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異世界転生したら2.5次元ミュでハマった世界だったので推しに歌ってもらう事にした

作者: 凛蓮月

 

「エリィシャ・ラインバッハ公爵令嬢!貴様との婚約は破棄する!」


 皆様ごきげんよう。私の名前は先程目の前の男が叫んだ通り──らしいわ。


 らしい、というのも。

 その名前が自分のものであると自覚したのはたった今。

 なぜなら。

 少し前までの私には、別の名前があったのだから。


 婚約破棄という単語は一気に私の中を駆け巡り、前世の記憶を呼び起こした。


 前世、私は日本という国に住む女だった。

 2.5次元ミュージカルにハマる、ごく普通のOLだった。

 独り暮らしだったからあまり貢げなかったけど、自由に使えるお金分くらいは推しに貢いでいた。


 そんな私がハマっていたのはweb小説が原作で舞台化された「TRUE LOVE Destiny」、通称ラブデスとかいうやつ。

 まんま、「真実の愛」とか「運命の恋」とかそんな話。

 メインは不遇のヒロインが、婚約者のいる王太子と街で出逢い、紆余曲折を経て結ばれるとか、そんなよくある話。


 だけど。

 web小説では珍しくマルチエンディングで。


「王太子もいいけど騎士と結ばれる話を読みたい!」とか「悪役令嬢の弟とも!」とか「逆ハーエンド希望!」とか。

 作者様がそれをノリノリで書いて下さってあっという間にランキング一位を獲得。

 そしていつの間にか書籍化、コミカライズ化。

 さらに2.5次元ミュージカルにもなった。

 上演されたのは王太子編と騎士編。

 ほかは悪役令嬢の弟、学園の教師、暗部のボス、大商会の跡取りとかいたかな。

 誰がヒーローでも他のキャラの出番があったので、例え推しがヒーローじゃなくてもミュージカルを見に行っていた。


 逆にヒーローになるのはイコール、ヒロインとのラブシーンがあるわけで。

 だから推しがヒーローになるのは複雑ではあったけれど、そこはもう壁にでもなった気分で応援してたなぁ。


 ……と、話がそれたけど、私のいるらしい世界はまんまラブデスの世界で。


 目の前で私に婚約破棄を叫ぶ男は、ラブデスに出て来る王太子で。

 つまり私は王太子に婚約破棄を言い渡された婚約者で。


 ヲワタ\(^o^)/


 王太子に婚約破棄された令嬢の末路ってどんなだったけ?

 何か色々罪を捏造されて確か


「〜〜よって、貴様を国外追放とする!!」


 あっ、思い出した、国外追放だ。


 って。


 ヲワタ\(^o^)/


 てゆーか、どーせ記憶戻るなら婚約破棄の前にしてほしかった!!


 これ詰んだ。

 国外追放とか、どうやって生きて行けと言うのか。


 叫び出したい気持ちをぐっと堪え、私は精いっぱいのカーテシーを決める。


「慎んで、婚約破棄を受け入れます」


 その言葉に王太子は不満げな顔をした。

 ……なによ、あんたが破棄を言ったんじゃないよ。

 だいたい私の推しは王太子じゃない。

 目線を泳がせて辺りを見回す。


 ──いた。

 王太子の後ろ辺りで目を見開いている黒髪の騎士。


 国外追放だからあなたと結ばれる事は無いのが残念だわ。


 ふっ、と笑んで、私はその場を辞去する。



 泣かないわ。

 推しから嫌われたわけじゃないもの。

 王太子が何よ。

 婚約者を大事にしなくて浮気する奴とか世が世なら炎上して叩かれて謝罪会見ものだわよ!


 それより、今後の身の振り方を考えなくては。

 国外追放と言い渡されたけど、王太子の権限だけでは無理なはず。

 とりあえず自宅待機して、お父様に相談してみないと……。




「エリィ!王太子から婚約破棄されたって?」


 自宅に戻るとお父様が心配そうに駆け寄ってくる。情報早いな!


 あ〜〜、お父様は前世だとサブキャラの中で一番好きだったなぁ。

 エリィシャが出てくる話が、王太子編、エリィシャの弟編くらいしか無いんだけど、お父様は弟編くらいにしか出番が無い。

 2.5舞台になったのは王太子編と騎士編だけで、弟編はファンの間の二次創作でしか無かったなぁ。

 だから目の前にいる男性が自分のお父様だなんて信じられない。


「お父様……。申し訳ございません。公爵家の役目を果たせず……」


「何言ってるんだ!王太子が馬鹿なんだよ!うちの可愛いエリィシャのどこがいかんのだ!!あの目は飾りで頭は空っぽなんじゃないのか!?」


 憤怒の表情で王太子を悪しざまに言うお父様。

 その気持ちは嬉しいけど、言い過ぎでは。


 そう思ったら何だか力が抜けてきて。

 ふふふ、と笑ってしまった。



 ひとしきりふふふ、と笑って。

 気付けばお父様が心配そうに私を見ている。


「エリィ、辛かったね」


 ハンカチで私の頬を拭う。


 ──気付かなかった。

 私、泣いてたのね……。


「おいで。サロンでお茶にしよう。ああ、ジェラールも呼んでくれ」


「承知致しました」


 ジェラールとは私の弟だ。

 2つ違いで今日のパーティーにも出席していたはず。

 もう帰って来てるのかな?


「お呼びですか、父上」


 サロンにジェラールがやって来る。

 柔らかな蒼の髪、金の瞳。

 金髪碧眼じゃないのが惜しい。


「ジェラールも今日パーティーに行ってたんだろう?エリィの事知ってるかい?」


「ああ、バカ王太子がやらかしましたね」


 ………。

 姉の欲目としてジェラールは割と可愛い系の顔で。

 役者さんも可愛いが売りで、どちらかと言えば年上のお姉様方に貢がれるような子犬的役者さんだった気がするんだけど。

 そんなジェラールは目を座らせて顔を歪めて不快感を隠しもせず、私は思わず目が点になった。


「ああ、身内の証言だけじゃダメでしょうから第三者を連れてきてますよ。

 ベルトラン卿、どうぞ」


 呼ばれて入って来たのは黒髪の騎士。

 そう。

 王太子の後ろで目を見開いていた彼。私の推しキャラ。


 切れ長の瞳に赤い眼、薄い唇に引き締まった身体。

 ああ、やばいかっこいい。好き。黒髪最高、さいつよ。ほんっっっっと、好き。


 って、

 えっ。

 えっ?

 てゆうか、なぜ彼がここに?


「お初にお目にかかりますラインバッハ公爵殿。ギュスターヴ・ベルトランと申します」


「ご丁寧にどうも。……ジェラール、説明を」


 胸に拳を当て頭を下げたままのベルトラン卿を見ながら、お父様はジェラールに説明するよう促した。


「姉様が冤罪を着せられて国外追放を言い渡されましたが、冤罪は冤罪である事を彼が証明してくれます」


 そういえば忘れてた!

 いきなりの婚約破棄と推しの登場と前世を思い出した衝撃で吹っ飛んでたけど、国外追放を言われたんだった。


 ちらりとお父様を見やる。

 ふむ、と考えているみたいだった。


「国外追放、ね。王太子はよほど阿呆らしいな」


 にやりと笑うお父様だけど、まとう空気は憤怒のオーラが漂い出す。


「だいたい公衆の面前で婚約破棄とかするかよ普通、って言ってたんだけどなぁ」


 ぽそりと誰かがつぶやいた言葉はなぜか私の耳に残る。


「とにかく冤罪の内容を教えてもらおうか」


「はい。

 曰く、王太子殿下の愛する女性が、殿下の婚約者からすれ違い様に突き飛ばされたとか、教科書を破られたとか、噴水に突き飛ばされたとか」


 目が点再び。


「エリィ、身に覚えは?」


 あるわけないので首を横に振る。

 前世を思い出したあと、エリィシャの記憶も消えたわけではないので辿ってみるけど、当たり前のように記憶に無い。


「冤罪じゃないか!」


 だからそう言ってますお父様!


「ベルトラン卿、証言を感謝する。この事は陛下に進言しよう」


 お父様がベルトラン卿に頭を下げた。

 ベルトラン卿は


「いえ、お嬢様のお役に立てたなら幸いです。陛下の前での証言が必要なら呼んで下さい」


 うやうやしく一礼する推し。


 あー、そのポーズ、上演終わって最後に挨拶する時のポーズと一緒だー!


 いやあ、国外追放とか婚約破棄とか先は明るくないけど、生の推しの一礼を間近で見れるとかもう私多分きっと今お墓の中にいるわこれ。


 素晴らしい人生でした、ありがとう!


 〜Fin〜




「姉様?」


 はっ。


 ジェラールの言葉に我にかえる。

 あれから「お話しがあります」とジェラールに言われて私の部屋に来たんだったわ。


「ごめんなさい、何だったかしら?」


「落ち込む姉様を慰めに来たんですよ」


 うわぁ〜……優しい。

 さすが弟。姉のツボを心得てるわ。


「ありがとう、ジェラール。……ところで」


 ちらりとジェラールの横を見る。


 何食わぬ顔でカップを傾ける黒髪の君。


「なぜベルトラン卿までここに?」


 カップを口に付けたまま、ちらりとこちらを上目遣いに見やる推し。


 うへぇ、やばい。推しの上目遣いいただきましたーっ!!


「……右に同じく」


 て事は、推しが私を慰めに来たの?

 ふ〜〜んそっか〜〜、慰めに〜〜………て


 はっ?

 えっ?

 なぐ?

 えっ?


 ぽかんとする私に推しは言う。


「何か望みはあるか?」


 いや待て推しよ、私は公爵家令嬢、あなたは確か侯爵家三男。いや態度。えっ強引?マ?えっ本当は押し強い派?

 えっ、好き


「……じゃあ、歌を歌ってくださる?」


 あっ


 唐突過ぎかしら。


 でも、きょとんとした推しはやがて、ぶはっと笑う。

 いや待って何その笑顔私をどうする気?


「くっ、くくくく、分かったよ。……どんな歌が好みか?」


 好み?好みの歌。


 せっかくラブデスの世界に転生したんだ。

 どうせならラブデスの歌が良い。


 けど、推しの顔はしててもラブデスの歌は歌えないだろう。

 うーん、と考えた結果。


「じゃあ子守唄で」


「子守唄か。分かった」


 ごほん、と咳払いして「あー、あー」と喉の調子を確認する推し。

 いや何してもかっこいいな、好き。


 そして。




「ね〜んね〜ん〜ころ〜り〜よ〜おこ〜ろ〜り〜よ〜〜」




 なんでよ!?


 世界観に合わないわよ!?


 いや、待ってそこじゃなくて。


「「エリィ〜シャ〜は〜良い子〜だ〜ねんね〜し〜な〜〜」」


 頭の中で理解が追いつけないでいると、推しの隣にいるジェラールまでも歌い始める。



 は?

 え、は?


 やがて二人は見つめ合い。


「「何でその歌知ってんの!?」」


 互いにびっくりしていた。

 いや私が一番ビックリよ!




「つまり、貴方達二人は元は別の世界に生きていて、そちらで亡くなったからこの世界に産まれたと?」


 二人の話を聞いて、尋ねてみる。


「ああ。……多分飛行機事故だな。ものすごい重力を感じて意識を飛ばしてその後……。

 気付けばあんたが婚約破棄されてた」


「俺も一緒。コイツと一緒に事故に遭って、気付けば姉様が王太子から婚約破棄されてた」


 何とも信じ難いけど、信じるしかないんだよねぇ。だって。


「実は私も。婚約破棄されたと思ったら自分のじゃない記憶が蘇ってきたの」


 二人とも目を見開いた。


「じゃ、じゃあやっぱり」


「この世界って」


「「「TRUE LOVE Destiny」」」


 三人の声がハモる。


「やっぱりなー」


「でも知らない世界じゃなくて良かった」


 その言葉にハテナを浮かべる。


「2.5次元て分かる?俺ら、それのキャストだったの」


 えっ


「まんま役に転生とかあるんだなー。あ、俺前世は鷹之目昴(たかのめすばる)でした」


「役じゃないのに転生する方が難しいけどね。あ、俺は相沢咲也(あいざわしょうや)でした」


 知ってる。

 知ってるてか、知ってる。


 ラブデスのキャストさん。大人気2.5次元俳優。

 ラブデスだけじゃなくて色んな舞台に引っ張りだこで。

 それこそ主役張ったりする二人。


 転生してるって事は、つまり。


「……推しが……死んでたなんて……」


 かなりショッキングなニュースになったんじゃないだろうか。


 私はそのニュースを知らないからその前に死んでしまったんだろう。

 自分が死んだ時の記憶はまだ無い。


「まあ、転生してっから。今から死ななきゃいっかなー、なんて」


 推しの顔でニッコリ微笑まれると、不思議とそれもそうか、なんて気になる。


「そーそー。てゆうか姉様、推しってどっち?」


 ジェラールがずいっと身体を前のめりにして聞いてくる。


「えっ……と」


 ちらりと推しを見る。

 ぱちりと目が合った。


「〜〜〜〜分かってたけど!分かってたけどね!」


 弟にバレバレらしい。


「ファンサはいるか?」


「まだ死にたくないので遠慮します」


 間近でファンサとか浴びたら心臓止まる。

 せっかくご令嬢に転生したんだから人生満喫したい。


 ……あ。

 私、資金がたっぷりある公爵家令嬢に転生したのか。


 そして目の前には元2.5次元俳優二人。


 閃いた。




「私、2.5次元劇場を作るわ」


「「はっ?」」


「だって、せっかく2.5次元俳優が二人もいるのよ?利用しない手は無いわ」


 ぐっと拳を作る私をぽかんと見る二人。

 とはいえ二人とも別に仕事がある身。


「劇団ができたら、二人には指導をお願いします」


 我ながら良きアイデア。

 なんて思ってたんだけど。




 ホントに劇団ができて。

 二人が出演して。


 意外な人物が劇団に入団するのは、まだ先の話。




 なんだけど。


「あ、俺の役、王太子編だと王太子の婚約者の事が好きなんだよね。だからこれからあんたを口説いていくからよろしくな」


 へっ?


 ニッコリ笑う推し──もとい、ベルトラン卿。


 隣で顔を引きつらせる弟。



 えっ、


 えええええーーーーー!!?



 私は顔を真っ赤にするしかなかった。







 ♠◆♠◆♠◆


『────婚約は破棄する!』


 付き従う王太子が叫んだ瞬間、怒涛のように流れてきた記憶。


 王太子の先にいる令嬢は驚愕に目を見開いたが、俺はその令嬢を見て一瞬固まった。



 ──あの女性だ。


 漠然とした、だがそれは確信に近いもの。

 かつて俺が2.5次元俳優として生きていた頃にいつも何となく視界に入っていた女性。

 いつも俺の演じるキャラのペンラを振り、グッズも俺のキャラの物で身を固めていた。


 いれば何となく嬉しく、いないと何となくつまらない。

 いつしか舞台の上から。

 ファンサ中に。

 無意識に彼女を探している自分に気付く。


 その話を同じ舞台に立つ咲也には話していた。


「ヘマだけはするなよ〜」

 なんてからかわれていたけど。


 別に彼女と付き合うとか色恋とかは考えはしなかった。

 俺は俳優で、彼女だけが俺のファンじゃない。

 それは承知していた。



 けど。


 あの日。

 偶然同じ飛行機の中に彼女の姿を見つけて。



 そしたらもう、奥底から溢れてきて。




 けれど、その飛行機は事故に遭い。


 俺と咲也は──。

 多分彼女も。



 死を意識して、俺は願った。





『来世は彼女の側にいれたら』




 前世を思い出して改めて見渡せば俺の知る世界で。


 俺のキャラは彼女の弟と仲が良くて。


 ついでに言えば。


 王太子編での俺は、王太子に婚約破棄をされる公爵令嬢を密かに想う騎士役だった。

 その結末も原作者から裏話として聞いていた。


 それに気付き密かに歓喜した。




 だから。


「2.5次元劇場を作るわ」


 彼女がそう言った時、俺は彼女に協力しようと思った。


 これから時間はたっぷりある。

 ゆっくり俺を見てもらえばいい。



「あ、俺の役、王太子編だと王太子の婚約者の事が好きなんだよね。だからこれからあんたを口説いていくからよろしくな」


 ぽかんとした顔をして、みるみる赤くなる顔。

 ギュスターヴ・ベルトランの元々の感情か、鷹之目昴としての感情か。


(やっべぇ、めちゃくちゃ可愛い)



「協力するよな、ジェラール?」


 ニヤリと笑えばジェラールは顔をひきつらせた。





お読みいただきありがとうございました!

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