第45話【後悔】(後編)
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『……これで邪魔はいなくなった……お前が誰かは知らんが……まぁ大人しく見ているがいい……』
腰が抜けたエルは何も言えなかった……
そして影は再び空へ舞い上がろうとする……
……あ……駄目……!
ふと我に返ったエルは影にしがみつく。
影に全身で触れたエルの体は段々焼けただれていく……
「エルちゃん! ! 」
ルーミは叫ぶも恐怖で足がすくんでただ見ている事しか出来なかった……
影は訳が分からない様子で首を傾げる。
『何故貴様はそこまでする……止められぬと分かっているはずなのに……』
「……シュラスさん……やめて下さい! 」
『……俺が何をしたかは知らんが……俺はお前の知る俺ではない……もう声も聞こえまい……分かったら離せ……余計な面倒を掛けさせるな……』
「……あなたに言っているんじゃない……シュラスさんに言っているんです! 」
するとエルは影の顔を見る。
焼けただれ、 血だらけの顔になりながらも、 その眼は何時になく強気だ……
するとエルは影の頬に手を添える……
「……シュラスさん……そんなに自分を責めないで……」
エルはシュラスの話を思い出し、 語り掛ける……
……分かる……フィーラさんが伝えられなかった言葉……今までのシュラスさんを見てきた私には分かる……あの人は何に苦しんで……何があの人を影にしてしまったのか……
「あなたは……『この世』のどんな人よりも深い愛情を持っている……でも……そのあまり……あなたは守りたいモノを守れない自分を責め過ぎてしまう……でももういいんです……守られなくたっていい……ただあなたが傍にいてくれるだけでその人は幸せなんです……ただ……そこに居てさえくれれば……だから……」
するとエルは涙を溢しながら叫んだ。
「シュラスさん……どうかこれ以上……自分を嫌わないで下さい! ! ! 」
…………
『……』
『……何故……何故拒絶する……俺が今やろうとしている事こそがお前の願望だったはず……力がありながら守りたいモノすら守れない……そんな自身を消し去りたい……だが、 俺とフィーラは過去にも未来にも……また運命にも……たった一つしか存在せず……戻ることもその運命を変える事も出来ない……故にこれが……俺が俺自身を救える唯一の方法なのだぞ……』
暗い闇の中、 シュラスは『影』と向き合う……
『……確かに……俺は守りたいモノを守ることもできなかった……俺はそんな無力な自分が嫌いだった……だが……思い出したんだ……』
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あの時……
「シュラス……」
「何だ……」
「……私達は……守られなくても……全てを解ろうとしなくても……あなたさえいてくれれば……それだけで私は幸せだった……ただ、 あなたが遠くへ行って欲しくなかった……今こうして……あなたが戻ってきてくれた……それだけで十分……私は……もう何もいらない……だから……」
「守れなかったと……自分を嫌いにならないで……シュラス……」
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『そう……あの時……フィーラはそう言ってくれたんだ……』
『……あの子娘……余計な事を……』
『子娘ではない……あいつはどのような恐怖にも絶望にも屈しない、 『この世』に最も愛された人間……』
『エル・メルフィーラだ……』
そう言うとシュラスは『影』の方へ歩み寄る……
『お前の自我は……もはや俺とは違う……自らを嫌い……自分諸とも『全て』を消そうとする俺と……大切なモノに気付いた俺……お前は『過去』に過ぎない……』
『……そうか……もう……俺はお前ではないのだな……なら……』
『俺は俺の意志を果たすまで……』
そう言うと『影』はシュラスの腹を貫く……
しかし……シュラスは動じない……するとシュラスは『影』の胸に触れる……
『……俺の体に宿る力を取り込み……その肉体と共に分散させるつもりか……そんな事をすれば人の世でのお前の存在が完全に消え失せるぞ……』
『俺はフィーラが守ろうとした『この世』を守る……その為なら……何だってする……』
『……またフィーラの為か……だが、 俺は再び帰ってくるぞ……どんなに時間が掛かろうとこの『後悔』は消える事は無い……最早後は滅びのみ……何も変わらん……』
『いや……お前を生み出したのは俺だ……だからこそ分かる……お前は必ず『人』の手によって滅ぼされる』
『『人間』が俺を滅ぼせると……? 』
『侮るな……『人』はこの世で最も『心』に彩られた存在……あの『剣』はフィーラと俺の力の結晶……持つ者の『心』のあり方でその力は増す……それは俺をも滅ぼせる程になる……』
そう言うシュラスは強い眼差しで『影』を見る。
『俺ではお前を消す事は叶わない……だが……悠久の先にお前を絶つ者が必ず現れる……その者が手にするは……俺とフィーラが築いた……』
名も無き『剣』だ……
次の瞬間、 『影』の体は瞬く間に爆散し、 消え去ってしまった……
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「……ッ! エル……」
「! シュラス……さん……? 」
シュラスの体を覆っていた黒いオーラが消え去り、 シュラスは自我を取り戻した。
そしてシュラスは空を見上げると空高く飛び上がり、 両手を広げて空間の亀裂を塞ぎ、 ヴェルゾアを覆っていた黒いオーラを収束させ、 消し去った。
「……はぁ……ひとまず……終わったか……」
するとシュラスは地上に降り立った。
そしてエルの顔に手を添える。
「……ッ……」
シュラスの手が触れるとエルの体に付いた傷が治っていく……
「よかった……シュラスさん……」
「……済まなかった……エル……ありがとう……思い出させてくれて……」
こうして……『この世』の危機はひとまず去った……
それから一週間後……
シュラスは壊した世界を元通りに修復し、 各国の王に謝罪した。
王達はシュラスの事実を知り、 国の復興を条件にそれ以上の罪を問う事はしなかった。
それから今まで止まっていた時が動き出すように、 世界に新たな魔王と勇者が生まれた。
まるでシュラスの戦いが終わるのを待っていたかのようだった。
あれからルーミとフェミルは再び大海原へ戻り、 海賊団と共に世界中を旅している。
そして……エルとシュラスはと言うと……
…………
カルスターラから少し離れた草原の崖にて……
「……シュラスさん……何か話したい事って……? 」
エルはシュラスから話があると聞いて彼と共にその場所へ来ていた。
シュラスは少し黙り込んだままエルに背を向けている。
そしてしばらく景色を眺めた後、 彼は話し出した……
「……俺と出会って……お前は色々学んだな……」
「……はい……」
「そして俺も……お前に学ばされた……」
「え……」
シュラスはゆっくりとエルの方を振り向く。
「人間とは……『心』が在る故に愚かで卑しい生き物だ……だが……それ以上に、 人間は他の『命』の苦痛を何者よりも早く理解できる……それが人間の『心』であり……美しさなんだ……」
エルはただ静かに聞いていた。
「『心』に理解は必要無い……それをお前は……この旅で俺に気付かせてくれた……『心』は理解するモノではなく……感じるモノだと……そして……真に大切にするべきモノが何なのかも……」
シュラスさん……ようやく自分の中にあった『影』を……断ち切れたんだ……
安らかなシュラスの様子にエルは安心する……
するとシュラスは話を変える。
「……俺の中の『影』は消え去った……俺はもう大丈夫だ……」
「そうですか……本当に良かったです……これで……『この世』の危機は無くなったんですね……」
エルがそう言うとシュラスは少し表情を曇らせる……
「エル……今日お前を呼んだのは……他に伝えなくてはならない事があったからだ……」
するとシュラスはおもむろに腕を見せる。
「シュラスさん……! ? ……それって……」
シュラスの腕がボロボロになっていたのだ……
今にも崩れそうなほど大きなヒビが入り、 チリチリと灰のようになっていく……
どうして……まさか……あの時……
「……察しの通りだ……」
「……お別れが……もう近いということなんですね……」
いつかは……覚悟していたけど……
エルはそれほど驚かなかった……シュラスの事実を知った今では、 何ら不思議には思わなかった……
「……済まない……出来る事なら……まだお前と旅をしたかった……」
「……」
二人は何とも言えない気持ちになってしまった……
しかしシュラスは話を続ける……
「そして……まだこの戦いは終わっていない……いずれまた『影』は姿を現す……」
「……え……? 」
それは残酷な宣告だった。
続く……