺体の損傷がないという点だった。
「あんまり破損してないように見える」
ギャバンが近くに寄り、その遺体を覗き見てフランシスに聞いた。
確かに刃で切り付けられた跡や傷など見える範囲では見えなかったのだ。
「ああ。剣で殺害してはないという事だ。
剣以外で殺害したな」
フランシスはその遺体の周りを注意深く、床を目を皿の様にしてあらゆる場所を舐める様に見渡した。
どんな見落としてはいけない。
「ふう…」
フランシスは思わず息を吐いて緊張をほぐしつつ、さらに注意深く部屋の隅々を動き回った。
「あっ!!」
丁度遺体と反対側の隅に小さな見落としそうになるくらい小さなそれを見つけるとパッとフランシスの瞳が輝きを増した。
「あった!!」
そう言った後、指でそれを抓んで高く上げる。
「薬莢だ!!」
ギャバンがすぐにフランシスに近寄る。
「これは!!」
そう呟くとギャバンが小さく答えた。
「これはフェレ皇軍の近衛隊の特殊部隊精鋭員のみが使用している特殊な銃の玉の証だ。
つまりここを襲ったのは皇宮軍という事になるな」
「何?
じゃあやはりディアナはフェレ皇族なのか?
皇位継承者への暗殺?」
「わからない……言えるのはここを襲撃するのを指示したのは間違いなくフェレ皇国の中枢の誰か?
でも何故母親を連れ去った?
人質としてか?
しかし子供に何が出来る?」
二人は顔を見合わせ完全に思考が停止してしまった。
霧がかった場所で一歩も動けない中に掘り込まれた気分だった。
「フランシス! ギャバン!」
そう言って二人のいる部屋へ入った時に同時に視線が合う。
興奮したヴィルヘルムはその部屋でその熱は一気に冷めていった。
そうその部屋には遺体が無造作に仰向けで横たわっていたからだ。
死者の前で興奮するのは不相応だ。
ヴィルヘルム静かに遺体に歩み寄り黙とうを捧げる。
その時だった。
誰かがここにやってくる足音が聞こえてくる。
三人はその方向に聞こえてくる扉を瞬間的に視線を送った。
とほぼ同時に扉にディアナの姿が突然飛び込んでくる。
「あっアンナ!!」
ディアナだった。
この遺体はディアナの世話係だった女性だったのだ。
ディアナは変わり果てた優しかったアンナを突然見て、血の気がすっと足元へと引いてしまい膝から落ちてしまった。
さすがに強烈な衝撃に身体がついていかなかったのだ。
ディアナに近寄ろうとした時、その背後から黒い影を感じた。
「ヴィル!!ディアナが!」
ルライディアだった。
ヴィルヘルムは遺体の前に立ち視線を塞ぐ。
辛うじてリライディナは遺体を見なくてすんだ。
ギャバンが急いで自分のジャケットを遺体に掛けた。
「リラ!
ディアナを馬車にいる医者に見せて、しばらく寄
り添ってあげて!」
「わかった!」
リラはまったく動かなくなったディアナを腕に抱えて急いで部屋を出て行った。
変わり果てた大切な女性達の遺体を目にしたディアナが倒れる。
次回ヴィルヘルム達が屋敷の謎に挑む。




