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誰も知らないカミングアウト

 俺には秘密がある。

 高校生の頃、女性モノの下着がどうしても欲しくなり、安価な洋服屋での購入を考えた。が、何食わぬ顔でやり過ごそうとしても店員さんが一枚一枚レジを通す時にどうしても「あれ? なんか間違って入ったみたいですね」と購入に至れず、無駄に服ばかり買っていた。この時は両親に「年相応にオシャレに目覚め始めたのか」的な事を言われたが、正直うっとおしい事この上無かった。だが、急な祖母の入院準備で買い物を頼まれ、メモを渡された時に気付いた。メモにはタオルや石鹸にまじって下着類が書いてあった。店員さんには入院するのが祖母だか誰だかわからない。メモを持って堂々としていれば、頼まれ物にしか見えない筈なのだ。そして、無事に女児用下着を数着購入できた俺は、その後トランクスの下に女児用下着をつける様になる。女児用下着は風呂で手洗いし、自室に干す。この頃から自室に鍵をかけるようになった。

 高校卒業後、社会人になった俺は一人暮らしを始めた。自由になる金も増え、気が大きくなった俺は通販で女児用下着を買い始めた。カタログをネットで眺め、サクランボやハートを好んで選ぶ。上下セットの可愛いらしい物を、必ず一番大きなサイズと一番小さなサイズを一つずつ買った。大きなサイズは着用用、小さなサイズは観賞用で飾る為だ。飾る様にマネキンも考えたが、自分が着れない物を人形が来ている事に嫉妬を感じた為に不採用となった。

 そして現在、自室はパステルカラーに溢れている。

 部屋を掃除しに来たい母の為、狭く小さなアパートを二部屋隣同士で借り、一部屋を親や知り合い対策に、もう一部屋を真の自室として使うという徹底ぶりだ。

 そんな我が家に、今、来客が訪れていた。勿論、独身彼女無しサラリーマン有藤省吾の部屋である。間違ってもお隣の小五女児、雪村くるみちゃん(設定)宅ではない。

 同僚の木島和也は屈託のない笑顔でコンビニ袋の中のビールとツマミを見せる。

「うわはは、俺んちと変わんねぇ」

 一人用の小さな折り畳みテーブル、黒いパイプベッド、青いカーテン、五十インチのモニタとデスクトップ、各種ゲームのハードとソフト、ツードアの冷蔵庫はグレーで、まぁ、それだけだ。ユニットバスと申し訳程度のミニキッチンもあるにはあるが、無いよりマシ程度。

 テーブルは一瞬で乾き物に占領され、床にビールを置き、映画でも見るかとアプリを立ち上げた。

 酒を飲みながらああだこうだと話すのは楽しい。飲んで笑って喋って笑って、ふと木島がトイレに立った。俺は、その時まですっかり忘れていたんだ。女児用下着を風呂場で干していたのを。

 小さなピンクの物干しピンチとそれに干されているモノを凝視してポカンとした表情の木島の眼前から、慌ててそれを取り、後ろ手に隠した。

「お前……それ……」

「良いからする事済ませろよ!」

 ユニットバスへ木島を押し込んでドアを閉め、慌てて隣の部屋へ下着を持って行く。

 戻ると、玄関で木島が待ち構えていた。

「お前さぁ……」

「何だよ、お前こんなところで。ほら、続き見ようぜ、続き!」

「おま……」

 何やら言い募ろうとする木島の背を押し、モニタ前の定位置へ戻ろうと促す。

「お前、犯罪には手を染めてないよな?」

「……はんざい……?」

 暫し見つめあい、ああ、と思い立つ。

「犯罪になる事はしていないな」

 つまり、こいつは、盗んだり使用済みを購入したりしていないかと疑っているのだろう。

「本当だろうな? 大体、何であんなもんが……お前一人っ子だよな? まさかとは思うがお袋さんのか?」

「ちょ、やめてくれ、気持ち悪い!」

「じゃあ……」

 誰のだよ……と口の中で呟く木島を見、下手に疑惑を言いふらされるよりは、と覚悟を決めた。ジーンズのベルトに手をかける。

「俺の、だよ」

「有藤?」

「俺が着てるんだ」

 一気に下ろされたジーンズとトランクスに、驚いたように半身を反らす木島。

「は? え?」

 今日のパンツは水色に白のハートと白のリボンだ。

「……え、お前……、そういう趣味なの?」

「そうだ」

 不思議だ、あれ程忌避していた事であるのに、今、とても清々しく爽やかな気分だ。

「そして、まだある」

「え? 何が? 話が? パンツが?」

 着ていたパーカーをおもむろに脱ぐと、パンツと揃いのデザインのスポブラが現れた。

「……あ……ああ、うん、理解した」

「そして、まだある」

「まだ何があるんだよ!」

 俺は、木島の手を取った。

「こっちへ」

「ちょ、その恰好……外はヤバいって!」

 抵抗する木島を強引に隣の部屋へと案内する。

「は? え? 誰の……誰の部屋だよ! 本当に!」

 ピンクと白と薄いパステルカラーに彩られた室内に、思わずだろう木島が声を上げる。

 白の猫足家具はドレッサーにベッドにローテーブルにチェスト。ベッドにはピンクのキャラクターの枕と布団。ピンクの猫のミニ冷蔵庫。キャラクター物のノートパソコン。ピンクの姿見。ハンガーラックは白で、そこにかかっているのは女児服が十数着。

「俺の部屋だ。チェストは開けるなよ。最低限のマナーだ。下着が入ってる」

「開けねえよ!」

 即答か。偉いな。俺なら開けずにいられない。

「ちなみにトイレも可愛くしてある」

「知らねぇよ!」

 ミニキッチンには子供用包丁とピンクのまな板、カトラリー類と食器類はキャラクター物。

「俺は、今、友人の筈の男に今まで騙されていたのかと、とても哀しい思いでいっぱいなのだが?」

「残念だが、騙してなどいない。これも間違いなく俺の一面である、というだけだ」

「あーもー。やーだーよー。もー。俺はこんなのが友達なんてやだよもー」

 ズキリ、と胸が痛む。今更ながら後悔の念が襲ってくる。

「あー、もー。ブラ押さえんなよもー」

「他の人には……黙っていて欲しい」

「言えるわけねぇだろー」

「友達は……やめるのか……?」

「友達の下着が自分と違うから友達やめるって何歳のガキよ?」

 頭を抱える木島の言葉に心底、安堵の溜息が出た。

 結局、木島は俺を否定しなかったし、拒絶もしなかった。そして「服を着ろ」と怒られながら、夜を徹して飲み明かした。

 翌日、くるみちゃん部屋のベッドで目を覚ました俺は、自分が女児下着姿のままである事にまず驚き、昨夜の事を思い出す。そうだ。木島にベッドを譲り、自分はくるみちゃん部屋のベッドで休んだのだった。隣の有藤部屋へ行くと、木島はもう帰った後だったのか、どこにも見当たらなかった。元より狭い部屋である。隠れられる様な場所などない。一応、連絡を入れようとスマホを見、違和感に首を傾げた。木島の名前が無い。着歴にも、電話帳にも、メールにも無い。二日酔いに頭を抱えつつ、職場で話せば良いか。とこの時は思った。

 月曜、誰に聞いても、木島の事を知っている人はいなかった。人事すら、そんな人はこの会社に居ないと言う始末だ。

 そんな馬鹿なという思いと、やはりという思いが入り混じる。昨日、部屋を片付けていた時に感じた違和感。飲んだ缶ビールも、ツマミも、洗い物も、全て一人分しか無かった。有藤部屋のベッドは使われた様子が無かった。誰か他人が使ったと言うあの独特の雰囲気が無かったのだ。

 ふと、母からメールが入った。

『今週末、伺います。ところで、昔のあなたの日記を見つけました。カズヤくんのやつです。持って行きます』

 カズヤ。そうだ。忘れていた。カズヤだ。木島和也。俺の初めての友達で、子供の頃に消えてしまった、俺以外、誰にも見えない友達。

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