外伝【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】突然の婚約発表
突然の母后の呼び出しは?
「もう一度伝えますね。
ヴィルヘルム皇子殿下。
おめでとう。
貴方の婚約が今日纏まりました」
蘭のような花のかぐわしい香りが鼻をつく居間で皇后は最高級のファルキア茶を、これもまた最高級の職人が丹精込めて作りあげたティーカップのハンドルを、その艷やかでほっそりとした白い指で運ぶ。
口元に当ててそのかぐわしい香りを堪能した後、ハープの音色のように優雅な声で息子に言った。
まじまじと母のその姿をただ見つめながらも、ヴィルヘルムは先ほどの言葉を現実のものとはとても受け取れないでいる。
ヴィルヘルムは幼い頃から病弱で、赤子の時に気候の穏やかなイスハファンの離宮で何人もの乳母やお世話係、侍女に育てられていた。
離宮は皇族用の夏の避暑用宮殿だったので夏の三カ月の間は家族が揃い、家庭的な雰囲気を味わう事が出来ていた。
十二歳になる頃には身体も成長し、寝込むことがなくなり、無事に帝都の宮殿に戻る事が出来た。
その日から数えて三年。
ヴィルヘルムは十五歳になっていた。
オルファン帝国の皇族として結婚しても可笑しくはない年齢だが、そもそも寝耳に水で何の打診もなく、あまりに突然の婚約発表を母后の私室で聞こうとは夢にも思っていなかったからだ。
呆然無質になるのは当然といえば当然だった。
その事は母后も当然だろうと思っているようで、狼狽えている息子を落ち着かせようと柔らかな微笑みを讃えながら話を始める。
「突然の話なのはよくわかります。
実は皇帝陛下と私もこの婚約を打診されたのは昨
晩の事でした。
昨晩フェレイデン帝国エルミエ皇后陛下。
つまり貴方のお祖母様からの打診でした。
母上は密使をオルファンに派遣され、貴方と前フェレ皇国第十七皇女との
結婚話を提案されてきたのです」
「お祖母様の?」
ヴィルヘルムは母方の祖母に会った事などない。
肖像画と母后から聞く逸話や人柄だけは辛うじてわかる程度だった。
ただ度々フェレイデンから祝いの行事があると、沢山の贈り物と愛情豊かな手紙を受け取っているので親しみは持っていた。
敬愛する今やただ一人の祖母だ。
父方の祖母の話はどうやら禁忌になっているらしく普段から話題にも出ない。
ただ年に一度崩御の日に大神殿で行う鎮魂の祈り日が、恐らく祖母の存在を知る唯一の機会だった。
その日はお付の者までも張り詰めた空気が支配し、何となく誰にも祖母の話を聞くのを躊躇うような気分になっている。
父方の祖母の事は不思議に思いながらも、生活に特段支障はないのでまったく知らずにいる。
「貴方も知っている通り、フェレ皇国のクーデターで第一皇女が即位し、前皇王は幽閉、他の皇子、皇女、皇族は二人を除き惨殺されてしまいました。」
そういえばエルディア大陸史のフェレ皇国の歴史の授業で習ったっけ?
ヴィルヘルム大公の婚約者はどんな人物なのか?