外伝 【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】結婚二年目の二人 アンドリューの秘密と絡む糸Ⅱ
村の子供達と川遊びをしていたアンドリューが足を取られて激流に呑み込まれ流された。
森は鬱蒼と樹木が茂り太陽のきつい日差しを遮断してはいるが、葉の間から零れ日がさし神々が現れたのではないかと思うほど神秘的な情景の中にある。
その森に二つの影が揺れ動いていた。
「妃…リライディアさま。
そのベリーの木の枝には棘があるので。
気をつけないと…手に怪我…を」
アンリエットがあまりに無造作に紫色の色付いた実を手に取るリライディアに話かけたが反応はない。
間をおいてリナイディナが手元を実を摘みながら口を開く。
「大丈夫だよ。
皆食事に出したら喜ぶね。
凄く甘酸っぱい香りがするね」
芳醇でやや酸味のある香りが鼻をくすぐる。
一口食べれば葡萄のような濃厚で僅かに酸味もあり、口の中いっぱいに熟れた果実の香りが広がった。
そういえば離宮でも皆で木の実や果実狩りをしたな。
幼い日の思い出は走馬灯のように記憶の引き出しから蘇る。
ガラスの様に透けた赤紫色の実を棘をさけながらもぎ取っていくのが面白く、無我夢中のリライディナを愛おしそうに潤んだ瞳で見ているアンリエットは侍女というよりも妹を見る姉の目線だ。
「野いちごです。
フェレ種で香りが高いのが特徴です。
基本的にジャムにするようですが、お肉のソース
としても使えます」
「よく知っているね。
アンリエットはアフェルキアの公家出身でしょ。
そんな庶民的な事はしないと思っていた」
「そんな事はないですわ。
避暑地でよく侍女達と摘んでいましたわ」
「そうなんだ!」
意外な答えに少しほっとした。
アンリエットは普段侍女として立ち居振る舞い、リライディナに対しての敬意を示し侍女らしく接してリライディナはそこが不満だった。
何故なら求めているのは「友」であって「侍女」でなかったからだ。
そんな牧歌的な時間は突然破られる。
バシャ!バンバン!!
突然耳をつく水音に二人はその方向を向いて耳を澄ます。
「えっ?
何?水音?
何?」
リライディナは言葉と同時すでに疑問の先にあるその音の方向へと走っていく。
「待ってください。
リライディナさま。
そんなに走ると危ないです」
アンリエットの言葉を無視して、森を抜けると木々の間から川面が見え始め足を止めると、そこには沢山の子供達の後ろ姿が見えた。
しかも子供達が発する言葉は耳を疑うものだった。
「誰か!
誰か助けて!
アンディが川に…流された!
助けて!!」
「助けて!!」
「誰か!!」
声が枯れそうになるまで大声が空に響き渡る。
必死に子供達が叫んでいる。
リライディナは川の流れは見るからに早く、下流の方向にアンドリューの顔が水面に浮かんでは消えを繰り返している。
「まずい!」
リライディナは吸い寄せられるようにアンドリューの流されていく方向を風の如く走る。
バシャバシャ!
なんの躊躇もなく冷たい川に入った。
腰の辺りで身体を川の中に預けそのまま泳ぎ始める。
その姿はまるで人魚のようで、川の流れを使いながら濁流にのみ込まれずコントロール出来ていた。
「リライディナ様」
アンリエットの悲痛な声が宙に消える。
リナイディナは泳ぎながらアンドリューの位置を確認しながらさらに潜水する。
冷たい川の水が身体に入っていくがお構いなしだ。
腕を力いっぱい掻いてアンドリューを探す。
アンドリューはすでに力つき、身を川底にスローモーションの様に沈んでいる。
あっ!!
まるで鉄の塊の様に川底にまったく抵抗なく沈んでいくアンドリュー!
リライディナは懸命にアンドリューを捕らえようとさらに深く潜り、なんとかその腕を掴んでは自分に引き寄せる。
身体が冷たい。
リライディナはそう感じ命の危機を切実に感じる。
早くあがらないと。
アンドリューの脇に片腕を引っ掛け浮上する。
しかし自分とアンドリューの体重が重く中々浮上しない上リライディナの息も段々あがってくる。
頭は酸欠状態だ。
絶対に失神は駄目だ。
もう限界に達し意識が朦朧とする中、リライディナは精一杯生への執着を決して諦めなかった。
必死に片腕で水を掻く。
最後の力を使って膝を上下に叩きつける。
太陽がようやく水面から見えた時さらに上昇する。
絶対帰る!
ヴィルの元に。
これでもう死んだら後悔しか残らない。
お祖父様は悲しむし、ヴォルもギャバンも。
アンリエットも。
それにヴィル……。
また会いたい。
そう絶対に!!
リライディナは力の限り手足を激しく動かし歯を食いしばり地上を目指すのを諦めない。
次の瞬間に太陽の日差しが顔に当たり呼吸出来た。
「はぁぁ…」
あと少し!!
ようやく水深が浅くなってきたのを感じおそるおそる足裏が川底についたのを感じる。
底は小石に苔や水草が生えてぬるりとしている。
こけないように慎重に移動する。
戻ってこれたのだと実感できてホッとするが休んでいる暇はない。
と同時に大きく肩が激しく上下に動くが、ここで立ち止まる訳にはいかない。
「リライディナ様!
アンドリュー!!」
アンリエットは二人の元へ足が水に濡れるのも厭わず、アンドリューの脇に右手を差し入れアンドリューの左手を自分の肩に持ってきて左手でしっかり押さえた。
リライディナと両側でアンドリューを支えて川沿いまで運んだ。
アンドリューはびくとも動かない。
意識も呼吸もない。
かなり危険な状況だった。
草の生えた平らな場所にアンドリューをそっと置いて、リライディナがその腹に四つん這いになった。
「リライディナ様!
私が…」
驚いたアンリエットがリライディナを止めようとする。
しかしリライディナはお構いなしに心臓マッサージを始めた。
「いいから!
医師と皆を呼んできて!!」
「リラ…!」
「早く!」
リライディナはアンドリューの胸を何度も何度も小さな両手を重ね、アンドリューの小さな心臓をめがけて激しく心臓マッサージを始めた。
「早く!」
その言葉でアンリエットは背を向けて立ち去り仲間を呼んで行った。
お願い!!
アンドリュー戻ってきて!!
アンドリュー!!
何度も何度も祈る様に、ただそれだけを考えて汗が噴き出す額も拭わずに動きを全く止めない。
一緒に来ていた子供達が輪になってその光景をただ恐怖と不安の表情で静かに見守っていた。
リライディナの額に汗が滲んでたらりと滴り落ち始めて少し経った時にアンドリューに異変が起こる。
「ゲッボッ」
開いた口から川の水を吐き出したのだ。
激しく頭を左右に振るがまだ意識はない。
「誰かタオルを持ってきて!
着替えを持ってる年長の子は私に貸してくれ!」
子供達はいっせいに全員声に反応して持ってきた荷物の場所へと駆け走る。
リライディナはアンドリューのシャツと下着を脱がせて、キュロットを脱がせショーツに手を掛けて降ろした一瞬固まってしまった。
まさにあらゆる動作が止まって辺りの空気が真空状態になってしまった。
「えっ??
どうい……こと?!」
何故リナイディナが驚いたのでしょうか?
次回アンドリューの秘密の一つが明らかになります。




