第44話【起源の悲劇】
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『その時』……『無』さえも存在しなかった『時』……
「……? 」
ある二つの『何か』が現れた……
ここで『全て』が始まった……
そこから……『概念』というモノが生まれた……
最初に生まれたのは『無』……そして『時』だった……
『何か』達は何も感じてはいなかった……しかし、 何故か彼らは……
『無』という『概念』を彩ろうとした……
単なる本能なのか……それとも使命なのか……それは何者も知らない……
ただ彼らにとって……そこに何も無いというのは……耐え難かったのかもしれない……
まず彼らは、 『命』という『概念』を生み出した……
これが……『神』が生まれる切っ掛けとなった……
『神』は次々と増え続け、 やがて自らの『世界』を築いた……
これが『この世』の始まり……
それからは彼らにとっては早かった……『空間』……『自然』……『感情』……と、 次々と『概念』は生まれていく……
そして彼らは『自我』というモノを持つようになり、 呼称で呼び合い、 『この世』に『生きとし生ける者』と同じように在るようになった……
一人は彼らの言葉で『影』を意味する『シュラス』……もう一人は彼らの言葉で『光』を意味する『フィーラ』……そう呼ぶようになった……
間もなくして彼らは『愛』を覚え、 お互いに想うようになっていった……
彼らはとても『幸福』を感じていた……その内、 彼らは手を取り合い、 『この世』の『全て』を統べ、 『絶対』として『この世』の管理をする者となった……
こんな『時間』が永遠に続くと思っていた……
しかし……彼らが『生きとし生ける者』と同じく生きる事を選択した時点で……『永遠』と言うモノは無かった……
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神の世……
二人が暮らす神殿にて……
「フィーラ、 これを見てくれ」
シュラスは意気揚々とフィーラに話し掛ける。
「あら、 今日も何か見つけたの? シュラス」
フィーラの姿はとても美しいものだった……
その長い髪は白く輝く星の如く美しく煌めき、 全てを優しく見つめるその瞳は何処までも続く夜空の如く青く、 そしてどんな宝石よりも美しかった……
その表情はいつも優しく、 話し声は優しく包み込むような温かい声色をしていた……
どんな女神も羨み、 見た者全てがたじろぐ程美しく、 また心も言葉で例えられない程に美しい存在だった……
「遂に……『命』が暮らす『星』が生まれたんだ」
この時、 『この世』では『宇宙』という『概念』が生まれ、 初めて生命が暮らす星が生まれたのだ。
その報告にフィーラは喜ぶ。
「それは素晴らしい事ね……きっと素敵な『命』達が生まれるわ……『心』を育み……それぞれの『物語』を築いていく……『この世』はもっと彩られるわね」
フィーラはこの世の全ての『命』を愛していた……それがどんな形だとしても、 彼女は何一つ嫌な顔をしなかった……
そんなフィーラを見るのがシュラスは好きだった。
誰よりもフィーラを愛し……彼女が愛する『この世』も愛していた……
しかし……彼には一つ、 問題があった……
「……フィーラ……やはり……俺は理解ができない……何故君は『心』を生み出したのか……」
そう……シュラスは『心』というモノの存在意義を理解できなかったのだ……
「『心』は確かに……『命』に『幸福』をもたらしている……しかし同時に……『この世』に仇を成す『邪悪』も生み出している……何故『悪しきモノ』を生み出す『心』を生み出したのか……分からない……」
「シュラス……」
それを聞いたフィーラは少し悲しげな表情を浮かべる。
「君が生み出したモノは何もかも美しい……その中の『心』もきっと……美しいモノなんだろう……しかし……どうしても『心』が存在する意味が理解できない……そう思う度に……俺は君を悲しませているのではないかと……そう思ってしまう……」
『心』という『概念』が生まれてからというものの……シュラスは毎日のようにそんな事を言っては暗い表情をしてしまう……
するとフィーラはシュラスの顔に手を添える。
「そんな事は無いわ……この世の『生きとし生ける者』は必ず理解できないという思いを持っている……それは『神』も例外じゃない……私達が『生きとし生ける者』としてこの世に在ると選択した以上……理解が及ばないモノもあるわ……どうかそう思い詰めないで……」
「だが……『心』は君が初めて愛した『概念』だ……それを解ってやれないのが……俺は嫌なんだ……」
「シュラス……きっと大丈夫……あなたにも『心』とは何か……解る時が必ず来るわ……」
そう言いながらフィーラはシュラスに寄り添う……
「そうだといいんだが……」
この時からだった……彼の中で……『影』が少しずつ蝕み続けていたのは……
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それから幾多の時が経ち……
シュラスに転機が訪れた……
「……俺は……何も守れないのか……」
シュラスとフィーラの間に生まれた娘が死んだのだ……
二人は娘をこよなく愛していた……シュラスがフィーラと共に愛を注いで生み出した新たな命……それを亡くし、 自身の無力さに打ちのめされていた……
シュラスは以前よりも明るい表情を浮かべる事が無くなり……遂にはフィーラの前でも明るい表情を一つも見せなくなってしまっていた……
……俺は……何のために……この力を持っている……大切な娘を苦しみから救ってやれず……それを見て悲しむフィーラに……何もしてやれなかった……俺は一体……何のために存在している……
シュラスは大切なモノに何もしてやれない自分を責めていた……そしてやがてシュラスの中では大きな『影』が生まれていた……
その『影』は……シュラスの正常な思考を支配していった……
……俺がいるから……こんな悲劇が起きるんだ……
そもそも『この世』なんて生み出さなければ……そうだ……フィーラさえ守れればいい……『全て』が無くたって……フィーラさえいてくれれば……そして……彼女が悲しむ原因も……こんな俺も消えてしまえば……
シュラスの中にある『影』がシュラスをどんどん狂った思考へと変えていく……
そして……
「……全て……消えてしまえば……! 」
その一言と共に、 シュラスから黒い影のようなオーラが勢いよく溢れ出し、 神の世を呑み込み始めた。
突然の事態に神の世の神々は慌てふためく……
神々をも超える存在が暴れ出したのだ……
「何が起きたの! ? 」
事態にいち早く行動したのはフィーラだった……そして彼女が向かった先はシュラスのいる場所だ。
「シュラス……まさか……」
フィーラはこの事態を予想していた……いずれシュラスは自身の『影』に吞み込まれ……『全て』を消そうとしてくるのを……
そうしてフィーラが辿り付いたその場所には……
「あぁ……シュラス……」
『……』
黒いオーラに呑み込まれ……影のような姿に変貌したシュラスがいた……
シュラスはその場に佇んでおり、 何も考えていない様子だった……
そんなシュラスを見てフィーラは涙を溢す……
「……私のせい……シュラス……あなたはこの世で最も『愛』に満ちた存在……私達を……『家族』を……『全て』を……『愛した』が為に……」
フィーラは自分を責めた。
しかしそれと同時にある意志が芽生える。
「止めないと……私が責任を取らないと……シュラス……本当に……ごめんなさい……」
あなたの苦しみに……もっと……寄り添う事が出来たなら……
するとフィーラは目にも留まらぬ速さでシュラスに向かっていき、 剣を創り出し攻撃した。
しかし……剣は黒いオーラに阻まれ、 刃が通らない……するとシュラスはフィーラの方を向く。
次の瞬間、 黒いオーラが一気に爆散し、 辺りに飛び散った。
黒いオーラが触れた場所は酸にでも触れたかのように消滅し、 それは神殿を破壊した。
フィーラは爆風で吹き飛ばされるも、 黒いオーラの影響は一切受けなかった。
「……本気でやらないと……いけないのね……」
そう呟くとフィーラは再び猛スピードで駆け回り、 シュラスを止めようと攻撃を続けた。
それに反応するようにシュラスも猛スピードで動き始め、 戦い始めた。
二人の戦いは神の世だけに留まらず……『この世』の『全て』に影響を与えた……
ある一つの『概念』が消えては……消えた『概念』が蘇る……
『空間』は大きく崩れ……『この世』のありとあらゆる場所に大きな亀裂を創った……
『時間』は大きく歪み……『過去』なのか『未来』なのか……それともまた別の『世界』の『時間』なのか……『この世』のありとあらゆる『時間』が交差し、 切り離され、 繋ぎ合わされるを繰り返した……
戦いは熾烈を極め、 遂に決着が来た……
「っ……」
フィーラは敗北してしまったのだ……
シュラスの力でボロボロになってしまったフィーラはその場に跪き、 今にも倒れそうになっていた……
「シュラス……目を覚まして……! 」
瀕死になりながらもフィーラは必死にシュラスに呼びかける……
「全て……終わらせる……」
禍々しい漆黒の炎が辺り一面で燃え盛る光景が広がっていた……
その『影』は既にシュラスに近い力を宿していた……
「このままじゃ……神の世どころか……『全て』が……! 」
「この世も……概念も……全て終わらせる! ! 」
そう言ってシュラスは別次元へと飛び立とうとした時だった……
「駄目ッ! ! ! ! 」
フィーラは最後の力を振り絞り、 シュラスを止めようと背後から抱き締めた。
するとシュラスはフィーラの方へ振り向き……
フィーラの胸を腕で突き刺した……
フィーラの胸から一瞬にして漆黒の炎が広がり、 その傷口はもはやフィーラの力でさえも治癒が不可能な状態となってしまった……
しかし……
「……ッ! フィーラ! ! ! 」
無意識に自分のしたことに気付いたシュラスは感情が高ぶり、 内に『影』を封じ込めることに成功したのだ。
シュラスは倒れたフィーラを抱き抱えた。
「フィーラ……そんな……フィーラ……! 」
「う……シュラ……ス……良か……た……」
シュラスは必死に傷口を治そうとしたがもはや手遅れだった……
その時のシュラスからはもう黒いオーラは消えていた……
「何てことだ……フィーラ……また……俺のせいで……こんな……」
「泣かない……で……シュラス……あなたが……戻ってきてくれただけで……十分……」
シュラスは嘆き悲しんだ、 目の前の愛する者を救えない己の弱さ……そしてこの事態を招いてしまった己の未熟さに……
「シュラス……」
「……何だ……? 」
フィーラは弱々しくシュラスの顔に手を添える……
そして彼女はいつもの優しい表情で言った……
「~~~~~~~…………」
感情がめちゃくちゃになっていたシュラスはこの時、 フィーラの言っていた言葉が聞こえていなかった……
するとフィーラはおもむろに身に着けていた首飾りを手に取る……それは白い宝石をはめ込まれており、 まるでフィーラの美しさを象徴しているかのようだ……
そしてフィーラはシュラスにその首飾りを渡し……
「愛して……る……」
その言葉を最後にフィーラは光となって消えてしまった。
その時シュラスは声にならない程に嘆き続けた……
それと同時にシュラスは誓った。
もう……二度とこんな事にはさせない……
そう誓った彼は、 側に落ちていたフィーラが創った剣を手に取る。
すると全体が白かった剣は黒く変色し、 刃は紅く染まった。
これが『名無しの剣』の始まりだった……フィーラの力と……シュラスの力を宿しながらもその存在を許される……『この世』で唯一無二の究極の武器……彼の『後悔』の象徴……
シュラスはその剣に『希望』を託した……
いずれまた『影』が現れた時……フィーラが残し、 シュラスが誓いを立てた剣を持つ者が……その『影』を打ち払ってくれると……
そして同時にシュラスは……フィーラが愛した『心』とは何か……それを理解するため……旅に出た……
同時に……その剣で『影』を打ち払ってくれる者を探し求めて……
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「……これが俺の過去であり……俺が最後に覚えている……最も愛する者との記憶だ……あの時彼女が何と言っていたのか……未だに思い出せない……」
「……」
話を聞いたエルは涙を溢していた。
シュラスさんは……ただフィーラさんの事を愛していただけなのに……
「……重過ぎる愛は時として悲劇を生む……お前も、 過度な愛情を持たぬようにしろ……俺はそれを痛い程思い知らされた……」
「そんな事言わないで下さい! シュラスさんがそれだけ愛せるというのは本当に素敵な事だと思います! 」
そう言うエルにシュラスは……
「……そうか……」
ただそれしか言わなかった……
……この世界の危機は去った……でも……まだ終わってないんだ……シュラスさんの戦いは……
シュラスの重く暗い表情を見たエルはそんな事を思った……
「……でも……どうしてそんな事があったのに……この世界の神話やおとぎ話にもシュラスさんやフィーラさんの話が伝わらないのでしょうか……」
ふとそんな疑問を口にしたエル。
それに対してシュラスは答える。
「この世界だけではない……『この世』に存在するあらゆる世界線にも俺達は神話や創作物としても伝わる事は無い……理由は単純だ、 俺とフィーラがそうなるようにしたからだ……」
「それは……どうして……」
「『彼ら』にとっての『頂点』は一つではない……その方が面白いだろう……と……フィーラが言ったからだ……」
そう言った時のシュラスは寂しげでありながらも、 少し穏やかな表情をしていた。
シュラスさん……本当にフィーラさんの事を今でも愛しているんだ……
彼の表情を見たエルはそう感じた。
「……さぁ、 そろそろ戻ろう……飲み直しだ……」
しばらくの沈黙の後、 シュラスはそう言うとエルの手を引き酒場へ戻った……
『……ピシッ……! 』
人々が酒場で賑わう中、 シュラスの首に掛けている首飾りに大きなヒビが入った……
続く……