第38話【灼熱の大地】
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「……はぁ……はぁ……」
「……」
エルとシュラスは大砂漠のど真ん中をただひたすらに歩いていた。
こうなったのは二日前……
港でルーミとフェミルに別れを告げた後の事
「……シュラスさん、 行きましょうか……」
「そうだな、 時間が惜しい」
エルとシュラスは魔王ティルディールが待つデイダール砂漠へ向かう為、 馬車に乗り込む。
すると馬車の御者は二人に聞いた。
「アンタら、 冒険者かい? デイダール砂漠へ行きたいなんて珍しいな、 何をしに行くんだい? 」
「その砂漠にある街にちょっとした野暮用があってな……どうしても向かわねばならない」
そう言うシュラスに御者は少し心配そうな表情を浮かべる。
「そいつは厳しい旅になりそうだぞ……最近砂漠で砂嵐が多発してるって言うしなぁ」
それを聞いたエルは思った。
確か……アルドーラ砂漠で砂嵐が多発する時期は雨期が過ぎた直後のはず……今はそんな時期じゃない……だとしたら……
「シュラスさん……」
「間違いない……ティルディールの手先だろう……とことん俺達を近付けさせないつもりらしい……」
二人はティルディールが呼び出した魔王の仕業だと推測した。
そんな話がありながらもエルとシュラスはアルドーラ砂漠へ入る手前の野営地へ向かった。
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数時間後……
二人は野営地に到着する。
そこからは広大な砂漠を一望でき、 一種の絶景スポットのような場所になっていた。
……今からあの砂漠を渡るのか……何もない……訳が無いか……きっとティルディールの手先の邪魔が入る……でも、 行かなきゃ……
砂漠を眺めながらエルはそんな事を考えていると
「エル、 お前は馬に乗れるか? 」
背後からシュラスに声を掛けられる。
エルは何の事かとシュラスの方を振り返るとそこには
「……え……シュラスさん……それって……」
「砂漠では馬車は使えんからな、 こいつに乗るしか他は無い……」
ラクダのような動物が二頭いた。
その大きさはエルの身長の二倍ほどあり、 謎の威圧感を感じる。
こ……これに乗るの……? ……馬すらも乗ったことが無いのに……恐い……
エルはその動物に乗るのに不安を覚える。
その様子を見たシュラスはため息をつき。
「……じゃあ俺と一緒に乗れ……掴まっていれば振り落とされる事も無かろう……もう一頭には物資を運んでもらおう」
「すいません……恐くて……」
「得体の知れないモノを見れば無理もあるまい……砂漠が涼しくなる夕暮れに出発するぞ」
こうしてエルは二人で一頭に乗る事となった
…………
そして夕暮れ時……
「兄ちゃん達、 気を付けてなぁ……アルドーラ砂漠はどこのダンジョンよりも危険って言うしなぁ」
「お前が案ずる事ではない……」
心配しながら見送る御者にシュラスはそう言うと、 エルと共にラクダのような動物に乗り、 アルドーラ砂漠を進んだ。
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「シュラスさん……」
揺れる動物の背中の上でエルは必死にシュラスの背中にしがみ付く。
うあぁ……揺れる……
シュラスは黙ったまま動物を操るだけだ。
「その街までどの位掛かります? 」
「方角を知っていれば三日もすれば辿り着く……一度行った事があるんだ、 そう慌てるな……」
あと三日もこの感覚に耐えなきゃいけないのかぁ……厳しい旅になりそう……
エルは一刻も早くこの動物から降りたかった……
…………
夜中……
二人は途中で洞窟を見つけ、 そこで野宿をする事にした。
「……シュラスさん、 この砂漠にある街に一度来たことがあると言ってましたが……どのような所なのでしょうか? 」
夕飯を食べながらふとエルはそんな事を聞いた。
「……デイダール砂漠のオアシス……ティタル……かつて魔神戦争の時代、 太陽の大精霊が魔神の軍勢からこの地域の民を守る為に作った街だ……だが太陽の大精霊も間抜けな事に、 砂漠を作ってしまったが故に、 その民達が砂漠から出る事を困難にしてしまった……」
「へ……へぇ……」
シュラスさん……もしかして太陽の大精霊様に会った事があるのかな……凄い呆れてる……
エルはシュラスの話を聞きながら苦笑いした。
「まぁ……簡単に言えば他の街とは異なる文化を持つ民が暮らす場所だ……食事もお前が目にするはずの無かったものばかりだぞ……」
「へぇ……それは楽しみ……ですね……」
エルは思わず唾を飲み込む。
どんな食べ物があるんだろう……ちょっと食べてみたい……
するとシュラスはある話を始める。
それはティタルの伝説についてだ。
「それとその街にはある伝説があってな……魔神戦争時代、 勇者ロウディアと共にいた者についてだ……」
「え……勇気ロウディアに仲間がいたんですか! ? 」
知らなかったエルは驚く。
それもそのはず、 この世界に伝えられている伝説の勇者ロウディアはたった一人で魔神の軍勢と戦っていたと言われているからだ。
以前にエルはシュラスはロウディアと共に戦っていた事は聞いていた、 しかしシュラス自身はその場で勇者と居合わせただけだったそうで厳密には仲間ではないと言っていた。
でも……魔神戦争の時代から生きているシュラスさんが言うなら……本当なのかな……
シュラスは話を続ける。
「その者は魔法使いの双子だ……ロウディアはその二人を誰よりも信用してた……凄まじい力を持っており、 一万もあろう魔神の軍勢をも一網打尽に出来る程だった……」
「その双子の魔法使いって……どんな方だったんですか? 」
「……さぁな……よく覚えていない……」
……シュラスさん……何か隠してる?
エルはシュラスの反応に少し引っかかる。
「……だが……一つ言うとすれば……その二人はお前にとって最も関りの深い者であろうな……」
「え……それってどういう……」
「さぁ、 話は終わりだ……次の出発は日の出前だ……さっさと寝るぞ」
そう言うとシュラスは話を切り上げて眠ってしまった。
シュラスさん……絶対何か知ってる……
するとエルはふとウェヴィーラの話を思い出す。
『神霊は人が神となった存在だ……』
……神霊は人が神となった存在……そして……勇者ロウディアの仲間の双子……シュラスさんはその二人は私にとって最も関りの深い人と言ってた……まさか……
エルはその魔法使いの二人が今自分の中にいる神霊なのではないかと考えた。
……今考えても仕方ないか……今やるべきは……魔神復活を阻止する事……謎は後からでも解き明かせるよね……
エルは心の中でそう言い聞かせ、 眠りに就いた。
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翌朝……
エル達は日が昇る前に準備を済ませ、 再び出発した。
「……暑くなってきましたね……」
日が昇り掛けると共に砂漠の気温が高くなる。
「これからがきついぞ……ほら、 これでも着けておけ」
そう言うとシュラスはエルに指輪を渡した。
指輪には青と赤の色をした小さな宝石がはめられており、 不思議な魔力を感じる。
エルはその指輪を着けると
「……あれ……暑くない……」
今まで感じていた熱気を感じなくなった。
「環境適応のまじないを付与した魔道具だ……それがあれば火山の中だろうと氷河の中だろうと環境による影響を受けなくなる……気まぐれで作ってみたが使う事は無かったんでな……それはお前にくれてやる……」
「あ……ありがとうございます……」
シュラスさんならこんな魔道具……作る必要も無いはずなのに……もしかして……いや、 考え過ぎか……でも……嬉しい……
エルはその指輪を眺めながら少し微笑んだ。
そんな事がありながら二人は砂漠を進む。
そしてしばらくして……
「……凄い日差しですね……暑さは感じませんが、 何だか喉が渇いてきちゃいますよ……」
「ただの思い込みだ……問題無かろう」
シュラスさん……相変わらずだなぁ……
日が昇り切った時、 二人はそんなやり取りをしていると……
「……ん……? ……まずいな……面倒な事になった……」
シュラスは突然動きを止める。
エルは何事かと辺りを見渡す、 そして視界に入ってきたのは……
「え……あ……あれって……! 」
「……来るとは思っていたが……想定外の規模だ……離れる事は出来んな……」
エル達の前に渦巻く巨大な砂嵐だ。
遠くからでもその規模は歴然……砂の摩擦のせいか、 稲妻が走っている。
あれが……デイダール砂漠の大砂嵐……!
「シュラスさん、 どうします! ? 」
「俺の側から離れるな……こいつらには悪いが……見捨てる他無いだろう……」
「……そうですか……」
こんな状況だし……仕方ないか……ごめんなさい……
エルはシュラスにしがみ付き、 砂嵐に吹き飛ばされないよう備えた。
そして砂嵐はあっという間に二人の方へ迫り、 二人を巻き込んだ。
「うぅ……ぐぅ……! 」
「俺から離れるな……死ぬぞ」
風に飛ばされて宙に投げ出された二人、 シュラスは防御結界を張り、 身を守った。
……! ……何か感じる……この感じ……魔力……?
エルは何かを感じ、 辺りを見渡す。
するとエルの視界に謎の人影が写り込む。
今のって……まさか強奪の魔王……? 砂嵐で良く見えない……
そんな事を考える暇もなく、 エルは浮遊感で体を振り回され、 気絶してしまった。
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「……うぅ……あれ……シュラスさん……? 」
「気が付いたか……さて、 どうしたものか……」
エルは砂漠のど真ん中で目が覚めた。
シュラスは辺りを見渡しながら自分たちの位置を確認していた。
今まで乗ってきた動物は砂嵐に巻き込まれ、 どこかへ行ってしまっていた。
「シュラスさん、 方角は分かります? 」
「……」
シュラスは黙ったまま辺りを見渡す。
そしてしばらくすると……
「……こっちだ……行くぞ」
そう言ってシュラスは歩き始めた。
流石シュラスさんだなぁ……相変わらず何でも見えちゃうんだ……
「シュラスさん、 歩くとなるとどの位掛かります? 」
「運が良かったみたいだ……明日の夕方までには着くだろう」
そして二人は砂漠を歩き始める。
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数十分後……
「……はぁ……はぁ……」
「……」
エルとシュラスは大砂漠のど真ん中をただひたすらに歩いていた。
全く先が見えない……砂で足が取られて思ったように前に進めないし……疲れる……
エルの体力が限界に近付いていたその時……
『あの砂嵐でも無事だったか……まぁ……それもそうか……』
突然上空から声が聞こえた。
エルは声のする方を見るとそこには
「……やっぱり……あの時……見えたのはあなただったんですね……」
『如何にも……砂嵐でお前達を近付けさせないと考えていたが……やはりシュラスがいてはそう簡単には行かぬな……』
黒いローブを身に纏った男がいた。
金髪の髪に深い漆黒の瞳を持っている。
その黒い瞳からは感情を感じない……人をごみとしか思っていないような目をしていた。
それは正しく、 強奪の魔王だった。
「やはり現れたな……強奪の魔王……ギルディレイア……」
『久しいなシュラスよ……悪いが我が召喚主の命令でな……お前達をここで止めなければならん……』
そう言うとギルディレイアは両手に黄金の剣を出し、 シュラスの方へ向かってきた。
シュラスは剣を抜かず構え、 ギルディレイアの攻撃を受け流す。
ど……どうしよう! こんないきなり戦いが始めるなんて……!
エルはシュラスの援護をしようと咄嗟に構えを取ろうとする。
しかしそれに気付いたギルディレイアはエルの方を見る。
次の瞬間、 辺りに地鳴りが響く。
何事かと辺りを見渡すと……
「え……何あれ……! 」
上空から牛の角を持つ巨大な獣のような魔物がエルの方へ落ちてきていた。
あれって……ベヒーモス! ? 何で空から……まさか召喚されたの! ?
ベヒーモス……それは魔神戦争の時代、 ドラゴンの次の位に立つ存在として生きていた災害級の魔物。
その強さは一体で二つの国を滅ぼせると呼ばれる最恐にして最悪の魔物と言われている。
エルは咄嗟に氷で盾を出現させ、 防御する。
そしてベヒーモスが地面へ直撃した瞬間、 辺りに大爆発が起きた。
「……ッ……シュラスさん! 」
「案ずるな……それより、 お前は目の前の敵に集中しろ……」
シュラスとギルディレイアの周囲には透明の膜のようなものが張られており、 二人は無傷。
エルは氷で体を覆い、 爆発を免れていた。
エルはシュラスの無事を確認すると前を見る。
そこには唸り声を上げながらエルを睨むベヒーモスがいた。
その眼には凄まじい殺意が籠っており、 今にも暴れ出しそうだった。
こ……これが魔神戦争時代に存在した魔物……私に倒せるの……?
「……いや……やるしかない……シュラスさんは手を離せない、 私がやるしか! 」
そう言うとエルは氷で剣を作り出し、 構えた。
それと同時にベヒーモスはエルに飛び掛かる。
力の弱いエルは一瞬にして宙に投げ出されてしまう。
間髪入れずベヒーモスはエルに向かって黒い炎を吐き出す。
エルは剣で炎を防いでいる。
……強い……剣士でもない私じゃ力で押されちゃう……! どうすれば……やっぱり……私は……
「エルッ! 自分の力を信じろ! 」
その時、 シュラスが声を荒げて叫んだ。
シュラスさん……そうだよね……今までのままじゃ駄目……自分の力を信じて……最大出力で……!
「うおぉぉぉぉぉぉぉ! ! ! 」
その瞬間、 エルの瞳に光が入る。
エルは今までに無い形相で力を込める。
次の瞬間、 エルの氷の剣が紅い炎に包まれる。
するとベヒーモスが吐き出す黒い炎が徐々に紅い炎へと変わっていく。
そして瞬く間にベヒーモスの体は炎に包まれる。
次の瞬間……
『バキィィィィィィン……! ! 』
ベヒーモスを包む炎は氷へと変わり、 ベヒーモスを氷へと変えてしまった。
「……や……ったの……? 」
完全に沈黙したベヒーモスを見たエルは安心し、 全身の力が抜ける。
これが……私の力……凄い力……でも……まだ底が見えない……
今まで見たことが無かった自分の力に驚くと同時にエルは不安を覚える。
……もし……またこの力が暴走したら……魔神どころじゃないかも……下手をすれば……私が魔神に……
エルはそんな考えで頭がいっぱいになる……
…………
その頃……
『……あれが神の力を宿す魔導士か……ティルディールが欲しがるわけだ……』
シュラスと戦いながらエルの様子を見たギルディレイアはその力に驚く。
「……随分と落ち着いているようだな……生前の狂気は何処へ行った……」
『生前の我であれば……今にも彼女に飛び掛かるだろう……だが我は既にこの世に亡き存在……亡霊に強奪する程の欲なんて無いのだろう……』
闘いながらもギルディレイアはそう呟きながら少し複雑そうな表情を浮かべる。
「……ギルディレイア……お前は何が目的だ……」
シュラスがそう言うとギルディレイアは動きを止める。
するとギルディレイアは剣を捨てる。
そして
『……出来れば……ティルディールを止めて欲しい……』
ギルディレイアは悲しそうな表情でそう言う。
「……分からんな……何故かつて同盟を組んでいたお前達が今になって奴を止めようとする……」
『我らは魔神戦争時代……敗北した……それはなるべくしてなる運命だったと……後から悟った……この世の全てが教えてくれた……悪しき概念は……善なる概念によって消されるのが必然……それがこの世の摂理……生態系の循環と同じように……崩れることは許されない』
シュラスはその話に何も言う事はしない。
『……だがそれより……ティルディールは今苦しんでいる……魔王として授かってしまったその性に縛られ……魔神戦争時代の頃の意志から離れられずにいる……我はそんな彼女を見ていられない……』
するとシュラスは言う。
「この戦いに決着を付けるのは俺ではない……エルだ……」
そしてギルディレイアはエルの方を見る。
『……そうだったな……貴様はこの世界の運命に干渉する者ではなかったな……あの子娘の力……授かるべくして授かったものか……そうだな……彼女なら……あるいは……』
そう言うとギルディレイアは再びシュラスの方を見る。
するとギルディレイアはローブを脱ぎ、 シュラスに胸を差し出した。
『……もはや勝敗は決したようなものだろう……さぁ……一思いに殺れ……』
「いいのか……それは召喚主の命に反する事だぞ」
『死せれば関係無かろう……それに我は強奪の魔王……奪う側である我にとって自由を奪われるのは死ぬよりも嫌なんでな』
そう言うギルディレイアは笑っていた。
その様子を見たシュラスは何も言わず、 剣をギルディレイアの胸に突き刺した。
心臓を貫かれたギルディレイアの体は崩れていく。
『二度までも貴様に殺されるとは……笑えるな……どうか彼女を救ってやってくれ……あれでも……我が『友』なのだから……』
その言葉を最後にギルディレイアは灰となって消えてしまった。
「……言われずとも……」
ギルディレイアが消えた後、 シュラスは剣を収めながらそう呟いた。
続く……