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一人暮らしで二人きり

「大味な男料理で悪いな」

「いいわよ。私も大雑把な性格だから」

魔女ヴァレリアは、とりあえず焼きました、という感じの肉と根菜を皿に取り分けて、ハードタイプのパンを千切った。

「はい」

4分の3ほどになったパンを渡すと、テーブルの向かいに座った男は、雑に千切り取られた跡を見て微妙な顔をした。

「魔女殿は、なんというか……」

「思っていたのと違う?」

男は目を逸らせて歯切れの悪い返事をした。


「そういう服装もするのだな」

カーキ色のズボンに頑丈そうなブーツを履き、ポケットの多いベストを着たヴァレリアは、1つにまとめた長い三編みを背中に払って、肉を挟んだパンに齧りついた。

「今日はこの後、工房で実験だから。いつものローブは着心地は楽でいいんだけど、裾や袖が邪魔くさくて」

男は「そうか」と相槌をうちはしたが、落ち着かない様子でチラチラと 彼女の様子を見ながら食事を始めた。


ヴァレリアは、実験に使う数値のメモから顔を上げて、大ぶりの陶器のカップをグッとあおった。

「何?」

騎士団の団員よりも動作が大雑把な魔女に、つい魅入ってしまっていた男は、彼女と目があって慌てた。

「あの、なんだ。その……俺は今日はどこを掃除すればいい?」

「いつもどおりでいいわよ」

「……今日は彼がいないのだが」

いつもは朝、男が起きると様子を見に来る魔女の弟子が、今日はまだ顔を見せていない。

「ああ。そういえば見てないな」

「仕掛け直した(セキュリティ)に引っかかるから、勝手にウロウロするなと言われている」

「妥当な指示だ」

ヴァレリアは困った顔をしている男をジロジロ見た。男は気まずそうに身動ぎして、1つ咳払いした。

「彼はどこで寝ているのだろうか?教えてもらえれば声をかけてくる」

「あれは住み込みの内弟子じゃない。湖の賢者のところから通ってきているから、お前では奴の部屋に行くのは無理だ」

「”湖の賢者”?このあたりに湖はないだろう」

「通称だよ。それに賢者の家はこの世界とは隔絶した別の層にある異界だから距離は関係ない」

「なんと!彼はそのような偉大な魔法使いの家のご子息なのか」

「あー……誤解があるな。賢者と奴に血縁はない。孤児や迷子というと語弊があるのかな。単なる居候というのが近いだろう。妖精王の紹介で引き取ったとかなんとか言ってた気がする。私も詳しくは知らないがアレも色々と面倒な経緯持ちらしい」

だが、根っからの平民だから身分だのの感覚は奴にはないぞ。とヴァレリアは男に忠告した。


「お前、どこかの王侯貴族か何かの出だろう。人を上下に分類して扱うのが当たり前で生きてきた人間の立ち居振る舞いをしている。あいにく私もあの坊やもそういう面倒な人間関係には疎いから、無礼だなんだと腹をたてたり、行儀が悪いと幻滅するなよ」

ヴァレリアは皮肉な笑みを浮かべた。男は彼女の物言いにムッとしたのか、不快そうに眉を寄せた。

「そんなことはしない。今の俺は貴女への狼藉を償う罪人にすぎない。身分をカサにきるなどというみっともない真似ができるか」

「でも、私が身分のある女らしくないと思って見ていただろう」

彼女は頬杖をついて、ニヤリと笑った。

「いや、それは……そのう……すまん。貴女の行動を批難する気はないんだ。だが、貴女はその……とても美しい女性だから、そういう服装で荒っぽい動きをされると、そのう……目のやり場に困るというか、なんというか……」

「んんん?」

ヴァレリアは眉を寄せた。

男の視線がツッと彼女の大きくV字に開いたベスト胸元に下がった。

「なんだ。胸が気になるのか。大丈夫、胸当てはちゃんとつけている」

彼女はベストのボタンを外した。

「ほら。着てるぞ。これはレースも付いてるし、”見られても恥ずかしくない奴”だとうちの弟子が見立てた代物だから、男の目から見ても変じゃないだろう」

男は目の前の絶景に卒倒するかと思った。彼は気力を振り絞って、努めて冷静な声を出した。

「魔女殿……どうか気を悪くしないでいただきたいのだが、彼が貴女に見立てたものを、他の男に見せるのは良くないのではないだろうか」

「そうか。奴のセンスは独特だからな。ここ基準ではやはり変か」

私もこの手の胸当ては付けたことがなかったから、どうかとは思っていたのだが、と彼女は思案し始めた。

「よし。外そう」

「脱がなくていい!!」

男は必死で無頓着すぎる魔女を止めた。




「魔女殿はずっとここで一人で暮らしているのか」

暇なら弟子の代わりに手伝えと言われて、男はやたらと重い荷物を持たされて、魔女の後について城の廊下を歩いていた。

「そうだな。余所に出かけることもあるが基本はここに住んでいる」

「もっと街や村に近いところに住もうとは思わないのか?」

「それができると多少は便利だろうが、無理だからな」

「なぜ」

魔女は振り返らず、軽く肩をすくめてみせた。

「田舎の人間は魔女を恐れるし、街の人間は魔女を利用しようとする。ついでに居場所が広まると、王や貴族が私に首輪を付けて檻で飼おうとやってくる」

「貴女に首輪を付けて檻で飼いたいなどとは……」

男はついその光景を想像してしまって、不覚にも言葉に詰まった。

「ああ、もちろん言葉の綾だよ。あんたがそうしたがってる変態だと思っているわけじゃないから怒らないで」

「そ、そうか。……良かった」

男は内心でこっそり胸をなでおろした。


先を歩く魔女は淡々と語った。

「私目当てでなくても、私の所有する魔導書やマジックアイテムを狙ってくる盗賊はいるし、だからといって自分が日常で使いたいものをどこかにしまい込むのも癪だからね。結局、誰にも迷惑をかけず、かけられずに気ままに生きるには、こういう辺境に籠もるのが一番なのさ」

「……だが、それでは寂しくはないか?」

男は彼女のほっそりした首筋と薄い肩を見下ろした。女らしい曲線を描くなめらかな白いそれは、とても頼りなく儚げに見えた。

「慣れたよ」

彼女は階段を降りた先の扉を開けた。

「それにこれくらい辺境だと、気兼ねなく実験できる」

そこには魔女ヴァレリアの広大な地下工房が広がっていた。

弟子の事情は別連載の長編「家に帰るまでが冒険です」参照。

彼は元々、日本の高校生です。


トップページのタイトル上のシリーズのリンクから飛べると思います。


時系列上はこの話は9章後に相当。

(「閑話: ミルクと砂糖は追加でご自由に」と小話の間)

ブラを買いに行く話は8章ー9章間の閑話。

……彼の名誉のために補足しますが、一応、真っ当な服装をしてもらおうと精一杯頑張った結果です。



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