第40話【悪へと堕ちる理由】
前回、 遂にティルディールの隠れ家があるとされるデイダール砂漠の街、 ティタルに到着したシュラスとエル。
二人はつかの間の休息を取り、 いよいよティルディールの元へと向かう……
「……ここがティルディールの隠れ家……」
二人は街から少し離れた遺跡らしき建造物の前に来ていた。
ラメリスの地図によればそこにティルディールがいるという……
「……いよいよ終盤戦だ……気を引き締めろ……」
「はい……! 」
そして二人は遺跡の中へと入っていった。
…………
遺跡の中は不気味なほどの静寂に包まれており、 生暖かい空気が首筋を撫でる……
しかしエルは不思議とその雰囲気に恐怖を覚えなかった。
しかし……
「……ッ……シュラスさん、 この臭い……」
「……瘴気だ……薄いがあまり吸うな……精神が壊されるぞ……」
辺りに僅かな瘴気が漂っている。
……この瘴気……一体どこから……腐敗臭がするという事は……まさか死体から……でもどこに……?
出所の分からない瘴気に不審感を覚えながらもエルはシュラスの後を付いて行くと……
『……随分と早かったな……やはりあの二人は役に立たなかったか……所詮は太古の亡霊……か……』
不気味な光を放つ魔法陣が描かれた部屋に着いた。
そこではティルディールが待ち構えており、 周囲には大量の死体が転がっていた。
瘴気の出所はあの死体だったのか……見たところ逆さ星の人達みたいだけど……仲間をこんなに大量に……
エルはティルディールの容赦の無さに戦慄する。
「ティルディール……もうやめたらどうだ……」
シュラスはティルディールに話し掛ける。
『……何故私がこうまでして魔神を蘇らせようとしているか……お前はもう知っているだろう……』
「……過去に囚われるな……と……言っても……無理な話か……」
……ティルディールの過去……シュラスさんは知っているみたいだけど……一体何が……
二人の様子を見てエルはそんな事を考えていると
『そこの小娘……この戦いの前に聞かせてやろう……私が魔王となった理由を……』
ティルディールはエルの様子を見て察したのか、 自身の過去を話し出した。
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それは数百年もの前の事……
まだ魔神戦争が始まる前の話……
当時のティルディールはただの女性だった……何も力を持つことも無い一般人……
この時の彼女には愛する男がいた……相手は貴族の息子……
二人の仲は良かった……しかし……
男は何者かに殺害された……
誰もが彼女を疑った……しかし彼女は何もしていなかった……
彼女は疑いを晴らすのに必死になった……
自ら危険な調査を行い……男を殺した犯人を探し出した……
その結果……犯人は男に片思いをしていた別の貴族の娘だった……
彼女はすぐにこの事を人々に知らせた……
しかし……
誰も彼女を信じなかった……
それもそのはず……相手は貴族……証拠をもみ消すことなんて簡単だった……
一般人だった彼女には成す術は無かった……
結果……
彼女は処刑される事となった……
その時彼女は全てに絶望した……
何故真実の罪が負け……偽りの罪が勝つのか……
それは全て『罪』というモノが悪いのか……
否……
『罪』というモノを偽り……弱者に擦り付け、 己の罪から逃れようとする人間だ……
そして擦り付けられた罪を背負った者は死ねばそこで終わり……一生真実など明かされることは無い……
何故……何故誰も疑わない……何も疑わずその者を貶めようとする……
そう思った彼女は気付いた時には……
魔王となっていた……
『私の願いはただ一つ……この世界から偽りの罪に嘆く人々を少しでも多く救う事……私は大罪の魔王……偽りの罪によって悪へと染まった存在……それが世界を滅ぼした魔神の力を得て蘇ればどうなるだろう……きっと人々はこう思うだろう……「偽りの罪は世界を滅ぼす」と……伝説が脈々と受け継がれれば、 人々の記憶に恐怖を植え付けられ……偽りの罪を着せる人間はいなくなる……私の二の舞となる人間を見るのはもう御免だ……私はその思いを一つにここまで来たんだ……今更戻ることなどできない……』
「……あなたの人々に対する思いは分かります……でも……私怨で罪も無い人々から全てを奪おうとするのは間違っています……」
エルはティルディールを止めようと説得を試みる。
しかしティルディールは聞く耳を持たない。
『今更何を諭そうと無駄だ……私は使い古された剣だ……研いでも研いでもとれぬ錆のように……過去を断ち切れないのだ……止めたくば……私を殺せ! 』
次の瞬間、 ティルディールは二人に向かって黒い炎を放った。
空かさずシュラスは剣を抜き、 炎を切り裂いた。
「エル……説得で奴を止めるのは無理だ……殺す以外選択肢は無い……これは奴の為でもある……」
「……分かりました……」
エルは動揺しなかった。
……こんなこと……これまでの旅で沢山経験してきた……出来ない事を無理にする必要は無い……殺す事があの人の為なら……もう……私は躊躇しない……
そしてエルは構え、 氷と炎の槍を放った。
しかしティルディールは目にも留まらぬ速さで動き出す。
『凄まじい力だ……だが速くは無い……』
そう呟くとティルディールは剣を出し、 エルに襲い掛かる。
しかしシュラスがエルの前に立ち、 防御した。
「速さでは奴が上だ……お前は距離を取って援護しろ……」
「はい! 」
するとシュラスは凄まじい速さでティルディールに斬撃を放つ。
ティルディールも引けを取らない速さで剣を振る。
辺りに金属が激しくぶつかり合う音が幾度も鳴り響く。
エルは二人から距離を取り、 遠距離魔法で攻撃をする。
しかしティルディールの速さは尋常じゃなく、 シュラスの攻撃を捌きながらもエルの攻撃を回避している。
凄い速い……加えてシュラスさんとも渡り合える凄まじい力……流石魔神戦争を生き残った魔王……そう簡単には殺せないか……でも……今のティルディールには魂の繋がりを持つ体は存在しない……彼女だって必死のはず……必ず隙は生まれる……
エルは必死に攻撃を続ける。
「……ギルディレイアに頼まれた……お前を止めて欲しいと……友として……未だにお前を想っていたぞ……」
戦いの最中、 シュラスはティルディールに話す。
するとティルディールは険しい表情をし
『……亡霊風情が……』
怒り紛れの声でそう言いながら涙を溢す。
すると次の瞬間……
『……ッ! ? 』
ティルディールの脇腹にナイフが突き刺さる。
エルが隙を見て飛ばしたのだ。
魔法で攻撃しても当たらないのを見て気付いた……ティルディールは僅かな魔力の変化を感じ取って勘で避けていたんだ……
エルは戦いの中でティルディールの弱点を見つけ、 有効手段で攻撃を仕掛けたのだ。
『小娘が……! 』
ティルディールはすぐさまエルを狙おうとする。
しかしティルディールの体は動かなかった。
『まさか……これは……麻痺毒……』
「ずっと前にルーミちゃんから教えてもらった毒を作っておいて正解でした……」
ほんの少しでいい……ほんの僅かな時間だけ効けばいい……シュラスさん……お願いします!
大きく隙を見せたティルディールにシュラスは剣を突き出す。
剣はティルディールの胸を貫いた。
そしてシュラスはティルディールの体を蹴り飛ばした。
ティルディールは地面に転がり、 倒れた。
すると地面に描かれていた魔法陣から光が失われた。
あの魔法陣……ティルディールが制御していたんだ……そんな中で私とシュラスさんの相手を……敵ながら凄い戦闘能力……
『……まだ……終われない……こうなれば……私の……体を……』
瀕死に追い込まれたティルディールは這いずりながら魔法陣の中央に向かうと自らの傷口を抉り、 指に血を付ける。
それを見たシュラスは何かに気付き、 ティルディールを止めようとする。
しかし……
『アルガノーグ……今こそ目覚める時だ……この世界を……滅ぼせ……! ! 』
ティルディールは魔法陣の中央に自身の血で線を描いた瞬間、 魔法陣の中から扉の無い黒い門が出現し、 ティルディールの体を呑み込んでしまった。
「え……」
一瞬の出来事にエルは困惑する。
しかし考える間もなく黒い門は小さな黒い玉に変形し……
「防御しろ、 エル! 」
『……ッ! ! ! ! 』
遺跡を埋め尽くすほどの大量の炎を噴き出し、 辺りを焼き尽くした。
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間一髪でエルは防御が間に合い、 怪我をすることは無かった。
爆発で耳鳴りが収まらないエル。
状況を確認しようと辺りを見渡す。
するとそこには……
「……! 」
『……あぁ……遂にか……』
エルを守るように背を向けるシュラス。
その目の前に赤黒いオーラを身に纏う翼の無い悪魔のような怪物……
目の色は呑み込まれそうなほどに黒く、 そこから禍々しい紫の瞳が覗いている。
あれが……アルガノーグ……
エルは怪物の姿を見て戦慄した。
続く……