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帰れません

目が覚めると、どこか知らない部屋の寝台の上だった。

鎧を着ていないことにハッとして飛び起きる。鎧と長剣は見当たらないが、短剣とベルトはサイドテーブルに置いてあったのですぐに掴み取った。身につけようとして、男は自分が下履き一枚なのに気づいた。

脱がされたのは治療のためだろうか。大きな傷は手当され、小さな傷はどういうわけか治っている。傷が治るほど寝ていたようにも思えないので、高価な治療薬を使ってもらえたのかもしれない。

気を失っている間に魔女の家を放り出されて、どこに捨てられたのかは知らないが、匿って治療してくれたこの家の主には篤く礼をしなければと、男は思った。

狭い寝室を出て、明かりのついた部屋を覗くと、そこには軽食の用意がされていた。あたりに人の気配はない。

男は猛烈な飢えと渇きを自覚した。

思わず食事に手を付けようとしたとき、背後から声をかけられた。

「目が覚めたのか。なら、片付けを手伝ってくれ」

驚いて振り向くと、そこには魔女の弟子がいた。

「お前、色々と壊しすぎだ。掃除は嫌いじゃないが、サーバントが全滅しているせいで仕事が多すぎる。おかげで自分の勉強の時間が取れない」

「す、すまない」

仏頂面の弟子はモップと工具箱のようなものをもっている。

”壊した”と責められているのは、城内で攻略した試練の罠やモンスターのことだろうかと、男は困惑した。

「もっと上手い攻略法があったのかもしれないが、つい力押しで最短ルートを選んでしまった。試練は不合格だったということだろうか?」

男の言葉に、魔女の弟子は深々とため息をついた。

「どういう誤解をしているのか知らないが、うちの城をゲームのアトラクションみたいに言うのやめてくれないか。見た目や立地はちょっと普通じゃないけれど、ここは一人住まいの女性の自宅で、あんたはそこに押し入って扉やら壁やらを破壊しまくって、自室でくつろいでいた女性を襲った強姦魔の強盗だと自覚してくれ」

「な……!」

散々な言われように、誇り高い男は声を失った。

「あー、考えたら腹立ってきたな。かまわずに捨ててこれば良かった」

魔女の弟子はぼやきながら、モップと工具箱を片付けはじめた。


じっと立ち尽くしていた男は、目の前の黒髪の青年に、おずおずと問いかけた。

「俺はもしかするととんでもない無礼を働いてしまったのだろうか」

「もしかしなくても無礼で迷惑だよ。あんた一般女性……そうだな、学校の女教師や薬屋のお姉さんの自宅に扉を叩き割って入って、力ずくで押し倒して金目のものを出せって言ってる男をどう思う?」

「……最低な犯罪者だな」

男は蒼白になって、床に膝をつき頭を下げた。

「すまん!この罪は必ず償う。俺はあまりに身勝手だった。魔女殿にも改めて非礼を謝罪する。取り次いで貰えないだろうか」

この男が本来、高潔な人物であることがうかがえる真摯な態度だった。それでも魔女の弟子は眉を寄せた。

「頼む。このとおりだ」

男はもう一段深く頭を下げた。

「あー……ズボン履いてからな」

自分が下履き一枚で裸も同然な姿であることに気づいて、男は赤面した。しかもそのタイミングで腹が大きくぐぅと鳴った。

「それと飯もか。ほんとに手間がかかるなぁ」

魔女の弟子は文句を言いながら、それでも男に温かい粥と清潔な服を世話してくれた。




「なんでこいつがまだいるの」

廊下でばったり勇者に出くわした魔女は不愉快そうに弟子を問い詰めた。

「反省したそうなので掃除と片付けを手伝わせています」

その声に振り返った勇者は、すぐに石の床に跪いて詫びた。

「申し訳ない!貴女には大変な無礼を働き迷惑をかけてしまった。償いとしてできることはやらせてほしい」

英雄と呼ばれるのがふさわしい体格で、どこかの国の騎士団長か将軍の職でも務めていそうな風格のある男が、誠意を持ってそうして謝罪する姿は、絵になった。……携えているのがモップと箒で、頭にホコリよけの三角巾を巻いていなければ。

魔女はなんとも言えない顔で、清掃夫のような姿の勇者を見下ろした。

「そんなのはサーバントにやらせるから、やらなくていい」

「でも、師匠。サーバントはみんなこの人が壊しちゃいましたよ」

「なにぃ!?」

「あれ造るのってたしか結構面倒でしたよね」

「ガワはともかく、機能の設定と学習に手間がかかる。……しかも全部だと?何体いたと思っているんだ」

「すまん」

「セキュリティ設定で、緊急時は全員で侵入者の撃退にあたるようにしてたんじゃないですか?厨房の当番まで総出だったみたいで、全滅してます」

弟子の報告を聞いて、魔女は思わず呻いた。

「うちの料理長が……」

「すまん。やけに弱いのが混ざっていると思ったら非戦闘職もいたのか」

そういえば包丁っぽい武器を持っていた個体もいた気がする。……あの時は床に油を撒かれて苦戦した、と勇者は遠い目をした。


「そういうわけなんで食事はしばらく俺が用意します。食べるときは声かけてください」

弟子の申し出に魔女は頭を振った。

「いや、自分の食事ぐらいは自分で用意する。お前は自分の勉強をしろ」

「でもどうせこの人のご飯を作らなきゃいけないんで」

「さっさと捨ててこい!」

「すまん!本当に申し訳ない」

城の廊下に魔女と勇者の声が響いた。




結局、食事は当番制となった。

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