最終話:初恋の人が旦那さま
ソレットさまを見ると、声を聞くと、どきどき。
最近では、ソレットさまの事を考えるだけでどきどきしてしまう。
「はあ……。何の病かしら?
もし帰国するにしても、優公廟にだけは行きたいな……」
冬の間を過ごす、コンテナハウス大学のある大きな町。その町に設置したコンテナハウスのテラス。
夜中に目が覚め、外の空気を吸いに出ていた。
冬の夜中は寒く、冷え冷えしている。だが、部屋の中の籠もった空気より、外の空気は清々しい。
体がとことん冷えない内に室内に戻らなければならないけれど、私は外の空気が好きだわ。
だから、少し外へ出て考え事をしていたんだけれど……
「病? 帰国する?」
後ろから聞こえた声に、飛び上がる程驚いた。
こんな時間に人が出て来るとは思わなかったし、その声の主がソレットさまだったからだ。
「そ、ソレットさま?!」
「ああ。中から、レーテが外でじっとしているのが見えたんだ。風邪をひくと思って、呼びに来たのだ」
「起きていらしたのですか?」
「昼間、コンテナハウス大学の開放講義を聞いただろう? 色々まとめていたんだ。
それより」
ソレットさまはそこで言葉を切り、距離を詰めて来られた。
「何か病を得ているのか? そんな風には見えなかったが……
その病は、帰国を考えるほど酷いのか?」
暗い屋外だというのに、酷く困惑していらっしゃるお顔が想像できるような悲痛な声。そんな声音で、病の事を訊ねて来られる。
「あの、えっと……、たぶん……」
まだお医者さまに診て頂いていないから。だから、多分としか答えられない。
「その曖昧な返事からすると、まだ医者に診てもらっていないのか? 帰国を考える程なら、なぜ早く医者に診てもらわない?」
力はさほど込もっていないが、だがしっかり腕を取られて質問を投げかけられる。
いつものソレットさまからは考えられない、乱暴な振る舞いにびっくりするわ。びっくりし過ぎて、返事をする事も、動く事もできずにいると……
「本当は、もう少し自分の気持を確かめてからと、そう思っていたが……」
そう仰ったソレットさまの腕の中に、ぎゅっと閉じ込められてしまった。
「私は北の公国、レンザーレ公国の公子ソレット・ヴァンダルドゥ・ド・アスティリアナス。
レーテローゼ嬢、貴女に婚姻を申し込む」
男性に、こんな風に抱擁されたのは初めて。それだけで一杯一杯になっていたのに、まさかのプロポーズ?!
え、待って。嘘でしょう?! 出会って、まだ三ヶ月しか……
それに、ソレットさまは、もっとお淑やかな方を好みそうだわ……?!
後、レンザーレ公国?! 我が国がウステレシン朝になる時。前のコザンナドス朝が、他国がエルフの指導で実り豊かになれたなら、我が国もエルフからその知識を聞き出せば豊かになれると……。愚かにも、上からその知識を差し出すようにとエルフの村に通達し、怒ったエルフ達に倒された。
その時、当時のレンザーレ公爵家は唯一手厚くエルフを保護しており、エルフの怒りを免れた。そしてそのまま、公爵領は公国として独立を許された。
レンザーレ公爵領に手を出すなら、それもエルフへの敵対行動と通達されたためだとか……
いかに北の大国と言われたディクーナサル帝国といえど、エルフに守護された公爵家は手に余る。
そのため、レンザーレ公爵領は、ディクーナサル帝国により公国としての独立が許された国だったはず。
「我が国は、作物もそれなりに豊かに実るし、魔導具開発でそれなりに豊かだ。
病なら、この大陸から腕の良い医者や聖魔法使いを集めて治してみせる。
だから……」
少し体が離れ、片手を頬に添えられた。そして少し上向かされ、しっかり目を合わせると……
「どうか、断らないでほしい。レーテローゼ嬢、プロポーズを受けてほしい……」
顔は、これ以上赤くなれないくらい赤くなっていると思うわ。
心臓も、今までで一番どきどきとして、早い鼓動を打っている。
『レーテローゼは病ではないはずだ。どんなに腕の良い医者でも、レーテのどきどきは治せないよ』
『これは、父上の教育方針の弊害かなぁ。レーテは、まだだったのだね』
不意に、兄上達に病かもしれないと相談した時の言葉が脳裏に蘇った。
「お医者さまにも、治せない病……って……」
小さな声だったが、言葉が零れ落ちた。
闇の静寂に僅かに広がって消えるだけだったはずの言葉は、ソレットさまに拾い上げられる。
「医者に治せない? 医者に診察してもらわずに、何故そう……。いや、一つだけあるな。恋の病は、医者にも治せないと言うのだったか?」
かちりと、その時、色々な事が腑に落ちた。
そうか、そうだったのね。
私、初めて恋をしていたのね。
だからソレットさまを見ると、声を聞くと、ソレットさまの事を考えるとどきどきしたのね?
「ソレットさま、プロポーズ、お受けいたします」
私は、こうして素晴らしい婚約者を得る事ができたの。
結婚する前に、お淑やかな方が好みかと思ったと伝えた事があったんだけど。
「自分でもそう思っていた。
だが、レーテとグランドツアーをして、人らしい生き生きとした笑顔。明るい笑い声。
外を一緒に回れる喜び。
教養もしっかり身に付けていて、思慮深い一面も何度となく見て……
いつの間にか、デーティングするようになっていたよ」ですって。
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