最終章 皇位奪還【愛と革命に生きるヴィルヘルム大公物語】クロフォード公爵の愛
ヴィルヘルム達と死闘を繰り広げていたクロフォード公爵、次々砦と軍隊が陥落し、皇宮にも革命連合軍が侵入する事を知ると戦いから離脱突然消えた。
どこへ向かうのか?
「レオポルト!
そなたは私を命にかけて守ると言ったではないかぁ〜。
私を助けてくれ!
もう私を救えるのはお前だけだ!」
レオポルトの背を両手で覆い、自尊心も投げ打ち大粒の涙さえ見せ、必死の形相でうったえかける上皇王の姿。
その姿を初めて見たクロフォード公爵。
驚きと同時に一種の自分にしか助けられないという高揚感が徐々に沸き立ち、気がついた時には人目もはばからず上皇王を抱きしめていた。
残っていた数名の近衛兵はまるで現実のものとは信じられないのか茫然としている。
何せ二人は常に威厳に溢れ、怒りの喜びも感情を持っていないかのような人物だと認識していたからだ。
特に上皇王は無用な者や反逆した者には徹底的に葬る独裁者でもあった。
そんな君主が我も忘れて臣下に懇願しているのだ。
信じられるはずはなかった。
上皇王のすぐ脇には侍女のファビエンヌが控えている。
二人の陰に隠れてその表情は見えないまでも僅かに身体は震えている。
何かを覚悟し、そしてその時を静かにまっているかのようだった。
クロフォード公爵は上皇王を腕に抱きながらその幼い頃からの憧れであり、一時期は声すらもかけられないほどの威厳と高貴さを兼ね備えた第一皇女との出会いを思い返していた。
クロフォード公爵家は皇国の傍系の皇族であり、三代前の皇王の妹を降嫁させた皇族の血を受け継いだ皇王家本家を除いて、一番高貴な家系に嫡子として生まれた。
産まれながら公爵家の後継として厳しく育てられた。
虐待に近い教育を担当した家庭教師にはまだ力がない時には従順に従う生徒に。勿論公爵位を継いだ後に殺害したが。
愛情の薄い厳格な両親は常に高圧的で異論や言い訳を許さなかった。少しの不満や反論を顔に出した途端に食事を抜かれ仕置き部屋送り。しかも不在が多かった。温かな愛情を見せてくれたのはそ乳母。でも彼女も五歳になる日に暇を出された。
以降自分を律してただ皇国皇王への忠誠心のみに捧げる人生の道を歩む事を強いられていた。
その考えに不満や不敬、抵抗は一切もたなかった。
そう教育されていたのだ。
そんな疑問すら感じずに過ごしていた生活が一遍に変化した出会いがあった。
成人し初めて皇宮を訪れ、デヴュタントとして参加した宮廷夜会での出来事だった。
夜会では高貴なる公爵家の後継として貴族達の羨望の眼差しを受けて参加した公子は与えられた役割をただこなしていた。
同じデヴュタントととの舞踏と紳士、淑女達への挨拶を、同年代の貴族達との会話を表面的には楽しんでいる素振りを見せていた。
そつなく過ごしたのだ。
しかし本人には物足らなかった。
すべて絵空事の様な実感のないものの様に感じ、心が少しも満たされない。
平凡でつまらない日常に感じていた。
それもこの夜会での出会いで一掃する。
煌びやかで虚栄心に満ちたつまらない舞踏会の大広間を抜けてベランダに出ると目の前には庭園が広がっていた。
夜の帳に所々かがり火が焚かれたその光景は幻想的で、自分を違う世界へ誘ってくれそうにも思えた。
少し歩いてみよう。
好奇心から庭園の中へと入る。
風の音とともに樹木の香りと盛りを過ぎてはいたが僅かに匂うくちなしの花の香りが鼻をくすぐった。
いつもの強烈な香りとは違い少し甘い香りを感じた。
その香りに妖艶さを感じる。
夜という時間がくちなしの印象まで変えてしまうのだ。
変わる?
自分は変わるのだろうか?
それとも変わらない方がいいのだろうか?
両親、親族、皇家の望みのままに育った。
これからもそうあり続けないといけない。
しかし本当に私がそれを望んでいる訳ではない。
いや出来れば壊したいかもしれない。
大人達の虚栄心と義務の為にそうあるべきだと思い続けてきた。
でも幾度となく達成出来た後に待っていたものは虚無感と孤独、苛立ちと寂しさだけだった。
このままレールが敷かれた人生。
そこから1ミリたりとも外れてはいけない人生を強要された幼い頃はそれを当然のように受け入れていた。
けれど思春期になり両親や親族の過度な期待や称賛さえ苛立ちを覚えずにはいられなかった。
そんな疑問と葛藤が泥々と胸の奥で髑髏を巻くように煮えたぎっていた。
そんな心の葛藤をかかえながら美しい庭園を歩きながらも、その瞳に風景はまったく映っていない。
そしてがむしゃらに突然無性に走り出したくなった。
一気走り始めるまるで何かから逃げる様に、何も考えずにひたすら息があがるまで庭園の中を走り抜けた。
バタッ!!
何かが倒れた鈍く激しい音が暗闇に響く。
無意識にその音の方へと視線が向くと次にはすでに足が動いて近くの木陰に身を潜めた。
何か見てはいけないような、そして見たいようなそんな好奇心でだろうか?
自分でもわからない。
月光を遮っていた雲の靄がしだいに薄く段々と空は晴れてゆき、空には妖しくも透明な優しい光を深い皇宮の庭園を照らし始めていた。
その視線の先に合ったものがようやく仄かに形作り始めた。
横たわる黒い物体は人影にも見える。
段々とその姿が顕になる。
若い男だ。
それなりに身なりはきちんとしている。
しかしブラウスは切り裂かれ血まみれでドス黒くなり、顔にいたっては何度も殴られた様な打撲痕と血の滲んだ箇所が肌にこびりついている。
死後少し経った頃だろうか?
びくともせず、死後硬直も始まっているようだった。
その死体の傍で立つ一人の影らしきものが自然に入った。
女性だろうか?
いや少女の様な細さがわかる。
はっとしてその影に瞳が離せない。何かに取りつかれたように凝視し息をするのも忘れていた。
「…誰だ?」
その影が言葉を発っした。
澄んだそれでいて氷の様な冷気を感じる声にぞっとはしたが、何故だか立ち去ろうとは思わなかった。
「早く出てこないとお前もこの男と同じめにあうぞ」
狂気じみたその声には僅かに高揚感も混じり合っている。
ザッ!
恐怖に震えながらも草を踏み分けながら、言いようのない好奇心と魔的な者に誘われる様に月明かりの下へとゆっくりと進んだ。
「あぁ~レオポルト・ディア・クロフォード公子か」
その声の主はまだ少女といってよい年頃に見えた。
自分よりも年少の五歳くらい下だろうか?
しかし背は高くすらりとした細身のその少女。
静かな空気を纏いさっき人を殺害したとは思えない。
冷静さと冷たさを感じ、悪寒を覚えたと同時に何か孤高の頂にいる精霊に会ったような興奮も感じた。
陶器の様な白い肌が青白い月光に照らされてレオポルトはその少女に妖艶ささえ懐く。
次に美しいビジョンブラッドの赤い瞳がレオポルトを掴んで離さなかった。
その奥に異様なほどの人を惹きつける。
捕らえられたら二度と離さない狂気に似た輝きが自分を鎖で縛り付けている感覚に陥っている。
自分でもわかってはいるが、それ以上の何か胸の奥に抱えたドス黒い負の感情が浄化されていく。
「…貴方は……何故?…だ…れ…」
レオポルトのぼそりぼそりと口から出た言葉。
これ以上の言葉は出てはこなかった。
それほど圧倒的な妖艶と悪魔的なその少女に釘付けになり、時が止まったかのようにその場から一歩も動けない。
「ふっ!
公子なら殺せないな……。
私が誰だか気になるか?
そうだな。
名のるもの悪くない。
私はマリアンネ・ディア・フェレだ。
これは第三妾妃の侍従だ。
恐れ多くも今日のデヴュタントの舞踏会で
酒を飲み過ぎたらしい。
私に無礼を働いたので。
剣を振りかざしたらこの体たらくだ。
第三妾妃のヒステリーが暫く止まないな。
笑える」
その名に心当たりがある。
そう皇妃腹の第一皇女の名だった。
平然と話すその姿に頭の中の思考回路は混線し完全にフリーズしていた。
父皇王の妾とはいえ妃の侍従を殺害したと自供したのだ。
しかも理論整然と告白している姿に現皇王の威厳と自尊心の高さを受け継ぎ、君主としての風格を見せつけられた気がした。
思わず腰を下ろし忠誠の証として頭を垂れた。
しかし後宮の侍従が殺害されたとなれば一大事件だ。
今夜には舞踏会どころではないはずだ。
「おや?
何を驚いている?
あぁ~~この事は秘密裏に処理されるだろ
う。
まあ~~第三妾妃の怒り狂った姿はおがめ
るだろうがな」
「…あのマリアンネ第一皇女殿下。
…初めてお目通りいたします。
レオポルド・ディア・クロフォードでございます」
頬を染めながら正式なマナー通りの挨拶を告げる。
まさにこの瞬間に永遠にこの皇女に囚われる事になる。
その後この皇女の為に仕えて皇女が皇位奪還の為に父皇王を退位させ皇族達と反発した家門の貴族達を投獄、処刑し表から裏まで政務に明け暮れた。
すべてを捧げる人生を選んだのだ。
私のこれまでの人生で一番の幸せはこの女性と共有出来るという優位感。
ああ~~私の全て。
あの一度だけの夜を思い出しただけでどんなにか幸せか。
一度だけ強く私を求めた貴方。
あの夜は私にとって夢のようだった。
貴女と初めてそして最後の夜を共にしたあの瞬間。
そしてその時に貴方に授かった命。
おそれ多くも私の血を受け継いだ皇王陛下。
もう何も望まない。
上皇王との出会いを走馬灯の様に顧み想いを更に強くなる。
貴方への思いが。
「陛下。
愛しております。
永遠に私の最愛の方。
私の全て。
勿論この身を捧げます。
貴方マリアンネが生き続けてくれるなら。
我が命など惜しくはありません」
クロフォード公爵の愛と過去。
上皇王の絶対的な愛の結末は?
次回上皇王の愛とは?




