第41話【現る絶望、 立ち上がる英雄】
前回、 ティルディールを瀕死まで追い込んだエルとシュラス、 しかし悔しくも一足遅く、 アルガノークが目覚めてしまう……
『これが新しき器か……あの頃よりも脆弱な体であるがまぁいい……再び『絶望』を生み出せばよいだけだ……』
「あぁ……そんな……」
「……やはり駄目か……」
珍しく焦りを見せたシュラスはローブの中から短剣を取り出し、 アルガノークに投げた。
しかしアルガノークは目にも留まらぬ速さで動き、 短剣をいとも簡単に受け止めてしまった。
『ふむ……速さは悪くないか……だがまだ足りぬ……外へ出なくてはな……』
そう言った瞬間、 アルガノークの手から短剣が消えた。
その短剣は気付くとエルの目の前に来ており、 シュラスがそれを当たる寸前で止めていた。
両者ともに譲らない速さ、 エルは何もできずにいた。
「まずい……! 」
シュラスはそう言うと剣を抜き、 アルガノークに突っ込んでいった。
それに反応したアルガノークは手元に血管のような模様をした漆黒の剣を出現させ、 シュラスの剣を受け止めた。
『……その眼……その髪……そしてその剣……あの忌まわしき勇者、 ロウディアと共にいた英雄……シュラスだな? ……覚えているぞ……』
「悪いがなるべく面倒は避けたい……お前を完全復活させる訳にはいかない……! 」
「シュラスさん……」
「お前は下がってろ、 エル! ! 」
シュラスさん……どうしてそんなに……
すると次の瞬間、 アルガノークはシュラスの前から姿を消し、 エルの目の前まで突進し、 剣で突きを放とうとしてきた。
あまりにもの速さに反応できなかったエル、 しかし……
『ガアァァァァンッ! ! ! ! 』
シュラスがアルガノークのすぐ横まで現れ、 手のひらだけでアルガノークの剣を受け止めたのだ。
その音はまるで金属、 凄まじい力のぶつかり合いで辺りに衝撃波が発生した。
え……魔神の剣を……素手で! ?
シュラスの強さに驚いたエル。
次の瞬間、 シュラスはエルに触れる。
するとエルの体は神殿の外の方まで吹き飛ばされた。
「シュラスさぁぁぁん! ! ! 」
身体の自由が利かないエルはシュラスの姿が遠くなるのをただ見届ける事しか出来なかった。
…………
神殿の外……
エルは外へ放り出され、 砂の上に着地した。
「ッ……シュラスさん……シュラスさ……! 」
エルが再び神殿へ戻ろうとした矢先、 神殿の一部が大爆発した。
そこからシュラスが吹き飛ばされてきた。
「シュラスさん! 」
「……やはり止められないか……」
そう言うシュラスの目線の先にいたのは宙に浮かぶアルガノークだった。
『うぅむ……やはりシュラス、 貴様だけは何をしても殺せぬようだな……だが分かっているぞ、 貴様も我を殺せぬとな……』
「……」
え……シュラスさんも……アルガノークを殺せない? どういう事……?
アルガノークの言っている意味が分からないエル。
シュラスは表情を曇らせ、 剣を収める。
「その通りだ……お前を倒すべきは俺ではない……それがこの世界の意志だ……」
『どうやら貴様はその小娘を守っていたようだが……まさかその者が我を倒す者だと? 』
そう聞くアルガノークにシュラスは何も答えない。
シュラスさん……何か知ってる……
シュラスの不審な様子を見たエルは何かを察する。
するとアルガノークはエルに向かって宣告した。
『そこの小娘……今はシュラスがいるが故、 手は出さないようにしてやる……だがいつまでも隠れられると思うな……一週間猶予を与えてやろう、 それまでに我の前に現れ、 その魂を差し出せ……でなければこの世界の全てを破壊し、 我が一族のみが暮らす魔界へと創り直す……もし差し出せば……全人類を奴隷として飼い、 その命だけは助けてやろうか……』
「……」
アルガノークが放つ邪気にエルは体が硬直する。
恐い……これが魔神……伝説通り……いや……伝説以上……
『場所はそうだな……ほう、 お前はカルスターラという街が好きなのか……』
心を読まれてる……
『ではそのカルスターラで待つとしよう……賢明な判断を期待するぞ……』
そう言うとアルガノークは姿を消した。
あまりにもの恐怖にエルはその場でへたり込んでしまった。
やっぱり……私の力を狙ってるの……? どうして……こんな……
恐怖で震えるエルにシュラスは彼女の体を揺する。
「しっかりしろ……エル……」
「シュラス……さん……私……」
「過ぎてしまった事は仕方ない……今は奴をどうするかだ……」
そう言ってシュラスは体が動かないエルを負ぶって街へ戻った。
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街へ戻るとそこにはジーラと天星騎士団の皆、 それにカルミスやルーミ、 フェミルまでいた。
「皆……どうしてここに……」
「この男に呼ばれてきたのよ……何か大変な事になっているみたいね……」
「エルちゃん……止められなかったんだね……」
あまり明るい雰囲気ではない一同。
どうやらもう状況は把握しているようだった。
そこにフェミルが
「あぁもうそんなんじゃ話が進まねぇだろうが! 天星騎士団のお前らも何なんだ! 散々エル姉さんを見てたんだろ? 励ますか何かしてやったらどうなんだ! 」
「……そうであるな……エル殿……我々が警戒すべき相手を間違っていたようだ……肝心な時に力になれず……済まなかった……」
「そんな……謝る事は……」
暗い表情を浮かべるエルにもフェミルは喝を入れる。
「エル姉さんも! ほらシャンとしろっての! これからあのヤベェオーラを放ってた魔神とやらをぶっ殺す計画を立てようじゃねぇの! 」
「俺もその意見に賛成だ、 でないとどのみちこの世界はロクでもない世界に変わっちまうからな」
「そうね……そのために私達が呼ばれたんだろうし……」
「エルちゃん、 私達が力を貸すよ! 」
皆……
そして一同は街のギルドで会議を始めることにした。
…………
ティタルのギルドの会議室にて……
「ではこれからどうするか話そうか……」
キューサスが会議を仕切り、 話が始まった。
「そんなのもう決まってるだろ! 皆で一斉に魔神の懐に突っ込めば解決だろ! 」
「そんなに単純な戦法が通じる程柔な相手じゃないのよ……アイツは……」
「でしたらここはカルミス様の魔法でアルガノーグの動きを……」
「私だってできる事とできない事もあるのよ……無茶は言わないでもらえる? 」
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会議は数日に渡って行われ続けた、 しかし未だに良い案が出ずにいた……
そしてアルガノークが宣告した日の朝……
「……はぁぁぁ! もう! どうすりゃいいんだよ! 」
「やはりシュラス殿かジーラ殿の協力が無ければ……」
そう言うキューサスに二人は
「悪いがこればっかりは俺らは手出しは出来ねぇ……」
「これはこの世界の事だ……俺達が無闇に手を加える事は出来ない……」
この一点張り。
二人の態度にフェミルは怒鳴る。
「だからどういう事なんだよ! 手が出せねぇだのこの世界がどうだの! 訳を話してくれよ! 」
「そいつは無理な話だ、 ただ手は出せねぇ……それしか言えねぇ……」
「お前達にも秘密があるように……俺達にも話せない事情があるという事だ……どうか理解してほしい……」
「……クソ! 旦那たちの手を借りれねぇとなるとこれ以上は無理だぞ! 」
「やっぱり……神様の力が宿ったエルちゃんしか……」
一同はエルの方を見る。
ここまで皆はエルをこれ以上危ない目に遭わせまいと必死に他の案を出そうと努力してきた。
しかしシュラスやジーラ以外にアルガノークを倒せそうなのはエルしかいないのだ……
「勇者の後継者さえいてくれれば……だがその者はこの数千年の間ずっと見つかっていない……もはやこの世界を守れるのはエル殿しかいないとでも言っているかのようだ……」
やっぱり……私が戦わないと……でも……
エルは何とか勇気を振り絞って口に出そうとする……しかし、 あの時のアルガノークのオーラを思い出すとどうしてもすくんでしまう。
やっぱり……私でも無理なんじゃ……いくら神様の力を持っているとは言え……シュラスさんが止められなかった相手を私が止めるだなんて……
そんな思いがエルの中で堂々巡りしていた。
するとジーラが口を開く。
「全く……見てらんねぇな……おい小娘……この際だから聞いといてやるよ……」
「……? 」
「お前は何をしたい? 」
その質問の答えはエルの中では既に出ていた。
「……皆を……守りたい……」
その一言はこの数日で初めてエルが言った言葉だった。
するとジーラは続けて言う。
「なら守れやいいじゃねぇか……魔神サマをブチ殺して、 皆を守れよ」
「でも……あの時恐怖で何もできなかった私に……無理なんじゃ……」
そう言うとジーラはため息をついて言った。
「……自分には無理だとか出来ないだとか……そんな事言っている暇があるなら……自分の心に従え」
その言葉は以前にもルーミに言われた言葉と似ていた。
「もうそのことぐらい分かってんだろ……」
……そうだ……手遅れになってからじゃ駄目だ……無理だとか出来るだとかそんなの関係ない……皆を守りたい……それだけ理由があればいいんだ……
するとエルは立ち上がる。
「皆……私、 アルガノークと戦う……手遅れになってから後悔するなんてもう嫌だから……! 」
「エルちゃん……」
「エル姉さん……」
「……」
一同はその言葉に反対しなかった。
すると一同は
「……分かった……エル殿が覚悟を決めてくれたんだ……我々も出来る限りの支援をしよう! 」
「……おう! そうだな! ただ負けたら承知しねぇからなぁ? 」
「私も手伝う! きっとできる事があるはずだから……」
皆……
「……ありがとう……」
そしてエルはアルガノークと戦う事を決心した。
するとシュラスが口を開く。
「エルの決心がついたようだな……そこで戦いの場へ行く前に一つ作戦があるのだが……いいか? 」
「え、 何だよ旦那ぁ、 作戦があったんなら言ってくれよぉ! 」
「これはエルが戦う前提の作戦だ……彼女の意志が整わない内に出すのは酷だと思ったからな……だが、 もう決めたんだろう? 」
その言葉にエルは頷く。
「よし……作戦の内容を簡潔に話す……」
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数分後……
カルスターラにて……
『……ほう……本当に来るとはな……』
広場で堂々と待っていたアルガノークの前にエルが現れた。
シュラスが空間操作でエルを街の目の前まで送り出してくれたのだ。
……恐い……でもやらなきゃ……
エルは勇気を振り絞ってアルガノークの前まで歩み寄る。
『その眼……答えが出たようだな……』
「……えぇ……答えは……」
「あなたなんかに……渡さない……! 」
そう言った瞬間、 アルガノークは目にも留まらぬ速さでエルの目の前まで移動し、 剣を振りかざす。
しかし剣はエルの首を斬る直前で弾かれた。
よく見るとエルの周囲には氷の塊が浮いており、 その一つがアルガノークの剣を弾いたのだ。
『その氷……我が剣でも切れぬとは……ますます欲しくなったぞ、 その力! 』
そう言うとアルガノークは剣での高速連撃に加え、 周囲の地面から黒い塊を出し、 それをエルに目掛けて飛ばした。
次の瞬間、 エルは両手を広げ、 神類文字を唱えた。
するとエルを中心に炎の竜巻が発生し、 それが波動のように広がった。
黒い塊はあっという間に蒸発し、 アルガノークは爆風で吹き飛ばされた。
『驚異的な力だな……だが我が力には及ばぬ……そうだな、 手始めに貴様に絶望を贈ってやろう……』
そう言うとアルガノークは空高く飛び上がる。
すると両手で何かを集める構えを取るとその手の間に何やら黒く禍々しい球体が完成した。
そしてアルガノークその玉を無造作に地上へ放った。
次の瞬間……
『ッ! ! ! ! ! 』
耳鳴りがするほどの衝撃波と共に街全体が蒸発した。
それはあまりに一瞬の出来事だった。
辺りには何も残っておらず、 焼け野原が広がっていた。
『ハハハハハハハッ! ! ! 素晴らしい! 全力ではないとは言えこれ程とは……これこそが世界を支配するにふさわしい者の力だ……どれ……あの小娘もただでは……ん? 』
エルが死んだと思ったアルガノークは地上へ降りるとそこには
「……よくも……皆の街を……」
人が一人入れるサイズの氷の塊。
そこからエルが姿を現した。
『ほう……少しはやるようだな……かつてロウディアでもこの技で瀕死になった程だったのだが……まさか無傷とは……氷と炎の神の力……是非欲しい』
「絶対に渡さない……この力も……この世界も……! 」
そう言うとエルは氷の槍を出現させ、 アルガノークに目掛けて飛ばした。
アルガノークはそれを難なくかわし、 再びエルの方へ突進してきた。
エルはアルガノークのスピードに何とか対応しながらも戦う。
……守るんだ……この世界の皆を!
エルはその意志を胸にアルガノークとの激戦を始めた……
続く……