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第十一章 皇帝の告白と新しい命

喪が明けても皇后との約束は果たされてルードヴィヒの状態も安定している。


「でも…安心はできないわ。

 陛下が私に話してくれないと。」


エリザベートはいつにも増して穏やかにルードヴィヒに接し、ルードヴィヒもエリザベートを心から信頼し愛しているのを自覚していた。


それはある昼下がりだった。

異様な寝むねに襲われたエリザベートはソファーで転寝をしてしまっていた。

起きた頃にはもう日も暮れて闇夜が支配していた。


「陛下 そろそろ夕食の晩餐でございます」

侍女がそっと耳打ちした。

「えぇ」

眠気のまだ残る様子のエリザベートは身支度を整えて食堂に向かおうとした廊下で突然倒れた。

すっと崩れ落ちる様に床に体が叩きつけられる。


「陛下!!!」

薄れゆく記憶の中で侍女の声が聞こえた。


しばらくして意識が戻った時には自分が寝台に寝かされているのがわかった。


横にルードヴィヒが手をしっかり握っている。

「え!!」


「大丈夫かい?びっくりしたよ。

 突然失神したというから」


優しくルードヴィヒの前髪を触るエリザベートは安心させるようににっこり笑う。


「大丈夫ですわ」


その背後に宮廷医長は立っていた。


「陛下 月の物がございませんよね」


そういえば?何せいろいろあり疲れているかとも思っていた。


「おめでとうご懐妊でございます。 丁度4か月目でございます」


驚きのエリザベートはその後すぐに喜びの表情になる。母になるのだ。


隣のルードヴィヒをちらりと見ると、嬉しそうに笑った後なんともいれない真剣な表情に変化するのを見逃さなかった。


「陛下 陛下は良き父となります。 陛下は良き夫でございます」


ルードヴィヒの緊張をほぐす様にエリザベートが優しく言った。


おそらくこの後何かあると確信しながらその時が最もルードヴィヒの今後を変える重要な日になると思った。そのために準備した。


ルードヴィヒはエリザベートに優しくキスをする。


「陛下 ご安心くださいませ。 全てを」


いろんな思いをその言葉に乗せた。


ルードヴィヒは閣議の為に一旦皇后の寝室を出た。


エリザベートは侍女に指示して、ルードヴィヒの様子を逐次報告させる。表情に至るまで詳細にだ。


閣議はつつがなく終わり、ルードヴィヒは庭に出たという。

そうあの庭に、その時が来たと直感して急いで皇帝の庭園へ向かう。


薄い寝間着にショールを肩にかけて一階に急いで向かう。


扉は開いたままで庭園からは強い花の香りが風に乗って部屋に入ってくる。

急いで庭に出た。

丁度満月で月明かりで比較的明るい夜だった。


庭園の月桂樹の大木の並木道にルードヴィヒはフラフラと立っている。


瞳は焦点があっておらず、額に脂汗が滲んでいる。


エリザベートはルードヴィヒの前に立って優しく包み込む。


ルードヴィヒは無意識で無機質でなんの反応もなかった。


しばらくの沈黙の後。


「僕は生まれてはいけなかった。

 僕は悪魔の子

 僕は人殺しの子

 僕は母を不幸にした

 僕は妻を殺した

 僕は妻を不幸にした

 僕は僕は……」


エリザベートはルードヴィヒを強く抱きしめる。


「愛しているわ 愛している あなたを あなたは皆に愛されてる

 私意外に侍従長も 国民からも 臣下はあなたを愛しているわ」


その言葉をシャワーの様にルードヴィヒに浴びせる。


「愛しているわ あなたがどうなっても全力で愛しているわ」


「………」


全てを擲つ様にエリザベートは叫び続けた。


「私はこの国に来た時あなたは私を優しく受け入れてくれた。

 だから幸せよ。幸せに出来る方。 愛しているわ」


何度も何度もルードヴィヒが現実に戻るまで何度も言うつもりだ。


「だからあなたも愛せるわ。この子を」


そう言って自分のお腹にルードヴィヒの手を乗せる。


ルードヴィヒの手がピクリと動く。


「我が子?私の子?悪魔の……」


「違うはこの子は天使よ。 天使!!私達の天使!!!」


エリザベートの腕がルードヴィヒのそれを強く握りしめる。


ルードヴィヒはその瞬間我に返っていた。


そして自分の状態に気がつく。

そしてエリザベートが自分の状態を知っている事にも気づいた。


二人手を繋ぎながら庭園を出て皇后の寝台に帰る。

ルードヴィヒの足取りは重かったが、もう隠せないと観念している。


寝台に上がり、エリザベートはルードヴィヒを強く抱きしめて言った。


「あなたを愛している。 

 あなたの持つ重荷も含めて全てを愛している。 愛しているわ。

 あなたを愛しているのよ。 

 どんなあなたも愛している。 この子と一緒に愛している

 愛しているわ」


それは呪文だ。

ルードヴィヒを現実に呼び返す。

白い魔法呪文だった。

悪魔に呪いをかけられて彷徨う皇帝を救う童話に出てくる優しい皇女の白い魔法の呪文。


ルードヴィヒから涙が止まらない。


今までに流せなかった半生の涙の全てを流す様にエリザベートの胸で泣き続けた。


エリザベートはようやく自分がルードヴィヒの妻になれたような気がした。

何時間泣き続けたかわからない頃、ルードヴィヒの顔がエリザベートをようやく見つめた。


「もういいのかな?」


エリザベートはあえて聞かなかった。何がという前に何であったか知っていたからだ。


「ええ 陛下は十分苦しみました」


女神にすがる迷い人の様なルードヴィヒの顔は美しかった。


「君に話すことがある」


そう言って静かに今までの事を話始めた。


それは概ね侍従長や修道女に聞いたものと同じで、ただ本人が話すという事に意味があった。


自分がどちらの子かわからない事。

大公一家の事、前皇帝の事、皇太后の事、歴代の皇后の事件の事、そして兄の亡霊が苛む事。


何度も聞いても怒りがエリザベートの中で渦を巻いてしまうが、夫が楽になるならと懸命に聞いている。


全てを吐き出したルードヴィヒの顔はまるで許しを請うような幼子の物だった。


エリザベートは頬を手でなぞりながら言った。


「どんなあなたでも受け入れます。

 愛しています

 この愛は永遠です。 

 愛しいあなた。 愛しています。

 この子と共にあなただけを愛しています」


エリザベートの瞳から一筋の涙が流れる。


「永遠に共に死ぬまで。

 いえ死んでも…後も…永遠に愛しています」


ルードヴィヒの最も欲しかった言葉が雨の様に自分に振ってくる。

それは心地よく全ての黒い影を洗い流してくれるようだった。


エリザベートのの身体を強く抱きしめる。


「ふふっ 私の陛下 永遠に私のものです。誰にも譲りませんわ。

 私だけの陛下」


その夜は二人抱き合って眠りについた。


ルードヴィヒはかつて経験した事のない爽快な朝を迎える事が出来たのは間違いなかった。


エリザベートは毎日囁く


「あなたを愛している」と。

皇帝の発作はその日以来ぴたりと止み宮廷医長によって完治が告げられた。






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