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桜の祝福

作者:


「久しぶり。」

「久しぶり。どうしたの?」


またこの季節が巡ってきた。

この時期になると君は毎日ここに来る。

まるでこの季節を見たくないかのように。


「出会ってから今年で何年経つっけ?」

「そうだね〜。5年くらい?」

ハハッと笑いかけるも、君は相変わらず憂鬱な顔を変えようともしない。


「あ〜、なんで春なんてあるんだろ。」

「おいおい、いくら春が嫌いだからってそんなこと言うなって。そもそも、君、前までは春好きだったじゃん。」

近くのコンビニで買ってきたであろうビールと和菓子を袋の中から出していく。

プシュッとビールの缶を開ける音があたりに広がった。


「君なあ…。ここまできてビール飲むか?」

「いる?」

「飲めないの知っているくせに。嫌味?」

こちらの答えなどお構いなしにごくごくと飲んでいく。


「…ハァ。」

「ビールを一気に飲んどいて、ため息か。」

いいご身分だな、と軽口を叩く。


「今日さ、桜が満開だったんだ。」

「お、ついに今年も満開になったのか。綺麗だったんでしょ?」

「…綺麗だった。」

「じゃあなんで、そんな顔してるのさ。」

笑おうとして失敗した、みたいな。

そんな顔して、綺麗だったとか言われても。


「桜を見るたびに忘れそうで。」

「…何を?」

「綺麗な満開の桜を見るたびに、桜が好きだと言った君が、記憶の中から消えていきそうな気がするんだ。」

「それは…」

「桜を見るたびに、君を思い出せたら良かった。」

「…。」

あまりにも悲痛な声になんと声を掛ければいいか分からなくなる。


「だから、春になると忘れないようにいつもここに来るんだ。」

なんとなく気づいていた。

最初の年に必死な形相でここにきた時から。


「春なんて、やっぱり嫌いだよ。」

思いを馳せるように、君は空に舞う桜を見る。

「また、来るね。」

そう言って君は花を供えて帰っていった。

「春が嫌い…か。」

その姿を見送ってため息を一つついた。

確かに、春は君が進む季節になってしまったから、前よりは好きじゃないかもしれない。

でも、

「君にこそ忘れて欲しいんだけどね。」

そんなこと言ったら君は怒るだろうか。

それとも、絶望に染まった顔をするだろうか。


ときの流れを違えてから、幾分か経った。

「なぁ、君はいつまで引きずる気だい?」

やるせない気持ちで彼が立ち去った方を見つめる。


人間はいつか死ぬものだ。

みんなに忘れ去られたときが本当の死、なんて言うけれど。

死んでまで君を縛りつける気なんてさらさらないんだよ。

君がこれから進む未来には必要のないものだ。

桜の花がはらはらとこぼれ落ちるようにゆっくりと、綺麗に気持ちを整理して

思い出にしてくれる事を願っていたけれど、そう上手くもいかないか。

忘れる事を恐れて後ろを振り向くなんて、君らしくもない。

…それほど想ってくれていた、ということなんだろうけど。

フッと笑う。



正直なところ、忘れてほしくないという思いは確かにある。

でもそのせいで、君が進めないと言うならば話は別だ。

足枷になりたいわけじゃない。未練になりたいわけじゃない。

ありったけの感謝を君にはすでに伝えたはずだ。


「そろそろ、君は前に進むべきだ。」

明日も君はきっとここへ来るだろう。

悲しみで溢れる春は今年で最後になればいい。


願うならば、あの頃よりも幸せな君の笑顔を見せにきてほしい。


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