外伝【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】婚約の経緯
帝国の末息子に育った15歳のヴィルヘルム皇子に婚約者が決定された。しかも本人の承諾なしで!
ヴィルヘルムは歴史の授業で血なまぐさい内乱や戦いはよく習ったが、あくまで書物の中で絵画程度しか知らない。
オルファン帝国も十数年前にフェレ派の公爵一派が反乱を起こした事があったくらいで、他国との戦となると百数十年はしていない。
フェレイデン連合対フェレ皇国連邦の均衡が開戦を防いでいたともいえた。
ひとたび戦となるとエルディア大陸を巻き込んだ大戦になるのは間違いなかったからだ。
他国とはいえ皇族の根絶やしなど聞くだけで、ぞっとしてヴィルヘルム顔色は見る見るうちに青白くなり、悪寒さえ感じている。
そんな様子もお構い無しに皇后の話は続く。
「幸い二人の皇女は無事に逃亡出来、一人は現在のシャハルバード共和国大統領夫人アテナイス皇女殿下。
もう一人がリライディナ皇女殿下です。
リライディナ皇女の生母は他の側妃とは違い、王家に生まれた訳ではありません。
遊牧民族の中で最大数を誇るディナス家の首領の息女で、フェレ皇国は騎馬民族で騎馬戦を得意とした同家の縁がほしかった。
だから後宮に召したそうです。
側妃はすぐに懐妊したものの、他の側妃の嫌がらせを受け、皇女を出産後亡くなられたそうです。
皇女は母がいない離宮で忘れられたように、生母が連れて来た使用人たちと実家から送られてくる化粧代で、ほそぼそと生活されていたそうですよ。
そこへ第一皇女のクーデターでしょ。
しばらくは皇女の存在は忘れられていたようだったのだけれど新女皇王の耳に入ってね。
暗殺直前にディナス家は皇女をフェレ皇国から連れ出して、助け出す事が出来たのだけれど。
最近になって追手が隠れ家近くまで侵入したそうよ。
辛うじて難を逃れたけれど、守りきれるか首領も頭を悩ませていたのですって。
皇女を守りきれ、絶対の信頼のおける国の候補をシャハルバード共和国大統領に打診したそうよ。
大統領は皇女殿下である奥様を大変寵愛されていたので、異母妹の危機も人ごとでなく思ったのね。
フェレイデン帝国に助けを求めたの。
母上はフェレイデン帝国での保護を検討したけれど、直接の諍いの種を拾うのは得策でないとお考えになったのね。
なので長女である私の嫁ぎ先に白羽の矢が立った。
オルファン帝国ならば元フェレの友好国、しかもフェレに安易に手を出して必須の鉱物の輸入を禁止でもされたら、フェレの経済は大打撃を受けて内乱は避けられない。
皇女を匿っていると知った所で、国際問題に出来ないだろうとお考えになったの。
しかし警戒は必要だから、護衛をつけ十分守れるにはやはり婚姻がいいだろうとなった訳。
でうちには貴方だけしか皇子はいないから。
貴方のお祖母様は貴方の正妃にと切望されたのよ。
彼女は確か今年で十二歳と聞いているわ」
「えっ??」
ヴィルヘルムは瞳を閉じて、考えを巡らせる。
まだ十二歳だと子供だ。
しかも母親の愛も知らずに暮らしていたろう。
僕だって幼い時は一年のうちに三カ月しか会えない母を恋しがって、別れの朝は僕も行く。
皆と帰ると言ってぎゃん泣きしたものだ。
あの日を思い出すと今にも胸の奥が痛い。
しかもなれない異国で形見の狭い、慣習も、習慣、文化や風俗違う場所で生活しないといけないのだ。
僕だって皇族だ。
結婚は一種の契約である事は重々知っている。
つまり愛は二の次で、あくまで国益の為の義務だと承知しているし、その覚悟は出来ていた。
皇子といえど政治の駒だ。
両親は政略結婚だったけれど、愛情深くお互いを思いやっていまでも目も当てられないくらいラブラブだ。
たまたまかもしれないが。
そんな両親を見ているから、政略結婚でも幸せになれる可能性は0ではないのだ。
と自分に言い聞かせ、出来るだけ誰かを好きになるという感情は抑えていた。
出来るだけ女性とは距離を保って相手にも隙を見せず、かといって愛想のない素振りも見せなかった。
結婚したら僕は皇族として真摯に彼女と向かい合、い誠実に優しくよき夫になろうと心に誓う決意を固めていた。
瞳に宿る覚悟のような光を皇后は見逃さなかった。
間髪入れずに言った台詞が一生忘れられないだろう。
「実はもうオルファン帝国の領内に来ているのよ。
明日の早朝にイスハファンの離宮に行きなさい。
皇女殿下はそこで貴方を待っているわ」
「えぇぇ〜」
見た事もない婚約者に初めて会う為に離宮イスファハンを目指す。