第四章 穏やか昼下がりと懺悔と執着
ミステリー度とシリアス度が上る回にしています。
皇帝の謎
恥ずかし中に少しの親しみを持ちながら皇帝の居住エリアに向かう。
皇后宮とそんなに遠くない。
一階の私室の一角に通された。ルードヴィッヒは窓の外を見ながら振り返り気味にエリザベートを待っていた。
エリザベートは恥ずかしさに少し目線を外し気味にはにかんでお辞儀をする。
ルードヴィッヒはその姿を可愛らしいと思いながら傍により優しくエリザベートを抱きしめる。
極めて優しく。
「大丈夫かい?」
よけい恥ずかしくなりこくりと頷く。耳は真っ赤だ。
耳元で小さく微笑みながら言った。
「君があまりに可愛くて、ほどほどにしないとね」
また頬が赤くなる。
やめてほしいからかうのは。
そう思った。
ルードヴィッヒはエリザベートの額に軽くキスをすると手をとり一階の中庭の扉を介して外へ出た。
整備された中庭には東屋があり、テーブルとチェアーが用意されていた。
テーブルクロスに数々のお菓子と軽いサンドウイッチと果物、紅茶が用意されていた。
「さあ」
ルードヴィッヒがチェアーを引いてエリザベートを座らせルードヴィッヒも座った。
侍女によりポットから紅茶がカップに注がれて目の前に置かれる。
二人手にカップを持って口に運ぶ。
喉を通る香り高いお茶
最高級品のアフェルキア茶だ。すぐにわかった。
「最近はアフェルキアと農作物の取引をしていてね。君のおかげだ」
「私のおかげ?」
「あぁ。ずっと敵対関係だったから。私の父つまり前皇帝はフェレ皇国同盟国でね。
だから君の国ともずっと敵対国だった。アフェルキアはフェレデンの同盟国だからね
貿易はずっと禁止だった。我が国は貿易面でメリットのある君の同盟国に参加することにしたんだ。
それには婚姻が一番だから。でも君でよかったよ。知っての通り多くの皇后を迎えたがいろいろあっ
て悪い噂を聞いていると思うが。君の見たままを判断すればいい。
それから君の望みがあれば受け入れる。全てね。」
この事だがどういう意味かはすぐにわかった。
そのせいでますますあの噂が気になる。どうしてこんな方にあんな噂が。
「皇后の責務をまずは一番に考えたいと思います。
私はフェレイデン帝国の皇女であり、オルファンの皇后でもあります」
ルードヴィッヒは少し照れた様に静かに微笑んで言った。
「ありがとう」
それからはお菓子のおいしさとカップの絵の美しさにルードヴィッヒを質問ぜめにする。
新婚家庭の会話を侍従や侍女はほほえましく見ている。
昼下がり中庭から皇帝専用の庭園へ場所を移動して散歩する。
丁度季節の花々が咲いて美しい。緑も整備されて木々から太陽の日差しが差し込む。
噴水は勢いよく吹き出し心地よい。
小一時間たったころ、一人の侍従がこちらに向けて走ってきた。
ルードヴィッヒに耳打ちする。
少し
「…皇……太后……り…離宮…」と聞こえた。
ルードヴィッヒは顔色を変えて驚きエリザベート言った。
「皇后 今日は休養が出来てこの後は侍従長が案内します。
申し訳ないこれで失礼する」
そういってやってきた侍従と共に庭園を後にした。
何が起こったのか?
エリザベートは不安の中侍従長の案内でしばらく庭園を散歩するが侍従長の説明も上の空だった。
ただ最後の侍従長の言葉は印象的だった。
「皇后陛下が皇帝陛下をお救いくださると信じております。
陛下は孤独でお優しく、またひどくご自身を恨んでおいでです。
どうか陛下をお救いください」
涙目で侍従長は訴えるのでエリザベートは理由は聞かず頷く。
当然だからだ。妻がましてや国に身を捧げる伴侶たる夫を支えるのは騒然だと両親を見て教えられた。
庭園を後にして向かったのは離宮に住む皇太后の元だった。
「皇帝陛下 また発作を起こされて陛下を呼んでおいでで。
申し訳ありません。皆手がつけられずまた侍女の一人が……」
そう言って侍従の瞳が潤んでいる。
どうやらいつもの発作だ。後始末が必要で考えるだけで頭が痛い。
離宮に着くと階段を勢いよく上がり奥にある皇太后の元にたどり着く。
「母上」
廊下から扉を開けるとソファーの横で侍女が血を流して倒れている。
ルードヴィッヒは倒れた侍女を抱き上げて、まずその部屋を出て廊下で待機していた宮廷医に手渡す。
まだ息をしているが頭から血が流れだしている。
宮廷医は助手と共に手当にあたった。
ルードヴィッヒが皇太后の部屋に戻ると寝台に腰を下ろしじっと動かない皇太后がそこにいた。
「母上!」
「あぁ~~テオドール!テオドール
なんでどこにいっていたの?
お母様置いて。どこに行っていたの」
ルードヴィヒに抱きついているものの瞳は遠くを見ていてルードヴィッヒを見てはいない。
「お母様。 僕はここにいます」
「テオドール。私の唯一の我が子
どうしていなくなったの。
私が悪かったのよ。テオドール」
「お母様」
「私が私が……。あの時……皇帝の……主催にいなければ……。あの子はまだ………」
ルードヴィッヒはどう聞いても自分の名ではない名前で呼ぶ母に懸命に「テオドールは自分である」と自己主張する。
しかしその認識は皇太后にはあるかないかよくわからない。
「私の私の子……わあぁわあぁぁア……私が殺した殺した………わあぁあああ」
ますますルードヴィッヒに抱きついて気が狂ったように泣き出した。
「わあぁ~~~~~あの人をあの人を…殺した殺した…殺した…私のせい…あの時…」
もはや手がつけられなかった。
「ぎゃ~~~ぎゃ~~~テオドールが あの人が血まみれ血まみれ…」
僕のせいだ。僕の………。
「テオドール…テオドール…私の子……」
狂ったようにその名を読んでルードヴィッヒの頬を手でなぞる。
「私の…子供……」
そういったきり、失神してしまった。
「お母様ごめんなさい。僕だけ生き残ってごめんなさい……」
ルードヴィッヒは溢れる涙をどうする事も出来なかった。
懺悔の念に囚われてそこから抜け出せないでいる。
血まみれの侍女はなんとか一命をとりとめてルードヴィッヒに見舞金と称して大金を贈られ生家に帰された。
田舎でむちゃをしなければ暮らしていける金額だ。
しかも年金付きで、良縁の世話もしてくれるいいことづくめだが離宮の話は墓場まで持っていく。誰かに話したら一族とも皆殺しと言われていた。
当然口をつぐむ。
こうして多くの侍女や召使が去っていった。
ルードヴィッヒはこの出来事がある度に精神的に不安定になり一日寝台で寝たきりになる。
酷い時には記憶がなくなる事のしばしばで自分でも何をしていたか不安になる。
恐怖と懺悔と母の執着が精神を蝕んでいったが、翌日には普段と変わらない一日を送る。