第43話【怪物が食べたくないモノ】
遂に魔神アルガノーグを討伐したエル……
彼女は長い夢を見た後、 目を覚ました。
「……」
ここは……宿屋の部屋……?
ベッドの上で目を覚ましたエルは起き上がり、 宿のホールへ向かった。
そこには……
「おっ、 我らが英雄のお目覚めだ! 」
「エルちゃん、 大丈夫? 」
「よぉ小娘、 随分派手な戦いだったなぁ」
「……」
皆が集まっていた。
一同はエルを見るなり集まり、 エルを祝福した。
「皆……良かった……無事で……」
「あたぼうよ! あのくらいの襲撃でくたばるタマじゃねぇよ! 」
「我ら騎士団は人々を守るのが務め、 このくらいどうという事は無い! ! ハハハハッ! 」
……良かった……皆……
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それから街ではエルの勝利を祝って宴が行われ、 どこの酒場も大賑わいしていた。
「……っかぁぁぁ! ! やっぱり一仕事の後はキンキンに冷えた飲み物に限るなぁ! ! 」
フェミルは大きなジョッキ一杯のブドウジュースを飲み干す。
「ブドウ酒に似せたジュースだけどね~……」
そこにウェヴィーラが突っ込む。
宴には世界中のギルドマスターたちが集まっていた。
皆エルのお祝いの為に集まっていたのだ。
「ほらほらジャンジャン食べな! 」
「よもやあの新人冒険者がここまでになるとはな……世の中何が起きるか分かったものではないな……」
大きなテーブルを囲みながらみんなで賑わう中……
「……」
「……」
シュラスとジーラは黙って食事をしていた。
それを見たフェミルは
「おいおいシュラスの旦那にジーラ兄さん、 そんなだんまりしてどうしちまったんだよぉ! 」
「折角の宴だ、 二人とも明るくしようじゃないか……」
「そうだ! シュラスさん達の過去のお話とか聞きたいです! 」
ルーミがそう言うと一同は二人に興味津々になった。
勿論エルも
確かに……ずっと気になっていた……二人は一体何者なのか……
詰め寄られたシュラスとジーラ……
するとジーラは諦めたように
「……分かった……この際だ、 知り合っちまった以上……話さずに消えるのも後味悪いってモンだからな……」
「お前がいいのなら止めはせん……勝手に話せ……」
そしてジーラは語り出す。
自身は何者で……一体過去に何があったのかを……
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それは……途方も無い程の過去の時……
「この子たちが……私達の子なのね……」
そこは神々が暮らす神の世……
そのとある場所で、 二人の神が二人の子を産んだ……
親であるその神々は決して高い位に属する神ではなかった……
故に生まれる子も不安定なものであり、 先に生まれた兄は普通の神々よりも成長が早く……
もう一人、 後に生まれた妹は異常な程に強力な力を持っていた……
そんな神の子を育てているからか、 その家族は他の神々から白い目で見られていた……
しかし、 それでもその家族は幸せだった……
妹は力こそは強くとも、 心は純粋で優しい子だった……
兄は家族思いで、 特に妹には甘く、 力は無かったが、 妹と同じく優しい子だった……
「お兄ちゃーん! 」
一人の少女が畑仕事をしている青年に駆け寄る。
その少女の名はフュース……兄の事が誰よりも好きな女神である。
そしてその兄の名は
ジーラ……
「よぉ、 どうしたフュース? 」
「パパとママがご飯だって! 」
その家族はほぼ人間と変わらない生活をしていた。
人間と同じように畑を耕し、 家畜を育て、 物を食す……
位の低い神々だからこその特徴であった……
そして一番の特徴はその神々の子供は非常に不安定な肉体を持つという事……
ジーラもフュースもその親も……同じく普通とはどこか違っていたのだ……
「ただいま! 父さん、 母さん! 」
「お帰り、 ジーラ」
「畑の調子はどうだ? 」
「あぁ、 今年も順調だよ」
家に変えればそんな何気ない家族の会話をする……
そんな日常を彼らは愛していた……
あの日が来るまでは……
元々、 ジーラ一家のような位の低い神々は普通の神々からは差別的扱いを受けており、 位の低い神々は神人の世界、 つまり神の世と現世の境目に住まわされていたのだ……
そのような制度を立てたのは中位の神々……人間で言う貴族の位に立つ神であった……勿論、 その中には誠実で慈悲深い神々もいたが……大半は差別的扱いをし、 道具の様に扱う者が多かった……ジーラ一家は畑で採れた作物を神々に捧げ、 時として奴隷のようにその神の奉仕を強いられる事もあった……
神々を統べる神の王達はその制度を無くそうと努力をしている者もいたが、 当時はまだその手が及ばない所が多かった……
そんな時代の中、 平穏な日常を送っていたジーラ達に悲劇が起こる……
「……ん……? 」
寝ているところ、 ジーラは父と母の声で起きた。
何やら口論しているような声で誰かと話している。
……何だ……父さんも母さんも大声で何か言っている……
ジーラは父と母の様子を見に行く、 するとそこにいたのは……
「む……いたぞ! 我々の面汚しだ! 」
自分らよりも豪華な服装をした神々……それも一人ではない……複数人の者がジーラの家の玄関に集まっていた。
「え……一体何が……」
困惑するジーラにその神々は家に押し入り、 彼を連れ去ろうとする。
しかし……
「ジーラ! ! 」
ジーラの父が彼の周囲に炎の壁を作ったのだ。
邪魔をされた神々は激怒。
「貴様! 我らに歯向かうか! ! 」
すると父と母はその神々に無理やりどこかへ連れていかれる。
「父さん! 母さん! 」
「逃げろジーラ! フュースを連れて逃げろ! 」
「生きて! 二人とも! 」
ジーラには何が起こっているのか分からなかった……
一体どうして……何が起きている……
ジーラが困惑していると……
「……お兄ちゃん……? 」
物音に目が覚めたフュースがジーラの元にやって来た。
「! フュース、 逃げるぞ! 」
「え……ちょ……お兄ちゃん? 」
ジーラはふと我に返り、 フュースの手を取り家の裏口から逃げた。
「クソ! 待て! ! 」
「早くこの忌まわしい火を消すんだ! 」
背後からは先程の神々の声が聞こえる。
逃げないと……とにかく安全な場所に……でもどうしてこんな……!
実はこの時、 中位の神々達は王族の神々たちによってある取締りを受けていた。
それは位の低い神々への差別的行為……
神の王達は満を持して行動を始め、 位の低い神々を救うべく中位の神々を取締り、 裁いていた。
その裁きの内容は『神の世』からの永久追放……すなわち二度と神へと生まれ変わる事は出来なくなるのだ。
位の低い神々への対応に問題が見つかればすぐに処されるということであり、 それを恐れた一部の神々はすぐさま証拠を消そうと図った。
その方法は至って単純……処刑し、 彼らがいたという痕跡を無くすというものだった……
時間が無いと悟った彼らはそのような手段に及んだのだろう……
そしてジーラ一家はその神々の証拠隠滅のために殺されようとしていたのだ……
「はぁ……はぁ……」
「お兄ちゃん……パパとママは……? 」
深い森の中、 身体が普通の神々よりも弱いジーラは疲れ果てて立ち止まってしまう。
そんな今までに無いジーラの様子にフュースは不安がる……
「……大丈夫、 父さんと母さんは戻ってくる……」
そんな事は無いと分かっていたジーラ……しかし妹の為にそう言うしか無かった……
すると……
「ここにいたか……羽虫のように逃げ回りよって……」
武装をした神の軍隊が上空から降りてきた。
そんな! 場所がバレてたのか! ?
相手は腐っても神……既に逃げ場が無かったのだ……
「さぁ、 諦めて我らと共に来るのだ……」
そう言うと武装した神々は二人を取り押さえようとする。
「いや……嫌だ……来ないで! 」
泣きながら抵抗するフュース……
「パパとママはどこなの! ? 」
「残念ながら貴様らの両親はすぐにでも処刑される……分かったら諦めて来い」
無情な声で言う神の言葉にフュースは突然動きを止める。
「……してよ……」
「……? 」
フュースの様子がおかしい……
……まずい……!
その状況にジーラは察する。
次の瞬間……
「今すぐパパとママを……返してよ! ! ! ! 」
フュースの怒鳴り声と共に辺りに衝撃波が発生する。
その衝撃波は森の木々を一斉に吹き飛ばし、 周囲の地面を数十メートルの深さまで抉った。
そして爆風に吹き飛ばされた神々は一瞬にして蒸発してしまった……
これがフュースの力……万物を破壊し、 神をも消滅させる強大な力……幼かった彼女は感情が揺さぶられた事で力が暴走してしまったのだ。
それを知っていたジーラは咄嗟に防御をしたため少し遠くへ吹き飛ばされるだけで済んだ。
しかし防御したとは言え、 身体が弱い彼は右腕の皮が剥がれ、 右目を失う重傷を負ってしまった……
「ッ……フュース……」
爆心地で宙に浮いたまま項垂れるフュース……その顔からは涙が零れていた……
もう……俺は動けない……時期に別の奴らが来る……フュース……だけでも……
瀕死になっていた彼だったが力を振り絞り声を出す。
「フュース! 」
その声に気付いたフュースはジーラの方を見る。
ジーラの体を見たフュースは涙を流しながら側へ寄ろうとする。
しかしジーラは……
「来るな! ! 」
「お兄……ちゃん……? 」
「……お前のせいで他の奴らに気付かれちまった……俺はもう動けない……全部お前のせいだ! ! さっさと消えろ疫病神! 」
非情な言葉で必死にその場から離れさせようとするジーラ、 その様子を見たフュースは躊躇いながらもその場から離れて行った。
そしてその後まもなくしてジーラは他の軍隊に捕らえられた。
・
・
・
処刑所……
そこには火で焼かれた神々の死体が転がっている……
もう自分の両親は誰なのかも分からない程……
……ここが……神の世だなんて……
地獄のような光景を見たジーラは神々の行為に絶望する……
それと同時にふつふつと怒りが湧く……
「恨むならその体に生まれた自身を恨め……我々はお前達の為に散々世話をしてやった……その精算の時がやって来たのだ……」
そう言われジーラは遂に処刑台である十字架状に組まれた木の柱に括り付けられる……手は外れぬようにか、 無数の返しが付いた杭を打ち込まれ……足には滑り止め用なのか、 無数の棘を持った鎖を巻きつけられた。
その激痛は想像を絶するものだった……しかしそれ以上に……ジーラの中である感情が渦巻いていた……
……俺達が何をした……俺達がお前達に何をした……
何もしていない……俺達はお前達から何も奪っていないのに……
何故……
何故……
俺達から全てを奪う……
もういい……
お前達がそんな不条理を振りかざすのなら……
俺は……
『憎悪』という不条理で……
「……お前らの全てを……奪ってやる……! ! ! 」
そう叫ぶジーラが括り付けられている十字架に炎が放たれようとした次の瞬間……
『うぉぉぉぉぉア‶ァ‶ァ‶ァ‶ァ‶ァ‶ァ‶ァ‶! ! ! ! ! ! 』
人の声と怪物の声が混じった叫び声と共に辺りに衝撃波が発生した。
それに気づいた神々は武器を手に取る。
するとジーラは撃ち付けられていた杭から手を無理やり剥がすように外し、 足に無数の棘が刺さりながらも力ずくで鎖を破壊し、 処刑台から降りた。
ジーラの手には大穴が空き、 足首は今にも取れそうなほどボロボロになっていた……
しかし……
「な……何が起きている……」
「傷が……消えていく……」
ジーラの傷が瞬く間に塞がったのだ。
本来、 神々が作ったとされる道具と言うのは万物に影響力を与える物であり、 それが武器であれば例え神であろうと殺すこともできるのだ。
そしてその道具で傷つけられたなら、 その傷は一生消える事は無いのだ。
そんな道具で手に穴を空けられ、 足首をズタズタにされたというのに、 ジーラはその傷を一瞬にして治癒させてしまったのだ。
しかし何故か、 フュースによって付いた傷は癒える事は無く、 腕の部分は黒く変色し、 まるで怪物のような腕となり、 右目からは漆黒の炎がふつふつと噴き出していた。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
ジーラの表情は狂気に満ちていた……もはや心優しい青年のような彼の面影はどこにもなく、 黒かった髪は白く変色し逆立ち、 唯一残った左目は白目が黒く変色し、 瞳は青から赤へと変わっていた……
彼は処刑しようとしていた神々の方を見るや否や憎悪の混じった狂気の笑顔を浮かべながら右手で自身の顔の左半分を引っ掻く……
その自傷行為は神々への怒りを象徴するかのように凄まじく、 顔の肉だけでなく眼球まで引っ掻いていた。
……奪われる恐怖も知らねぇ奴らが……奪おうとするな……
……本当の無力を知らねぇ奴が……強者面してんじゃねぇ……
……弱者を否定する屑共が……のうのうと存在してんじゃねぇ! ! ! !
ジーラの心は憎悪に満ちていた。
「奴を殺せ! 」
尋常じゃない様子のジーラを見た神々は一斉に攻撃を仕掛けてきた。
しかし次の瞬間……
『ガァ‶ァ‶ァ‶ァ‶ァ‶ァ‶ァ‶! ! ! ! ! ! 』
神々の目にも留まらぬ速さでジーラはその場にいた神々を蹂躙した。
それはまるで狂気に満ちた怪物……憎悪にその身を任せ、 ひたすら相手を潰す暴虐そのもの……
目から血の涙を大量に流し、 形の揃っていない鋭い歯を血で汚していく……
ジーラは『何か』に選ばれ、 『力』を手に入れたのだ……
しかし彼はこの時、 『心』を失いかけていた……
彼は神々の血肉を食い荒らし、 悪魔や邪神をも超える汚れた何かへと変わっていった……
悪を消すのは善ではない……
真に悪を消すのは更なる悪……
俺はなってやる……この世の全ての『悪』を超え……『全て』を破壊する怪物に……
奪われる前に……俺が全て喰い尽くしてやる……
・
・
・
ジーラが暴れ出して間もなく……
死体が転がっていた処刑場はもはや何も残されておらず、 ジーラが括り付けられていた十字架だけが火の海の真ん中でぽつんと佇んでいるだけだった……
『ふぅぅぅぅぅ……』
殺す相手がいなくなったジーラは十字架の前で佇む。
自身を濡らす血はもはや自分の物か殺した者の物かも分からない……
その姿はもう神ではない……漆黒の炎に包まれた狂気の怪物だ……
……壊してやる……何もかも……俺から全てを奪おうとした……『この世』も……!
彼の中の『憎悪』は膨れ上がる一方だった……
そこへ……
「お兄ちゃん……? 」
『……? 』
ジーラの前にフュースが現れた。
……あれは……そうか……フュースだ……
ジーラは妹のフュースの事も忘れかけていた……
『フュー……ス……』
「お兄ちゃん……生きてたんだね……」
すると安心した様子でフュースはジーラの元へ駆け寄る。
しかしジーラは……
『グァァァァァ! ! ! ! ! ! 』
あろうことか、 妹にまで襲い掛かってきたのだ。
それに対しフュースは咄嗟に攻撃を避ける。
「お兄ちゃん? どうしたの……? 私だよ? フュースだよ? 」
『グッ……ア‶ァ‶……フュー……ス……フュー……ス……フュースゥゥゥ! ! ! 』
ジーラには聞こえていなかった……
そしてジーラは立て続けにフュースを攻撃する。
フュースは兄を傷つけまいと必死に攻撃を受け流す。
しかしそれも長くは持たない……
『ガルルルル……! ! 』
「お兄ちゃん! 目を覚まして! 」
必死に呼びかけるフュース……しかし獣のように唸るだけのジーラ……
すると……
『ガァァァァァァァ! ! ! 』
ジーラは突然両手を振りかざし、 力強く地面を叩きつけた。
次の瞬間
『ッ! ! ! ! 』
凄まじい爆風がに広がり、 周囲の物を全て消し飛ばした。
その衝撃は空間にも影響を与え、 辺りには空間の亀裂が出来ていた。
神の世に住む神々もその衝撃波に気付き、 大騒ぎになった。
『ふしゅぅぅぅぅぅ……』
口から蒸気を吐き出すジーラ……
爆心地のすぐそばにいたフュースは死んだかと思われた……
しかし……
「……お兄ちゃん……どうしちゃったの……? 」
何と、 フュースは無傷でその場に佇んでいたのだ。
それに狼狽えたジーラは一歩退く。
「……お兄ちゃん……」
そう呟くとフュースはジーラの目の前に瞬間移動し
「しっかりしてよッ! ! ! 」
ジーラの顔面にビンタを入れた。
フュースの表情は怒っていた……目からは涙も零れている……感情が揺さぶられているはずだった……
しかしそのビンタは……とても弱々しかった……
『……? 』
ジーラは困惑した……
痛くない……はずなのに……どうして……こんなに……痛い……
するとジーラは思い出した……幸せだった家族の日々を……
その瞬間、 ジーラは我に返った。
「……フュー……ス……? 」
「え……お兄ちゃん……? 」
「俺は……一体……何が……」
普通の人間の声に戻ったジーラを見たフュースはそのまま抱き付いた。
「よかった……戻ってくれた……お兄ちゃん……! 」
「……あぁ……そうだ……俺は……! 」
自分のした事を思い出したジーラは泣きながらフュースを抱き締める。
しかし安心したのもつかの間……ジーラは自身の中で何かが暴れようとする感覚に襲われる。
「うっ……ぐっ……! 」
「お兄ちゃん! ? 大丈夫! ? 」
ジーラは既に『心』が失いかけている……自我は戻ったものの……またすぐに暴れ出してしまう状態だった……
そんな状態の彼を見たフュースは何かを決心する……
そしてフュースはジーラの顔に両手を添えると……
「……お兄ちゃん……私を食べて……」
そう言ったのだ……
神を食べる……すなわちそれはその神の『全て』を貰い受けるという事……
今にも暴れ出しそうなジーラを見たフュースは望んでもいない力を持ってしまった自分と重ね、 彼には何かが足りていないと本能的に悟ったのだ。
今のジーラに必要なのは……
『不壊の心』だった……
フュースの言葉を聞いたジーラは拒絶する。
「そんな……駄目だ……やっと救えたと思ったのに……! 」
「今のお兄ちゃんに必要なのは……きっと私の全部なんだよ……じゃないと……きっとお兄ちゃんは『全て』を壊しちゃう……」
「だからって……いやだ……妹を喰うなんて……そんな事……」
するとフュースはジーラを包み込むように抱き締める。
「大丈夫……私はお兄ちゃんと一つになるだけ……目の前からいなくなっても……私はずっとお兄ちゃんの中にいるから……」
優しい声でそう囁くフュースの表情はとても安らかだった。
……そんな……俺は……ただ……家族を……守りたかっただけのはずなのに……こんな事って……
妹との日々が走馬灯のように蘇る……
いつもそばにいて……時には遊んで……時には笑い合い……時には喧嘩もした……
……とても幸せだった……ジーラにとって彼女とは……宝物以上に大切なモノだった……
力なんて要らなかった……ただそこに……家族がいるだけで……
あぁ……フュース……こんなにも温かったんだな……
フュースの温もりを感じながらジーラはボロボロと涙を流す。
「それにお兄ちゃん、 さっき私を逃がす為にわざと酷い事を言ったんだよね? ……嬉しかった……やっぱりお兄ちゃんは私の優しいお兄ちゃんなんだ……って……」
「フュース……」
「これでお相子だよ」
そう言うフュースの表情は満面の笑みだった……しかしそれと同時に涙も溢していた……
あぁ……もう……避けられないんだな……
そして避けられない運命と悟ったジーラは……
「……ありがとう……フュース……」
そう言ってジーラはフュースを喰った……
欠片一つ残さず……丁寧に……
味なんて分からなかった……ただ……涙の味しかしなかったから……
そしてジーラは自身の力と、 フュースの力を手に入れ……『心』を取り戻した……
後に彼は自ら神の世を去り、 悪を象徴する存在としてこの世を旅して回る管理者となった……
神の世の王たちはジーラを咎める事はしなかった……彼らは後にジーラの事を『救えなかった悲劇の神』として、 神の世でのみ語り継ぐことにした……
家族を守る為なら『悪』にでもなんにでもなってやる……一人の神がそう誓った……そして全てを壊した時、 彼の前に残ったのは……
『最悪』という呪いだけだった……と……
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「……それ以来……俺は神の上に立つ存在になった……だが俺は何もかも壊してでも家族を救おうとした結果……唯一残された妹の全ても壊しちまったんだ……哀れなモンだろ……」
話の全貌を聞いたエル達は沈黙する。
中には涙を溢している者もいた。
ジーラさん……
「別に可哀想だとか思わなくたっていい……全部俺の不甲斐なさが招いた事だ……何を後悔したって……もう家族は戻って来やしねぇんだ……」
「そんな事無いですよ! きっと……妹さんはずっとそばにいるはずですから……」
思わず口に出してしまったエル。
それに対してジーラはフッと笑い。
「……そうだな……だといいな……」
そう言うと席を外し、 酒場の外へ出て行ってしまった。
『……』
まずい事を聞いてしまったと思った一同はすっかり黙り込んでしまう……
「……気にする事は無い……奴は過去を思い出すとああなるんだ……話したのは奴の意志であってお前達に罪は無い」
「……そうか……」
「さっ、 飲もう飲もう! 」
シュラスの言葉に気を取り直した一同は再び酒を飲み始めた。
そんな彼らを見たシュラスは微笑みながらもどこか寂しげな表情をしていた。
そしてしばらくすると彼は外の空気を吸いたいと言って席を外してしまった。
……シュラスさん……大丈夫かな……
エルはそんな彼の様子を見て心配し、 シュラスを追って外へ出て行くことにした……
…………
酒場の出入り口付近にて……
エルは夜空を眺めるシュラスを見つけ、 側に寄った。
というのも、 二人は何も話すことなく時間だけが過ぎて行った。
すると……
「……エル……お前にだけ、 俺の過去を話しておきたい……」
シュラスは突然そう言い出したのだ。
「……どうしてです……? 」
「……何となく……お前には知っていて欲しい……そう感じただけだ……」
「……そう……ですか……」
エルはそれだけしか言わなかった。
そしてシュラスは話し始めた……自身の過去に何があったのか……自分はどこから来たのかを……
・
・
・
続く……