帰してあげて
「ヴァレさん、勇者さん見かけませんでした?」
「なんだ貴様、久しぶりに顔を出したと思ったら藪から棒に」
「えっ?久しぶりって、そんなに間をあけてないでしょう」
「ひと月以上は経ってるぞ」
「ええっ、すみません」
魔女の弟子は、自分の不在期間を魔女から聞いて、転移の時間調整を間違えたかなどとブツブツ呟いた。どうやら想定外の留守だったらしい。
「その間、大丈夫でしたか?主に食事とか洗濯とか」
「お前なぁ。私がどれぐらい一人でここに住んでいると思っているんだ」
「だってサーバントはいないし、ヴァレさん、自分ひとりだとちょくちょく魔法でごまかして済ますじゃないですか。勇者さんはちゃんと毎食必要で服も体も洗わなきゃいけない普通の人なんですよ。まさか放置して餓死させたり、適当に外に放り出したりしてないでしょうね」
「お前、私をなんだと思っているんだ。大丈夫だ。その辺の雑事は交代でやっているし、別に文句は言われていない」
「良かった……って、まさか洗濯も交代でやっているんですか?」
「ああ。と言っても魔動洗濯機の使い方を教えたから、洗い終わった洗濯物を二人分分けるだけだけどな」
「あんた王子様に自分の下着洗わせてたんですか!?」
魔女の弟子は悲鳴を上げた。
「誰が王子様だって?」
「引っかかるのそこじゃないでしょう。まったく……。あの勇者さんは、れっきとした王族で元は王位継承権2位ぐらいのガチの王子様です。勇者に任命される前は、国の全騎士団のトップはってて、国民の信頼は絶大。エドワード殿下といえば文武両道で不正は許さず、真面目で真っ当な気性の正義の英雄というのが国元でのもっぱらの評価でした」
「調べに行ってたのか?」
「送り返すための買い物ついでに、ちょっと見聞きしてきただけです」
ヴァレリアは弟子の報告を聞いてため息をついた。
「疎まれて勇者にされたか」
「みたいですね」
魔王出現の神託が下ったので、国の一番の英雄が勇者として討伐の旅に出立……といえば聞こえはいいが、まずは試練を乗り越えて伝説の魔女に助力を仰げと、ろくな軍もつけず闇雲に単独で送り出したというのは、完全にただの放逐である。
「私がやってきた勇者に物をやったのは、最初の1回だけだからな」
「聖なる魔法剣をあげたんですって?」
「ひどい剣を持っていたから、ちょっと研いで、刃こぼれ防止と錆止め加工してやっただけだよ」
「なるほど。切れ味の衰えないただ一つの聖剣の出来上がりですね。それ、今は国宝です」
「大げさに騒がれて辟易したから、以後は全員手ひどく追い返した。無事じゃないやつも多かったろうから、一人で私に会いに行けというのは、死んでこいというのと同義だよ」
一般的には最初の英雄譚が有名だからそうでもないが、王族レベルで情報をもっていたら、各国が隠匿した失敗事例を知っていて当然だろうと魔女は厭世的な顔で言った。
「いっそ魔王を倒しちゃえばいいんじゃないですか?そうしたら魔王を倒したいから力を貸せとか言われなくなるでしょう」
「もうやった」
「え?」
「もうやったんだ」
ヴァレリアは不機嫌に繰り返した。
「魔王ならもう倒したし、何なら出現の原因になる魔力の歪みや不均衡は完全に制御下にある。この城は元々、魔王の居城で、地下工房で使っている変換炉は、本来は魔王を生み出す原因になる場の乱れから、エネルギーを抽出しているんだよ」
「へー。あれ、そのまんま地獄の釜だったんですね」
えらく高出力のエネルギー反応炉を使っているから、動力源は何かと不思議に思ってましたが、まさか魔王を薪にしていたとは!と弟子は何やら妙な納得の仕方をしていた。
「ということは、変動結節を出現させるレベルの時空変動のエネルギーを制御しているんですか。さすが師匠」
「お前や賢者と一緒にするな。私は時空そのものをどうこうするのは、そこまで得意じゃない。単に魔王が出現できるほど力が貯まる前に少しずつ無駄遣いしているだけだ」
「なるほど」
魔女の弟子は一つ頷いてから、一拍考えて首をひねった。
「あれ、だとすれば、なんで未だに勇者が出るんだ?要らないでしょう。魔王退治」
「まず神託なんていうのは嘘っぱちだというのが一つ」
ヴァレリアは、この世界は神界構造はないし、神と言える上位存在もいないと断言した。
「そしてもう一つは、私を魔王だと思って、箔付けに倒しに来る奴がいる」
「はぁ?」
各地に残る魔王伝承をたどるとこの地に魔王城があって魔王という邪悪で強大な存在がいるということがわかるらしい。
「実際、私が潰す前は居たからな」
「転居通知とか、死亡広告とか出しとくべきだったんじゃないですか?」
「えー、めんどい」
「また、この人は……」
「どちらにせよ、どこかのおっさんの古い日記や、廃村の記念碑、教会の日誌の断片なんかから探り当てて来るんだぞ。全部は訂正して回れん」
メジャーどころは消したが、それはそれで”消された”ということは隠匿したい何者かの意図があったのだろうという陰謀論の種になったらしい。
「厄介だなぁ」
「そういうのに限って軍勢を連れてきたりするし、好戦的で人の話を聞かないんだよ。まったく迷惑な話だ」
師弟は揃ってため息をついた。
「それなら今回のあの勇者さんは、割とマシな部類なんですね」
「そうだな。はじめに剣をやった奴に少し似ている。迷惑だと言ったらちゃんと謝ってくれたし。お詫びだかなんだか知らないが、あれこれ手伝ってくれるし」
魔女の弟子は嫌な予感がして、眉を寄せた。
「待ってください。掃除以外に彼に何を手伝わせたんですか?」
「ん?サーバントは足りないし、お前もいなかったから……」
素材や工具の運搬の類の力仕事に始まり、単純作業の手伝い、簡単な実験助手、試作品のテスター、エトセトラエトセトラと、魔女はちょっとどうかと思うほどの作業を、片っ端から勇者に手伝わせていた。
「力は強いし、頭もいいし、体力や根性もそこそこあるし、お前のように文句を言わないし、ちゃんと気遣いもできるし、なかなか使い勝手のいい男だぞ」
弟子は片手で顔を覆い天を仰いだ。
この調子だと、きっとこの魔女は、疲れて寝落ちしたときの世話なども全部何も考えずに丸投げしていたに違いない。見た目は立派な大人の女性なのに、彼女は一度気を許した相手には、そういうところでかなり判断が雑で無防備だということを、彼は身にしみて知っていた。
「ここに来たときは瀕死だった怪我人に何をやらせているんですか。さっさとサーバントを復旧させて、もう彼を開放してあげましょう。妖精王のところで薬をもらってきました。これで残りの重傷も全快させられます」
「なんだ、お前。妖精王のところにまで行ってきたのか。怪我なら回復魔法でもう直したぞ」
「……勇者の傷を治すのは、あなたは嫌かなと思ったから行ってきたんです。気にしないならもういいですよ」
弟子はあらためて勇者の居場所を魔女に尋ねた。
「さすがにこれ以上タダ働きさせるのは申し訳ないです。帰してあげましょう。帰還先の希望を聞いてきます」
「ふーん」
ヴァレリアはつまらなさそうに気のない返事をした。




