来た
「ヴァレさん、なんか来たぞ」
今一つ何をする気も起きなくてしばらくふさぎ込んでいたヴァレリアは、弟子の声にハッと顔を上げた。
「勇者か」
「わからない。今度は団体様だ」
窓から外を見てヴァレリアは細い眉を寄せた。
「これはまた随分と大掛かりに攻めてきたわね」
城の外に広がる荒野に軍勢が展開しつつあった。
「勇者さんが破った後、惑いの森の結界貼り直すのサボってたでしょう」
「凪の海に嵐のサーペントがいるから、滅多に森までたどり着ける奴いないし、後でいいかと思ったのよ」
「あの人はサーペントも退治してます。聞いてないんですか?」
「死の谷のドラゴンゾンビは?」
「退治したから城にたどり着いたんです」
「うまく避けて通ったのかと思ってた。よくあんな装備で勝てたな」
「魔王城攻略に必要な装備をくれる人が魔王城に住んでるクソ仕様だから仕方ないでしょう」
「なるほど」
ヴァレリアは城からかなり離れたところに布陣する軍勢を眺めた。
「ガーディアンが全滅してたから、あんなにゾロゾロとやってこれたのか」
「輜重や攻城兵器まで曵いてますよ」
「城攻めする気満々か。魔女目当てではなくて、魔王退治目的の奴らみたいね」
「旗刺し物の意匠や装備が、中央後方の一部だけ違います。あそこだけ別系統の組織のようですよ」
「やたらに白いな。教皇軍あたりが出張ってきてるんじゃないか?」
「勇者さんに神託出したとこですね」
「うへぇ、聖戦かぁ。面倒な」
宗教関係者が噛んでると、なかなか引かないし、話し合いに応じないから嫌だと魔女は呻いた。
「さしあたって、どうする」
「いきなり攻めかかってくる様子はなさそうです。城壁内の結界だけ確認して様子見してはどうでしょう」
「ドカンと一掃……は楽だけどこの場合、下策か。お前が嫌がるな」
「大量虐殺の片棒は担ぎたくないです。エドワードさんがあの中に居たら、なんのために助けたのかわからなくて寝覚めが悪いし」
ヴァレリアはむっつりと黙り込んだ。
その様子をちらりと見て、弟子は咳払いを一つした。
「じゃあ、気になるのでちょっと様子を見てきます。俺ならウロウロしててもそんなに目立たないですから。ヴァレさんは結界を確認して、城内のセキュリティ強化していてください」
憂鬱そうに生返事をしたヴァレリアに、弟子はもう一言何か言うべきか迷ったが、結局、「昼食は鍋のシチューの残りを食べてください」とだけ言って出かけた。
石造りの地下牢は静かだった。
天井付近に開いた僅かな明かり取りの隙間のおかげで、かろうじて物は見える。寝台と言えなくもないものもあるし、排泄物用の穴だって部屋の隅にある親切設計だ。鉄製の頑丈な扉が閉まっているので、プライバシーも保たれている。温度は低いし、じめじめしていたが、水牢ではないから耐えられる範囲だ。
エドワードは冷たい石壁に額を押し当てた。
「(やはり、彼の言うとおりに、どこかの辺境に行ったほうが良かったのだろうか)」
あまり歓迎されないであろうことは予想していたが、帰国を公開されないまま、秘密裏に監禁されるとは思っていなかった。
「ここで死ぬぐらいなら、彼女のもとで死にたかった……」
「惚れた女を思うのも結構ですが、生きることを考えてください。なにめそめそしてるんですか」
無愛想な声に、顔を上げて振り向けば、さっきまで誰もいなかった場所に、魔女の弟子が立っていた。
「まぁいいや。ここにいるならそれはそれで。当面、命の危険はないですね?」
怪我や病気はないか。いじめられていないか。腹は空いていないか。ちゃんと眠れるか。
母親のように細々と近況を確認した魔女の弟子は、ここにいれば巻き込まれないから、もうしばらくここに居ろと言った。
「ここに居るのが嫌なら、来たついでなんで出してあげてもいいですが、行く宛の目処はありますか。早いところ戻って応戦方法考えないと行けないんで、手短にお願いします」
「待て。応戦とは何事だ。魔女殿の身になにかあったのか」
「魔女狩りだか、魔王退治だか知りませんが、軍勢が来たんです。あなたが混ざってるかと思って確認しに来たんですが、ここに居るなら問題ありません」
エドワードは愕然とした。
聞けば、彼が攻略したルートを通って来て、かなりの大軍が城を囲んでいるらしい。
「俺のせいか」
戻って捉えられたとき、本当に魔女のところに行ったのかと疑われ、根掘り葉掘り聞き出された。城内でのことは約束通り何も話さなかったが、城に行くまでの試練については、何をどのようにしたか詳しく話してしまった。身の証を立てるためと思ってのことだったが、こうして捉えられたことを思えば、はなから相手は彼のことを利用しようとしただけだったのだろう。
「気にしないでください。なんとかします」
「そういうわけにはいかない!」
エドワードは魔女の弟子の腕を掴んだ。
「連れて行ってくれ。あの人の役に立ちたい」
青年は眉間にシワを寄せた。
「エドワードさん。あなた、悪しき魔女に誑かされて魔王の手先になったって罪状で投獄されているからって、うちに肩入れする必要ないんですよ」
「そんな風に処理されているのか。上等だ。魔女のために戦ってやろうじゃないか」
魔女の弟子はため息をついた。
「わかりました。そういうつもりなら止めません。一度手を離してください」
言われたとおり手を離すと、彼の姿がかき消えた。ギョッとして室内を見回すが、戸は閉まったままでなんの物音もなかった。これは謀られたかと思ったが、程なく彼は何事もなかったように、石像を伴って現れた。
石像は”サーバント”と呼ばれていたストーンゴーレムの一種らしい。魔女の弟子が命じるとまるで人間のように寝台に横になった。
「あなたの話のような警備状況なら、これでしばらくはなんとなくごまかせるでしょう」
彼は薄い毛布を拾って、丁寧に石像にかけた。確かにこの薄暗い地下牢なら、自分が寝ているように見えるだろう。食事や水もろくに与えられないし、見張りも来ないので、まずバレることはない。
「それじゃあ来てください。この世界の情勢や軍隊に詳しい人がいると正直助かります」
彼はエドワードのすぐ前に立った。
「夕食に食べたいものはありますか?」
その前に風呂と着替えか、と彼はエドワードの臭いに顔をしかめた。
「(なんだろう。彼にはずっと衣食と健康の心配をされている気がする)」
エドワードは無愛想で世話焼きな青年に「すまん。世話をかける」と謝った。
「いいですよ。その分、こき使ってあげます。覚悟してください」
魔女の弟子は口の端をわずかに上げて笑った。