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第五話：ドキドキはどうして？

　最近、体調がおかしいの……

　シュシェーナ王国は食《しょく》糧《りょう》が豊富だから、野《や》営《えい》の時も町や村の宿《やど》に泊《と》まっても、自国よりよい食べ物をたっぷり食べられているわ。

　野《や》営《えい》だって、エルフの護《ご》衛《えい》さんがコンテナハウスを無《イン》限《べ》収《ント》納《リ》から出して下さるの。設《せつ》備《び》が充実しているから、寒さや暑さも関係なく、夜はしっかり眠れているし……

　ああ、馬に乗っている時間が長いのは慣《な》れなくて、それはちょっと辛《つら》いかしら……

　それだって、エルフの女性が癒《い》やして下さるのよ。

　なのに、どうしてかしら？

　ソレットさまといると、どきどきする事がとっても多いの……

「お疲れさま。今日は移動が長かったから、疲れたんじゃないか？」

　そう仰《おっしゃ》り、馬から降りてよろめく体を支《ささ》えて下さるのだけれど……。頬《ほお》が……。顔が、ほんのり熱くなってしまうのは何《な》故《ぜ》？

　様子をみて、自覚がなくてもどこか悪いのなら、国へ帰った方が良いのかも知れない。なかなか治らない病なのに、無理にグランドツアーに付いて行ってご迷《めい》惑《わく》を掛けるのは避《さ》けないと。

「ありがとうございます、ソレットさま。長く馬に乗るのも、少し慣《な》れて来ました。大丈夫ですよ」

　そう答え、ソレットさまの支《ささ》えからそっと逃げ出す。

「ソレット、私の心配はしないの？」

「姉上は、途中からずっと私と相乗りしていらしたでしょう。一人で馬に跨《またが》るより、ずいぶん楽だった筈です」

　何だかんだ言いつつ、このご姉《し》弟《てい》は仲が良いわ。ふふ。エルフさんの聖魔法ほどではなくっても、お気遣いでジャジーラさまを癒《い》やして差し上げているのだもの。

「姉上より年下のレーテでさえ、まだしゃんと振る舞い、貴族らしくある」

　褒《ほ》めて頂《いただ》いて、かあっと一気に顔が赤くなる。やだやだ、どうして？！　思っているより、私、疲れているのかしら？

「あの……っ。私、思っているより疲れているみたいです。お風呂を済ませたら、もう休みますね。食事は不要です。

　兄達にその旨《むね》、伝えて来ますね！」

　お二人の顔を見ないように、たたっとその場を辞《じ》す。

　そして兄達と護《ご》衛《えい》さん達に先程と同じ事を言い、今夜の野《や》営《えい》地に出されたコンテナハウスへ入らせて頂《いただ》く。

　そして、簡単にお風呂を済ませ、早々にベッドへ……

　◇

　翌日以降は、なるべく兄様たちの背中に隠れて過ごすようにしてみたわ。

　どきどきする事は、それでもなくならなかったのだけど……。どうして？　やっぱり、何か病気なのかしら？

　不意にソレットさまと目が合った時。

　指先が触《ふ》れた時。

　微笑みかけられた時…………

　びっくりするくらいどきどきしたり、顔が赤くなったり……

　なのに、時に目でソレットさまを探していたり……

　私、どうしちゃったのかしら……

「レーテ？　そっちではないよ。行き過ぎだよ」

　声を掛けてからエスコートして下さると、温《ぬく》もりがとても安心できたり……

　やっぱり私、どこか変……

「シュシェーナ王国の服は、シンプルでありながら、洗《せん》練《れん》されたデザインが多いね」

「そうですね。戦《せん》闘《とう》で外《がい》套《とう》を駄《だ》目《め》にしましたが、これは買い替える価値があります」

「それに、国で買うより安い。輸入品の税が高いからだな……。既《き》製《せい》品《ひん》は、国で売られている半《はん》額《がく》より安いくらいだ」

「本当ね！　あら、これも素《す》敵《てき》！」

「とても軽くて、素材も柔《やわ》らかいな。流《さす》石《が》、シュシェーナ王国のダウンコートは良い品だ。

　姉上、レーテ。一着ずつ、気に入った外《がい》套《とう》を贈《おく》るよ。これは嵩《さか》張《ば》るが、この温かさと軽さは、女性の冬の外《がい》套《とう》に最適だろう」

「ソレットさま、こちらの裏地付きの革の外《がい》套《とう》もいいですよ。すっきり着こなせ、温かさもダウンコートと変わらない一(いっ)品《ぴん》ですよ」

「ああ、そうなのか？　……本当に、何て柔《やわ》らかい……。革なら、確かに温かいだろうね。

　ああ、そう言えば、柔《やわ》らかな革の外《がい》套《とう》といった服も、シュシェーナ王国は有名だったな」

　……何《な》故《ぜ》だかソレットさまに、外《がい》套《とう》を贈《おく》って頂《いただ》ける事になってしまった。兄様達、頂《いただ》いていいかしら？

　頂《いただ》きなさい。ジャジーラさまの物は、こちでお支払いするよ。

　兄様達と目で会話をし、外《がい》套《とう》を選ぶ。

　あ、これ！　素《す》敵《てき》！　淡い、明るい茶色のハーフコート。あら、フードの内側までファーが張ってあって、耳も温められるわね。

　……うーん……。気に入ったけど……。グランドツアー中に買って頂《いただ》くには、ちょっと高過ぎるわね……

　他の商品も見てみるけれど、あの外《がい》套《とう》より気に入る品は見付けられなかった。ジャジーラさまは、もうお決めになったみたい。あまりお待たせするも、良くないわね。

「これにしようかしら」

　もこもこしているのが、このダウンコートは可愛のだけれど。大人っぽい物に、ちょっと憧《あこが》れちゃう。

「おや？　気に入っていたのは、あちらのフード付きのハーフコートではないのか？」

　え？　み、見られていたのかしら？！　私ったら、そんなにあの外《がい》套《とう》を気にしていたのね。

「はい。私には、少し大人っぽ過ぎるかと……。こちらなら、歳《とし》相《そう》応《おう》の装《よそお》いになりそうです」

「ふむ……。どちらも似合うだろうが……

　分かった。どちらも贈《おく》るよ」

「あ、いえ、そんな……！　こちらだけで……！」

　我《わ》が家も貴族とはいえ、そこまで裕福ではない。お返しに、兄上達が頭を悩《なや》ませる姿が思い浮かぶわ。

　私もグランドツアーの仲間とはいえ、沢《たく》山《さん》買って頂《いただ》くのは気が引ける。

「何かを気にしてるのか？　私が贈《おく》りたいだけだから、気にする必要はない」

「で、でしたら、あちらのコートが良いです」

「分かった」

　初めて、食べる物以外を買って頂《いただ》く……。くすぐったいような、不思議な気持ち。それに、久しぶりにちゃんとお話したわ。

　どきどきは、今回も……。やっぱり私、どこか変だわ。

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