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二度と来るな

魔女が杖を降ると、王子の手から勝手に剣が飛び出し宙に浮かんだ。

再び転んだ王子に、魔女は欠片も注意を払わなかった。彼女がさらに杖を降ると、剣についた泥はシミひとつ残さず綺麗になくなった。剣は魔女の前に引き寄せられるように移動すると、刀身から白い輝きを放ち始めた。

「この剣を取りなさい」

魔女は、背後に立っていた白銀の翼騎士にそう告げた。白銀の翼騎士が剣を手に取ると、剣は騎士の体格に見合うように大きくなり、刀身の輝きは強くなった。

「アレを斬って。あなたならできるわ」

魔女が杖で騎士に触れると、騎士の体がほのかに輝き、翼から細かな銀光がこぼれた。

騎士は台座を蹴って飛び立つと、魔王に向かって真っ直ぐに飛んだ。


魔王は飛来する翼ある騎士を警戒したのか、大きく一歩後ずさり、マントを自分の前にかざした。騎士が聖剣を薙ぐと、巨大なマントはザックリと断ち割られ、切り口から霞のように崩れた。

騎士は飛ぶ勢いを緩めず、再び剣を構え、魔王に向かって突っ込んだ。魔王の周囲で風が渦を巻いて騎士の勢いを削いだが、完全に止めることはできなかった。騎士はかざされた魔王の巨大な腕を、聖剣で断ち切った、


切り落とされた腕が大地に落ちる。

それはマントと同じように端から順に黒い靄となって消えていった。

魔王のおぞましい叫び声が響き渡った。

白銀の翼騎士は怯まずに容赦なく魔王を、切り刻んだ。


魔女は、小声で呪文を紡ぎながら長杖をゆらゆらと複雑に動かした。魔王の頭上に巨大な魔法陣が現れて、淡く明滅した。

魔王が煩わしげに腕を振ると魔法陣はかき消え、魔女は苦しげに呻いた。彼女は憎々しげに魔王を睨み据えながら、再び長い呪文を紡ぎ始めた。白銀の翼騎士が魔王の残った方の腕も切り落とした。

魔王は苦悶の叫びとともに身をよじり、千切れたマントがぐるりとその腕のない体に巻き付いた。

巨大な魔法陣が再びその頭上で輝き始め、今度は明滅することなく輝きを増した。

天を仰ぐ魔王の頭上では、黒雲が激しく渦巻き、電光が不吉に瞬いていた。


「今よ!」

魔女が叫ぶと、白銀の翼騎士は聖剣を魔王の胸に突き立てた。

魔法陣が強く光り、魔王に向かって降下した。

「魔王が……溶ける……」

泥の中から魔王の巨体を見上げていた兵士の口から呟きが漏れた。

魔王の体は魔法陣に焼かれたかのように、ドロドロと溶け出し、のっぺりとした頭部も肩も何もかもひとかたまりになって崩れだした。

魔王の周囲から細い光が幾筋も断続的に立ち上がり、空に吸われていった。光は次第に数を増し、魔法陣が魔王だった黒い塊に触れるほど下がったとき、一本の太い光の柱となった。

耳をつんざく雷鳴とともに雷槌が落ちた。

激しい閃光が収まったとき、光の柱は細く収束して消え、空を覆っていた黒雲は穴が空いたように中心から吹き払われ、ぽっかりと青空が覗いていた。

魔王がいたところには何も残っていなかった。




長く息を吐き、杖をおろした魔女は振り返って、兵達を見下ろした。

「魔王は異界に封じた。速やかに去り、二度とこの地を訪れるな」

王子付きの偉い閣僚らしき一人がハッとして敬礼した。

「伝説に名高い北の魔女殿とお見受けいたします。この度は魔王討伐へのご助力誠にありがとうございました。よろしければ我が国へお越しいただけないでしょうか。ささやかながら歓迎の宴を設けさせていただきますし、是非、国王陛下からも……」

「やめてくれ。王城での歓待など煩わしい。そもそも、そなたらが来て余計なことをしたせいであんなものが現れることになったのだ。謝罪はしてもらいたいが正直それすらも迷惑だ」

魔女は取り付く島もない尊大な態度で、邪魔っけなものを追い払う仕草をした。

彼女は眩しそうに青空を見上げて、上空にいる白翼に手を振った。

「おーい。終わったぞ。帰ろう」

「あの者はいったい?」

おそるおそる尋ねた近衛に、魔女は見惚れるような微笑みを浮かべて答えた。

「最後の勇者だ。私を守ってくれる」

彼がいれば、他はいらない。

そう言って、魔女は重ねて「帰れ。二度と来るな」と冷たく命じた。

旋回していた白翼がゆっくりと降りてきて、魔女はそちらに向かって柔らかな微笑みを浮かべて手を差し伸べた。


「……ふざけるな」


近衛兵に助け起こされていた王子は、侮辱された怒りに震えながらその腰の細剣を奪うと、無防備な魔女の背に向かって投げつけた。


このような結末があっていいはずがない。

勇者と讃えられるべきは私以外にありえない。

これは邪悪な魔女だ。良き魔女ならば勇者である私に力を授けて傅いて然るべきだ。それがわからぬと言うならば、討ち滅ぼさねばならない悪だ。

そうだ。これは討伐すべき敵なのだ。この一撃は世界を救う偉業であり正義なのだ。


剣は深々と魔女の華奢な身体を貫き、彼女の胸元からその切っ先が突き出した。

舞い降りた白銀の翼騎士の鎧に鮮血が散り、魔女の身体は騎士の腕の中に崩れ落ちた。

次回、最終回(19時更新)

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