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歪であるが故に

「お疲れさまー」

魔女の弟子は、エドワードにホカホカ湯気の立つ白い手拭いを渡した。厚手だが軽くて柔らかい布は、風呂上がりなどに彼が用意してくれるものと同じでとても肌触りが良かった。

「(王の長子として傅かれていたときより、彼に世話を焼かれているときの方が快適なのは不条理だな)」

顔や首筋を拭いて、ホッと息をついたエドワードを見て、魔女の弟子は「おっさんくさい」と笑った。


「それにしてもさすがは伝説の魔女殿だ。凄まじい魔法だな」

「あなたこそさすがですよ。大軍相手によく単騎であれだけやれるものです。正直ヒヤヒヤしました」

弟子はエドワードが黒い鎧と鎧下を脱ぐのを手伝い、背中の汗を拭いてくれた。戦う姿を見て感心でもしてくれたのか、敬語が多少戻っている。

「魔法の盾で守ってもらっていたからな。アレには何度も助けられた。どこからどうやって見ているのかわからんが、完璧なタイミングで守ってくれるので心強かったぞ」

エドワードは魔女の魔法の素晴らしさを褒め称えた。

「お役に立てたなら何よりです。実は何度か手際の悪いところがあったんですが、見逃していただけたのならご厚意に甘えておきます」

日頃は無表情な魔女の弟子が、少しはにかむようにしてうつむいたのを見て、エドワードは怪訝そうな顔をした。

「なぜ君が照れる」

「あ、えーっと?……すみません。氷の盾作ってたの俺です」

エドワードがよほど変な顔をしたのだろう。彼は申し訳無さそうに、飲み物が入ったカップを差し出した。


「ヴァレさんは泥魔人(マッドデーモン)の作成と制御とかで忙しかったんですよ。なんか期待を裏切ったみたいですね。ごめんなさい」

美人の作だと思っていたものが、むさい野郎が作ってたと知ったときのガッカリ感はわかりますと言って、魔女の弟子は謝った。

「基本的に今回は単発で発動する魔法は、俺が担当です」

魔女ヴァレリアは幻覚や魔道具、ゴーレムなどの作成には長けているが、高速で移動する対象や戦闘に関する魔法と転移は弟子の彼の方が得意だという。


「では、あの1部隊を丸ごと消す魔法も君が?」

「はい」

魔女の弟子はこともなげに肯定した。

「消したんじゃなくて、他所に移動させただけですよ。今頃はとばされた先で、うちに帰る相談でもしてるでしょう。農民兵だと説明されていた部隊はそれぞれ出身国の適当に広そうなところに送りましたから」

「各国の広そうなところって……」

「昨日、説明してもらったところを、地形図を頼りに一通り回って、大人数が現れても大丈夫そうな場所を確認してきました」

エドワードは言葉が出なかった。彼には、世界を一晩で周る方法が皆目検討つかなかった。


「そうそう。厄介そうだと言われていた奴らは、ちゃんと人里ではなく、凪の海手前の塩の湖に放り出しましたよ。本隊が撤退するときに拾われるまで、しばらくはあの辺りの無人の野を彷徨っているでしょう」

エドワードは塩の湖の光景を思い出した。戦場から身一つであそこに飛ばされて、輜重隊の物資なしというのは、かなりの地獄ではないだろうか。

そこのところをわかっているのかいないのか、青年の表情からは何も読み取れなかった。

彼はいつもどおりのフラットな口調で続けた。

「わかりやすく合図してくださって、ありがとうございます。ただ、あれでは隙が大きくなるでしょう。エドさんの行動は鎧と馬を常時モニターしながら、上空の監視機器と周辺警戒用の小型空中偵察機で把握してるので、もっと小さな合図でもいけますよ。食事のあとで打ち合わせしておきましょう」

「打ち合わせは構わんが……俺は、貴殿の説明の半分も理解できる気がしない」

魔女の弟子は、困惑しているエドワードと同じぐらい困った顔をした。

「あー、えー……技術用語はできるだけわかりやすく簡潔に説明するよう努力します。なので”貴殿”とか仰々しい呼び方で呼ばなくていいですよ」

「だが、そのう……君は相当偉大な魔法使いなのではないか?」

魔女の弟子は首を傾げた。

「与えられた凄い技術を多少使えるだけですよ。それと身分や人格の品位は別なので、気にしないでください。俺は身分的には何もないし、人格も褒められたものではない。魔術も修行中の未熟者なので、英雄のあなたから敬意をいただくと、なにか重篤な詐欺を働いている気分になります」

「そうか」

エドワードは英雄と呼ばれて居心地の悪い感じがし、これと同じかと納得した。


「ヴァレさん相手のときも敬意の加減には気をつけてあげてくださいね」

あの人がえげつない魔法を使っても、それを理由に急によそよそしい態度とか取っちゃだめですよと、魔女の弟子は声をひそめた。

彼女は”魔女”として白眼視されて生きざるを得なかったけれど、おそらくそれ故に、普通の家庭環境や人間関係にあこがれているフシがある。あれでかなり乙女チックなところがあるのだと、彼は嘆息した。

特別な身分に生まれ、歪な環境で育って、家族の愛情に恵まれなかったエドワードは、なんとなくその気持ちはわかる気がした。彼の場合は軍の仲間や上官、そして後には部下がいたが、この荒涼とした地に一人住まう魔女は、より孤独だったに違いない。


「生理的に嫌いな奴になれなれしくされるのは鳥肌が立つくらい苦手なんだそうですが、そうでない相手なら、普通に接してもらえるのは好きみたいですよ」

年格好からいうと、自分ではどうにも格が足らないので、子供扱いされて対等な関係にはなれないのだが、エドワードならもしかすると彼女がこっそりあこがれている”対等”で”普通”の大人同士の人間関係という奴を成立させられるかもしれない。そう彼は言った。

言われてみると魔女は彼のことを、時々、坊主だの坊やだのと呼んでいた気がする。あれが愛情ではなくまるっきりの子供扱いのせいなら、なるほど対等な大人の関係は難しいだろう。

エドワードはあらためて、魔女の弟子であるこの青年をよく見てみた。年下だとは思っていたが、見直してみれば雰囲気や言動で感じていたよりもかなり若そうだ。彼自身にとって魔女は、自分とは釣り合わない年齢の相当年上の女性という認識らしい。

ホッとしたエドワードは、そこで初めて自分が勝手に彼を嫉妬深い恋敵認定していたことに気がついた。

なんのことはない。この無愛想で変わり者だが親切な青年に、一方的に嫉妬していたのは自分だったのだ。一度気がつくと、己のこれまでの発想がとてもあさましくて滑稽で、とてつもなく恥ずかしかった。


深く恥じ入ると同時に自分の本音に気づいたエドワードの内心を知ってか知らずか、師匠思いの弟子は黙りこくった彼に提案した。

「今度、機会があったら、師匠のことを”魔女殿”じゃなくて”ヴァレリア”って呼んでみてあげてください」

半殺しにされるか喜ばれるかの二つに一つです。

どこまで本気かわからない冗談を言って、魔女の弟子はエドワードにいつぞやの妖精の薬を渡した。


エドワードは黙ってそれを受け取った。

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