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いってらっしゃい

「そう簡単には引いてくれないか」

翌朝も魔王討伐軍は撤退せずに、最初の位置に陣取っていた。

「中央が無傷では引かんよ」

「やっぱり魔王の出番じゃない?」

「俺、顔が地味なんであまり魔王っぽくなりそうにないんですけど……髪の毛逆立てたりしたほうがいいですかね」

魔女の弟子は、黒くて短い髪の先を両手で摘んで、猫の耳のように立ててみせた。

「あまり効果的ではないな」

「うーん。マントでも着ればそれっぽいかな」

エドワードとヴァレリアは、可哀想な子供を見る目つきで弟子を見た。

「このマントは一応、魔王の格好をしていた変人のおっさんからもらった品なので、魔王のマントと言えなくもないんですよ」

弟子はどこからともなく黒いマントを取り出して羽織った。大きな襟の付いたマントは風もないのにひらひらとカッコよくたなびいていたが、部屋着姿の弟子はまったく魔王には見えなかった。

「お前の交友関係はどうなっているんだ」

「大丈夫。そのおっさんとは交友してないです」

妖精王に気軽に会いに行き、賢者のところに居候しているという魔女の弟子は、自分の現在の交友関係で変な奴は一人しかいないと真顔で断言した。

エドワードとヴァレリアは自分がその一人だったら、とてつもなく嫌だと思った。



「ニセ魔王の狂言をどうするかはともかく、まずはエドさん、出撃お願いします」

「わかった。昨日と同様にでてくるのを叩いて、あとはタイミングをみて打ち合わせの要領で、だな」

「鎧と騎馬はあなたの動きのパターンをフィードバックさせて調整しておいたわ。昨日より動きやすいはずよ」

ヴァレリアはエドワードの前に立つと、彼に少しかがむように言った。

「なんだ?」

戸惑いながら、いくばくかの期待に緊張しつつ、彼女に顔を寄せるようにかがんだエドワードに、ヴァレリアは金属製の細い額冠をはめた。

「これは?」

「位置情報センサーと網膜投写式拡張現実モニター兼通信端末……と言ってもわからないか。サポート用の魔道具よ。戦場であなただけに見える魔法の光で、文字や線が見えるようになる」

エドワードの顔の両脇に手を添えたまま、ヴァレリアは真剣な表情で額冠を調整した。

エドワードはヴァレリアも似た意匠の額冠をしているのに気がついた。

「これをつけていれば、離れていても私の思いや声があなたに届くわ」

「わかった。けして外さない」

エドワードは顔に添えられていたヴァレリアの手を握ると、力強くうなずいた。

「あなたの思いとともにあれるなら、今日の俺は無敵だ」

「あ……うう…うん?そう」

挙動がおかしくなった魔女は、ぎこちなくうなずき返すと、猛烈にバツが悪そうな顔で弟子の方にちらりと視線を振った。

部屋の端にある大きな楕円形のシルエットの白い椅子に座ろうとしていた弟子は、面倒くさそうに眉を寄せた。

「エドさん、申し訳ないですけど、その額冠の魔法は俺が中継して制御するんで、よろしくお願いします」

「なんだ。そうなのか」

エドワードは無敵じゃなくなった顔をした。

「赤は危険、黄色は注意、緑と青は安全の意味ですから覚えておいてください」

無愛想な青年は、卵か虫の繭を大きくして斜めに切ったような形の椅子に深々と腰を掛けた。

「エドさんが一人で無敵になる必要はないです。ヴァレさんと俺でここから全力でサポートします」

「安心して。でも、気をつけて」

ヴァレリアはエドワードを見上げた。

「いってらっしゃい」


ここで彼女の名を呼んで、口付けの一つもできたなら!

エドワードは一瞬、内心で凄まじい葛藤をしたが、万が一ここで彼女の怒りをかって半殺しにされると、今日の作戦がご破算になるので、騎士らしく相手の手に唇を軽く落とすだけにして、黙って出撃した。




エドワードが出ていったあとで、ヴァレリアはたまらず赤くなった顔を覆い、その手に口付けされたことを思い出して、もう一周身悶えた。

「さすがやることが王子」

「うるさい。しゃべんな」

「ヴァレさんでも、ああいうの効くんですか」

「こっち見んな!」

「額冠つけたままで思念乱さないでくださいよ。色々、心の声がダダ漏れになってますよ」

「ぜっったいに中継すんなぁっ!!」

「冗談です。師匠の魔法制御はいつもどおり完璧です……敵軍が動きます。泥魔人(マッドデーモン)スタンバイお願いします」

ヴァレリアは、度し難い弟子を睨みつけると、思考を切り替えて、愛用の長杖を取り出した。





「出ました!黒太子です」

物見の声に、魔王討伐軍の総司令である大国の王子は、立ち上がった。

「十分に引き付けてから、絶え間なく攻撃を仕掛けろ。どれほど強くとも、しょせん奴は一人だ」

泥兵は弱く、数人でかかれば容易く突破できる。昨夜のうちに、工兵隊に背後の森から丸太を調達させた。足元を固めさせて、左右から背後に回って囲めば、ひとたまりもないだろう。

昨日の戦闘で、奴は斬りかかられば避けていたし、弓や攻撃魔法も防いでいた。逆に言えば、それらの攻撃が当たれば、傷つくということだ。部隊を丸ごと消し去るような大規模な魔法を使い始めたのは、こちらの攻撃が緩み、相手に余裕ができたときだった。休む間も与えず、攻撃し続ければ、必ず奴とても隙を晒し、無様に地に落ちるに決まっている。

これだけの軍を出して、たった一騎にやられて帰ったなどと、許されようはずもない。


「かかれ!」

大国の王子は、聖剣を抜き放ち号令した。妹を嫁にやった隣国から無理やり供出させた宝具の剣は、けして衰えぬ永遠の輝きを放ちきらめいた。

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