しょうゆ聖女。 〜濃縮だし醤油で世界を救う?〜 ……あ、世界じゃなくて王子を救うのね? 玉子じゃなくて?
目の前に、なんか透き通るように美しい女神っぽい格好をした、女神様。
そして、仕事着のままの私。
黒スキニーと、ショッキングピンクのポロシャツ。
黒と灰色で形成された迷彩柄パーカー。
肩までの髪を適当にまとめたポニテという雑な姿。
両手には、スーパーの買い物袋。
「葉山 木葉さん、貴女は先程トラックに轢かれて死にました」
…………なんというか。
アニメのこういうシーンでの、定番の死に方してるっ!
「聞いてます?」
「あ、はい。聞いてます」
「本当は死ぬ予定ではなかったのです。が、不甲斐ないことに、私の部下が事故の処理においてミスをおかしまして」
ほほう、ということは?
てか、女神様に部下とかいるんだね。
「聞いてます?」
「聞いてます、聞いてます」
「生き返らせることはできませんので、異世界に飛ばしてしまおうかと思いまして」
なんだか、処理が面倒だから的な感じに聞こえるけど? あ、気のせいですか。はい。
女神様いわく――――
今までの私の全ての記憶を持ち、今の姿のままで。
言葉はネイティブレベルで使用可状態での異世界転移になる。
私の存在がこちらに来ることで、元の世界での私の存在は一切なかったことになるらしい。
地味にショックだけど、両親は既に他界、結婚相手も恋人もいない三十手前。死んだことによってシフトやらなんやらで仕事場に迷惑をかけたくないってのもある。
そもそも、女神様がそういうシステムと言うからどうしょうもない。
「転移ボーナスアイテムとして、貴女の持ち物のひとつだけを、無限に使えるようにしましょう」
「転移ボーナス⁉」
慌てて持ち物を見た。
仕事着……論外。
パーカーは気に入ってるけど、無限にはいらない。
スマホ! は、車の中だった……私の馬鹿!
財布!
「通貨が違うので役立ちませんよ」
「チッ!」
「舌打ちしました?」
「気のせいです」
大根、無限にはいらん。
白菜、無限にはいらん。
濃縮だし醤油、超絶万能だよね。
ガーリックソルトは保留かな。
プリン買ってたや。悩みどころだ。無限に出たら、太るな。
サラミ………………おいしいよね。保留。
プレミアムなビール! ビールで大儲け的な⁉
栄養ドリンク二箱、いつもお世話になっております。
ボールペン、無限に使えたら助かるけど、いらなくね?
「それから、転移先で世界を救ってもらいます」
「……はい? 世界を? この持ち物で?」
「はい!」
満面の笑みでのたまう女神に殺意が湧いた。
「もちろん、誰それと戦え、戦争しろ、聖女になれ! とかではないのです」
私の地味な殺意を感じ取ったのか、女神様が慌てて追加説明をしてくれた。
たった一人の運命を変えるだけで、その国が滅亡を免れ、更には世界平和につながるのだとか。
いわゆる、水面に落とした小石の波紋があれであれするアレみたいな問題らしい。
細かな記憶などない。
スマホくれ。
「どのみち電波がありませんよ」
「チッ!」
「舌打ちしました?」
「気のせいです!」
救うのは、とある国の王子殿下でいいそうだ。
『でいい』のハードルが激高なのはどうしたらいいのだろうか。
「で、どれにします?」
「ちょっ、王子を救うヒントというか、なんか情報くらいくださいよ!」
「あぁ、そうでしたね」
テヘペロとでも言いそうな顔で教えてもらったのは、何度も毒殺されかけて食事への不信感から少食なうえに、調理したものを一切口にしないので、栄養バランス最悪なガッリガリのガッリガリ王子だということだった。
「……なるほど?」
食事が喉を通らず、生野菜ばかりを食べているらしい。
あれだな、何か胃に優しいもの食べさせとけばいいでしょ。
雑炊とかうどんとか。
そんなん作っとけば大丈夫大丈夫。
濃縮タイプだし、醤油一本で事足りるでしょ!
「醤油、万能だし!」
「決まったわね。素敵な異世界ライフを貴女に――――」
「はぃ――――?」
女神様がパァァァァっと光って、ギャッと目潰しくらっている間に、異世界転移が完了していた。
濃縮だし醤油は一本で事足りるだろうから、無限ビールか無限プリンが欲しかったのに。
いや、醤油ありがたいけど。
超万能だけど!
――――え、まじで王子を救うの⁉ 醤油で⁉ 玉子じゃなくて?
◇◆◇◆◇
目の前に広がるは、きらびやかで豪華な雰囲気の広間。
聖女の降臨だとかなんとか歓喜の声の数々。
そして、仕事着―――黒スキニーと、ショッキングピンクのポロシャツ。
黒と灰色で形成された迷彩柄パーカー。
両手には、スーパーの買い物袋。
…………の、私。
おい女神、『聖女』って呼ばれてんぞ。
私は、バスティート王国に聖女召喚されていた。
私を召喚した魔道士いわく、王太子殿下がまた倒れたそうだ。
王太子なんだ。そして、また?
魔法ある世界に一瞬ヒャッホイしたものの、魔法が使えるのはほんの一握りとのことだった。
聖女として呼んだのだから、もしや……と思ったが、私を見た限り魔法は使えないと。じゃあなんで呼んだし。
「女神様のお導きです」
――――あいつか!
とりあえず、舌打ちを我慢しつつ、私は何をしたらいいのか尋ねた。
そして、私が何かをすることによって、私の得られる報酬と安全保障も。
何なら契約書でも作っておくれ。
簡易の契約書を作ってもらい、生命と生活面の保証をしてもらった。
あの女神っぽいヤツのせいでこんなことになっている予感ヒシヒシだけど、痛いのも怖いのも嫌だし、命は大切なので。
こっちの人に責任を負わせちゃえ。
魔道士たちに、王太子殿下の寝室へと案内された。
薄暗い部屋の中に、どっかりと構えた重厚なキングサイズベッド。王族だけに?
そして、その真ん中にペソッと寝ている、色の悪いもやし。
「……生きてる?」
「御存命です」
もやしこと、王太子殿下の頬は痩け、目は窪み、顔色は薄ら青い。
顔の作りはなかなかに良さげで、髪は薄紫。もの凄い異世界感。
あと、本当に生きているのか怪しい。
「御存命ですっ!」
魔道士たちに軽く怒られた。
「で、私にどうしろと?」
「どうか、殿下に栄養を!」
栄養をって言われても困る。
買い物袋の中身……栄養ドリンク? 飲む?
病人レベルで弱ってる人に栄養ドリンクっていいのかな?
先ずは食べれるもののほうがいいよね?
……………………え、プリン? プリンなの? プリン、無限じゃないのに⁉
「…………ぅ」
こんなタイミングでうなされるな王太子っ!
ぐあぁぁぁ、はいはいはい! あげますよ!
飲んだあとの楽しみだった高級プリンっ!(三百円)
「殿下の体を少しだけ起こしてもらえます?」
侍女さんたちに、王太子殿下の背中にクッションを入れてもらった。
個人的見解の高級プリンをスプーンで掬い、殿下の口に…………ツルン。
「……あま、い」
そう呟いた瞬間、殿下の眉間にシワが寄り、なんだか吐き出しそうな素振り。
慌てて顎を下から押さえ込んだ。高級感あふれる私の三百円を吐き出すのは許さん。
「うぐっ……」
「聖女様なにを⁉」
「飲み込めぇいっ!」
殿下の喉がコクリと動いたのを見て、顎は解放してやった。
「…………うまい」
「でしょうね。チッ。はい、あーん」
心の中で血の涙を流しながら、殿下の口にプリンを運ぶ。渋々。
顔色の悪い痩けもやしは、なぜか頬ピンク元気もやしになった。プリンをひとつ食べただけで。
「これが聖女の力!」
回りが何やら騒いでいるけれど、私にそんな力はない。プリンにもそんな力はない。
魔道士いわく、異世界の食べ物だからかもしれないとのことだった。
「え、じゃぁ、大根食べてみる?」
二分の一切りの大根をペイッと渡した。
だって、生野菜は食べてるって聞いたから。
部屋にいた全員に止められた。なぜだ。
「聖女殿、その『ぷりん』というものは、もうないのですか?」
殿下が灰色に青が混じったような不思議な瞳を輝かせてこちらを見つめてくる。
え……無限プリンのが良かったの? 無限醤油しかないよ。
あと、三百円もするプリンを何個も買うほどの経済力は、私にはない。こんちくしょう。
「お菓子じゃなくて、普通のご飯を食べましょう?」
「いゃ……無理だ」
「……」
おい、いま、嫌だって言おうとして方向修正しただろ? と詰め寄ったら、すいぃぃっと目をそらされた。
この王太子殿下、ただ単に食わず嫌いなのではと疑った瞬間、ゴホッと咳込んで吐血した。
なので疑いは晴れたけれど……?
「え……」
「その、また毒を盛られまして」
…………をい女神ぽいヤツ。まだ毒盛られてるんだけど?
女神からもらった情報に齟齬がありすぎてイライラしながら、王太子殿下の容態を確認した。
命に別状はないが、食道や胃が爛れていると。
「えっと……とりあえず何か、食べれそうなもの作ってみましょうか?」
ベッドでぐったりとしている、薄ら青白い顔になってしまった王太子殿下を見て、流石に可哀想になってきた。
とりあえず、魔道士さんに聞いてみると「ぜひ」と言われた。
王太子宮のキッチンにお邪魔し、簡単に使い方などを教えてもらう。
ここに置かれている食材は間違いなく大丈夫だと言われた。ならなんで、王太子殿下は毒に侵されているのかっていう、ね。
「王宮で避けられない晩餐会がありまして」
魔道士が悔しそうにしていた。自分の失態だと。
彼は王太子殿下の護衛も兼ねているらしい。
「殿下のとこにいなくていいんですか?」
「貴方を呼び出した責務がありますので」
「ふうん?」
その責務は何に対してだろうか、とか思いつつ食料庫を見て回る。
後ろをベッタリとくっついて来る魔道士は無視。
「あ、お米あんじゃん!」
「パエリア用ですね」
「あーね」
適当に野菜も見繕い、キッチンに戻った。
先ずはお米をお鍋で炊く。
軽く洗って浸水、お水はお米から指の関節ひとつ分くらいまで。
はじめ中火で、沸騰したら弱火。適当に蒸らしておけばだいたい食べれる。
お米が出来上がる間に、人参と玉ねぎと、持参した白菜を小量みじん切り。
お鍋にお湯と【無限】濃縮だし醤油を適当に入れ、みじん切りの野菜を入れる。
お米が炊けたら、それも適量お鍋に。
お米がある程度柔らかくなったら、溶き卵をこれまた適当に流し入れ、ちょいと蒸らす。
シンプル雑炊の出来上がりだ。
病人といったら、やっぱこれだよね。
ビールは惜しいけど、【無限】濃縮だし醤油があれば大概なんでもつくれるし。いいか!
――――醤油、万能だし!
「おまたせしましたー」
王太子殿下の寝室に雑炊の鍋ごと持って行った。
先ずはメイドさんが王太子殿下の目の前で毒見。
軽く引いた。
それなら、次から私が毒見するよと言うと、なぜか全員に止められた。なんでだ。
「もらおう」
王太子殿下がのそりと体を起こして、口をパカリと開けた。
をい。待て。
なぜに当たり前のようにあーんしてもらおうとしてるんだ。
さっきのプリンのせいか?
お前は何歳だ。
……ん?
「殿下って何歳なんです?」
「なぜ私に聞くんです……」
魔道士が不可解そうな顔をした。それもそうかと、殿下に聞き直すと、なぜかムッとした顔で二八歳だと言った。
まさか同じ歳だとは思ってなかった。
ボロボロでクタクタもやしな見た目だから、四十近いのかとか思っていた。
「とりあえず、自分で食べてください」
「…………あぁ」
スープボウルによそって殿下に手渡すと、渋々受け取って一口食べた。
そして、徐々に口に運ぶスピードが上がり、最後には掻き込むようにして三回もおかわりまでした。
「うまい…………苦しい」
「そりゃ、四杯も食べれば誰だって苦しいですよ……」
アホかな? とか失礼なことを思いつつ、お腹いっぱいになって、ベッドで幸せそうに眠りだした殿下を眺めた。
――――無限は醤油で正解だったわ!
◇◆◇◆◇
異世界転移して半年。
毎日のようにキッチンに入り浸って調理している。
私は聖女というより、料理人とかの扱いではなかろうか。
朝は殿下の寝室に朝食を運び、殿下が王太子宮にいるときは執務室に昼食を。王城で過ごす日はお弁当を持たせている。
夜、食堂で二人で私の作った夕飯を食べる。
「コノハ、これは何だ?」
「んー? あぁ、私の栄養ドリンクです」
「えーよードリンク?」
こてんと首を傾げて、薄紫の髪をサラリと靡かせる姿は、ちょっとどころではなく美しい。チッ。
「疲れたときとかに飲むやつです」
異世界生活は、王太子宮で安全に暮らせているものの、食事は毎日作らないといけない。
なにげにハードワークで、休みなどありもしないので、本気で疲れた日にだけ飲むようにしていた。
悲しいことに、これを合わせてあと二本しかない。
ビールとサラミは随分と早めに飲み食いした。だって、こっちに普通にあったし。無限にしなくてよかった!
大根と白菜はレアだったらしいけど、お吸い物にして使った。腐ったらもったいないしね。
「そいや、ガーリックソルトの残りが少ないなぁ。誰か作ってくれないかなぁ」
「料理人たちに開発を任せておけ。お前はするな」
この半年で、私が大雑把だというのはバレた。
でも、私のご飯は食べるらしい。
「そこが、唯一お前の美点だな」
「おい、もやし。しばくぞ」
「いひゃい、もうひばいへる!」
王太子殿下の両頬を横に引っ張って遊ぶ。
ガリガリじゃなくなった頰は引っ張りやすいのだ。
最近は軽口叩いたり、謎のスキンシップが増えた。
「くそ。頬が赤くなったじゃないか」
「乙女か!」
ツッコミつつ、栄養ドリンクをぐい飲みしようとしたら、殿下に瓶を取られた。
「一口飲ませろ…………⁉ ……おい」
「なに? 勝手に飲んどいて不味いって?」
栄養ドリンクの味って、独特だよね。
「これは何の魔法薬だ」
「……は? なんとなく元気になる、栄養補助飲料?」
「なんとなくも何も、明らかに回復系の魔法薬だが?」
「まじで?」
「まじだ」
この世界には魔法薬というものがある。いわゆるポーションとかエリクサーとかなんとかいう感じの。名前だけで効果はよく覚えてないけど、そんなやつ。
ただ、作れる魔道士などほとんどおらず、費やす魔力も年月も半端ないとのこと。
そして、同じくらいの瓶で五年分の国家予算が飛ぶほどなんだとか。
「……まじか」
「おまえ……何本飲んだ?」
なんで何本も飲んだと思うんだ! と抗議したら、私が転移してから今まで手元にあるということは、何本かあったはずだといわれた。
少数本しかないなら、たぶん既に無いだろうと。
「チッ」
「舌打ちするな」
アイアンクローされてしまった。
暴力王子め。
「痛い痛い、それ入れたら十九本っ」
「っ…………お前はっ!」
「痛い痛い痛い!」
めっちゃ怒られた。
たぶん、死にかけても復活する可能性がある魔法薬だぞ、と言われた。
そういえば、飲むとめちゃんこ元気になれてたなぁ。
「おっふ…………めんご。殿下の毒も消せたよね」
「っ! 私を馬鹿にするな! そんなのはどうでもいい!」
「へ?」
「お前に何かあった場合、救う為に――――っ」
殿下がそこまで言っておきながら、顔を真っ赤にして黙ってしまった。
そっぽを向いて顔を隠したけれど、耳まで真っ赤になってるから、あんまり効果はなさそう。
殿下、ちょっと可愛い。
「え……おぉ…………ありがと」
「何も言ってない!」
「ふひひ。うん。ありがと」
「クソッ」
どうやら、口も手癖も悪いもやしの暴力王子こと王太子殿下は、私のことをわりと気に入っているらしい。
◇◆◇◆◇
この異世界に来て、もうすぐ一年。
朝の定番、新鮮卵かけご飯を二人ですする。
「はぁ、この卵多めのジュルジュル感がいいよね」
「んむ。醤油で卵黄の甘みが際立つな」
「醤油、万能だよねぇ」
「うむ!」
王太子殿下の洗脳は完了している。
もう私なしではいられない体にした。……どっちかってと醤油なしではいられない体だけど。
「そこまでは堕ちてない」
「お昼はオムレツとだし巻き玉子どっちに――――」
「だしまき!」
即答だった。
「堕ちてんじゃん」
ニヤニヤ笑っていると、頬をグイッと摘んで引っ張られた。
「お前の故郷の味を、お前と食べたいだけだ」
「っ!」
「それから、そろそろ私のことを名前で呼べ」
「っ…………やだ」
「……ふんっ」
最近は、王太子殿下が謎の攻撃をしてくるようになった。
名前で呼んだりしたら、何かおかしなことになるから、嫌だ。
ある日の朝食時、侍女さんが王太子殿下に手紙を渡していた。
「またこの時期が来たか……」
「あ…………晩餐会?」
この国は、王城で社交シーズン開始を祝う晩餐会があるらしい。
王族は全員出席しなければならない。
去年、殿下はそこで毒を盛られたらしい。
他にも避けられない晩餐会で、幾度となく毒を盛られ暗殺されかけている。
犯人の予想は付いているが、何もしないという。
「行くの?」
「異母弟が、会えるのを楽しみにしているからな……」
殿下のお母さんは早くに亡くなっている。
十年前に国王陛下が再婚されて、新しい王妃が誕生した。そして翌年に第二王子殿下がお生まれになった。
新しい王妃は、自身の息子を王位継承権一位にしたいらしい。
「義弟はまだ幼い。あの子が様々なことを受け入れられるようになるまでは、な」
殿下にとって、歳の離れた弟はまるで自分の息子のように感じてしまい、王妃を断罪できずにいるという。
「…………自分の命を大切にしてよ」
「ん。そうだな。最近は、そう思うようにしている」
そっと頬を撫でられた。
下瞼に殿下の指が触れ、びっくりして瞬きをしたら、ポロリと何かが落ちた。
「泣くな」
「泣いてない」
「……ふっ。そうか」
そう。泣いてない。
もうすぐ三十だもの。泣くわけがない。
この日、王太子殿下は、ずっと私の頬を撫でていた。
廊下があまりにも騷しくて、キッチンから廊下を覗くと、魔道士と王太子殿下が何やら言い争いをしていた。
「――――ざけるな!」
「ですが! ご命令ですので!」
そこで二人と目があった。
殿下はまるで苦虫を噛み潰したような顔。
魔道士は少しだけホッとしたような顔。
「どうしたの?」
「聖女殿に招待状が届いております」
安全の確認のため、中身は見たそうだ。
この世界で知り合いなんて王太子宮にしかいない。
諸々の安全のため、外に出たことなんてないし。
買いたい物は頼むか、商人を呼んでもらうか。
「王妃殿下より、晩餐会の招待状が届きました」
「あ……うん」
殿下は断固反対だったけど、出席せざるを得ないのはわかっているらしい。
招待状の中を見て、思考停止しかけた。
王太子を救ったというスープを晩餐会に出して欲しい、と書いてあったのだ。
「スープ……じゃないんだけど?」
「そこではないっ!」
どうなるか分かってるのかと怒られた。分かってる。たぶん、私が作ったものに毒が入れられる。そして、それを殿下が飲むことになる。
「っ……ごめん」
「なぜコノハが謝る」
「私、助けに来たのに、反対に苦しめてる……」
「既に助けられた。それに、大丈夫だ。手はある」
私に、そういった精神的負担を感じさせたくなかった。と謝られてしまった。この世界に呼び出してすまなかったとも。
少し前に、向こうで色々あって女神のとこに呼び出されてたから、多分関係ないよ、たまたまだよと伝えていたのに。
晩餐会の当日、朝早くに王城のキッチンに向かった。
シェフさんたちはとても優しく、いろいろと手伝ってくれた。
といっても、簡単なものしか作る気がなかったので、人参を賽の目切りにして、ほうれん草を一口大に切ってもらっただけだけど。
寸胴で人参を湯がき、そこに【無限】濃縮だし醤油ドバーッ。辛口の白ワインをジャバッ。お砂糖ちょろっ。
「これで下準備は完了です」
出すちょっと前に、下茹でしといたほうれん草と、溶き卵をお鍋に入れて、ちょろっと蒸らして、すまし汁の出来上がり。
流石万能だし醤油! 料理が簡単!
一旦、王太子宮に戻り、ドレスに着替えた。
薄い灰色が裾に向かって青色にグラデーションしているドレス。
どこかで見たことのある色合い。
「ん。似合ってる」
「……ありがと」
ドレスアップした私を王太子殿下が見に来た。
珍しく真面目な顔で褒めてくれた。
「今日は、何があっても慌てるなよ」
「っ、ほんとに大丈夫? ねぇ、栄養ドリンク、持っててよ」
最後の一本になってしまった栄養ドリンクこと魔法薬。
何かあったときのために絶対に飲むなと言われていた。
「それは、コノハの為のものだ。絶対に使うな」
「っ……でも」
「約束しろ」
「…………命令しないでよ」
「頼む、約束してくれ――――」
両頬を包まれて、甘い口付けをされた。
始めての触れ合いが、こんなのって、酷い。
でも、嬉しかった。
「バカ……」
「約束」
「…………っ、ん。約束する」
色々な覚悟をし、晩餐会に出席した。
ポケットには秘密を隠して。
晩餐会は穏やかに開始した。
国王陛下に一年近くも挨拶していなかったことを謝ると、笑顔で許してくれた。王太子殿下の大切な人だから、と。
エスコートしてくれていた彼の顔をちらりと見ると、耳を赤くしていた。
「さぁ、席に行こう」
王妃殿下には、一切挨拶をしないらしい。
ギロリとこちらを睨む赤髪の美しい女性は、私達とあまり年齢が変わらないように見えた。
三十人ほどの招待客が席に着き、食事開始だ。
アミューズ、オードブルが済み、私の作ったスープというか清まし汁の番。
珍しい味だが美味しいと陛下が仰ってくださり、ホッとした瞬間だった。
「っ、ぐ…………ゴホッ」
陛下の口から、ゴボリと血が吐き出された。
「キャァァァァ! 聖女が、あの女が陛下に毒を盛ったのだわ!」
陛下が血を吐いた瞬間に、王妃殿下が叫びながら私を指差した。そして、すぐさま衛兵たちが私に詰め寄ってきた。
あまりにも早すぎる叫びと対応。
誰も可怪しいと思わないのだろうか。
「くそっ! 父上っ!」
「王太子を近づけないで! その女と共謀しているのよ!」
王妃殿下がありもしないことを叫ぶ。ありもしないことなのに、衛兵たちは王太子殿下までも囲もうとしていた。
それでも彼は、衛兵たちを押し退け、見覚えのある茶色の小瓶を陛下の口に充てがっていた。
「父上、飲んで下さい!」
栄養ドリンク?
あの日の飲みかけのヤツ?
王太子殿下は、ソレを大切に取っていたのかな。
賞味期限……は気にしないでとおこう。
「っぐ…………ゴホッ……これは………………魔法薬か!」
「良かっ――――」
国王陛下の意識が戻り、王太子殿下が安心したように微笑んだ瞬間だった。
殿下が自身の胸元を鷲掴みにして苦しそうな顔に変わり、バタリと倒れて口から小量の血を吐いた。
「その男を早く捕まえなさい! きっと、陛下に毒を盛った時に、誤って毒に触れたのだわ! 弱っている今がチャンスよ!」
王妃が訳の分からないことを叫び続けていたため、辺りは騒然としていた。
陛下がスッと右手を上げたことで、一気に場が静まり返った。
「もう、我慢ならん…………ソレを、牢に」
「牢じゃなく処刑――――ちょっと! なによ! 何でよ! 私に触れないで頂戴!」
陛下が『ソレ』と言いながら、王妃をちらりと見た。
衛兵たちは戸惑いつつも、喚き散らす王妃を無理やり連れて行く。
私は、ただ呆然とそれを眺めるしかできなかった。
「ゲホッ……」
魔道士が王太子殿下の口に水を流し込み、食べたものを吐かせているのを見てハッとした。
「これ! これ飲ませてっ!」
床に倒れ込む王太子殿下に走り寄って、ポケットから茶色の小瓶を取り出した。
最後の一本の栄養ドリンク。
私のために使えと言われていたもの。
「…………コノハ……やくそ、く」
「レイモンドッ!」
「っ、やっと……名前、で……よんだな」
力が入らないはずの腕を上げて、そっと頬を撫でてくれた。
「ぜっ……たいに、使うな。毒には、慣れてる、から大丈夫だ。私はおまえの、料理で治し……てくれよ…………しょうゆ、万能、なんだろ?」
「っ、ゔん。絶対に、使わない。使わないから! 私が治すからっ! 死んだら、許さないっ!」
魔道士が転移魔法で王太子宮まで運ぶと言った。
複数人での転移は膨大な魔力を使い、魔道士は数日間寝込むことになるのに。
「行きます!」
それから一週間、レイモンドは何度も何度もうなされ、意識を混濁させては、私の名前を呼んでいた。
「大丈夫、ここにいるよ」
「コノハ…………」
「なぁに?」
「…………コノ、ハ」
「コノ…………ハ……」
「レイモンド?」
「いくな……」
「……どこにも行かないよ?」
「コノハ…………」
「レイモンド、口開けて? 飲んで……お願い」
「っ…………」
【無限】濃縮だし醤油を使った料理は、微量の回復効果があるのはわかっていた。なのに、毒はなかなか消えなかった。
今回、今までの毒が可愛らしいと言えるほどの、かなり強い毒が使われていたらしい。
王妃殿下は、あの日の二日後に牢屋で自殺したと聞かされた。
陛下と王妃殿下とレイモンドの歪な関係も。
王妃殿下の実家は、この国で一二を争う権力を持っていて、元々はレイモンドの婚約者だった。
彼女の父親からの命令と議会からの推薦で、レイモンドと婚約破棄をし、国王陛下と結婚したらしい。
彼女の真意はわからない。
自分の子供を王にしたかったからなのか、レイモンドや陛下を恨んでいたからなのか、レイモンドを愛していたからなのか…………真実は、闇の中に消えてしまった。
料理のとき以外は、レイモンドの横にいた。死なないでと願いながら。
柔らかくて温かい感触。
頭が撫でられてる。…………誰に?
「っ!」
「起こしてしまったか」
「…………王太子殿下」
「おい。そこは名前で呼ぶだろ、普通」
「っ……」
「朦朧とはしていたが、お前の声は聞こえていたぞ」
灰色と青の斑な瞳を細めて、ニヤリと笑うレイモンド。
悔しいほどにカッコイイ。
薄紫のヒゲが薄っすら生えてるけどカッコイイ。
「……レイモンド」
「ん?」
「ヒゲ、似合わない」
「っ、ふははっ! 知ってる」
「いたっ!」
額にデコピンされた。
痛いと文句を言っていたら、両頬を包まれて、キス。
「なぁ、コノハ」
「っん……なに?」
唇を重ねては少し離し、また重ねる。
そして、ゆっくりと囁かれた。
「あいしてる」
「……」
「返事」
「……私も」
「ん。知ってた」
「バカ……」
私は、この世界を、レイモンドを救えたのだろうか?
今はまだわからない。
きっと、死ぬまでわからないんだと思う。
ただ、今後なにがあっても【無限】濃縮だし醤油でなんとかしてみせる。
猛毒で死にかけていたレイモンドが元気になったんだもの。
「醤油、万能だし!」
そんなことを言い続けていたせいなのか。
私の通り名は『しょうゆ聖女』になっていた。
――――もうちょっと普通の、なかったかなぁ⁉
―― fin ――
閲覧ありがとうございます!
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