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お帰りください

「魔女よ!我に力を!!」


重厚な大扉を勢いよく押し開いて入ってくるなり、その男は叫んだ。

「お断りします」

魔女ヴァレリアは、寝椅子(カウチ)にだらしなく身を横たえて、片頬杖をついたまま、面倒くさそうに断った。


彼女は妖艶な美女で、艶やかな黒髪は夜の河のように流れ落ち、その白い肌を浮き立たせていた。漆黒のローブは、その女性らしい体のラインを強調しこそすれ、隠す役には全くたっておらず、胸元などは臍近くまで大きくV字に開いている。細くくびれたウエストから滑らかな丸みを帯びて張り出した腰から太ももにかけて、ぴったりと沿ったローブの裾には、深いスリットが入っていて、闇夜色に細く開いた隙間から白い脚が覗いていた。


男は、魔女の姿を見て息をのみ、その回答に一瞬怯んだ。しかし彼はぐっと腹に力を入れて、気圧されそうになった自分を建て直した。

「なぜだ!?俺はすべての試練を乗り越えてここにやって来たんだぞ。魔王討伐のための力をくれ」

試練を越えてきたというだけあって、男の身に付けた装備はボロボロで、本人も満身創痍といった様子だったが、それでもその逞しい身体は力にあふれ、声には張りがあった。


魔女は、真っ赤な唇をいまいましそうに歪めた。

「迷惑なのよ。何で突然押し掛けてきた見ず知らずの不法侵入者にそんな事してあげなきゃいけないの。帰ってちょうだい」

「そんな!伝説(はなし)が違うじゃないか!俺は勇者として魔王を討たねばならないのだ。ここで何の力も得られないと困る」


男は魔女の前まで駆け寄った。上背のあるがっしりした戦士にのし掛かるように上から覗き込まれて、魔女は、ずり下がるように寝椅子に身を沈めた。

「そっちでどんな与太話を吹き込まれて、鵜呑みにしてきたのか知らないけれど、ずかずか他人のうちに踏み込んで来て、勝手なこと言わないで!」

「しかし……」

必死の形相で詰め寄る勇者の額と顎を、魔女は両手で押し返した。

「しかしもへったくれもないでしょ。離・れ・な・さいっ」

「す、すま…ん…んぐぅ」

顔を押さえられてろくに返事もできない勇者は、とにかく話を聞いてもらおうと、魔女の両手首を握って自分の顔から離そうとした。




「師匠、次はこの魔導書読んでいいですか」

革表紙の分厚い大型本を何冊か抱えて部屋に入ってきた青年は、寝椅子に沈み込んで脚をばたつかせている師匠と、その上に屈み込んで彼女の両手を拘束している見知らぬ男を見て動きを止めた。

彼は眉を寄せて3つ数える程の間、二人の様子を見た。

「うわっ、すいません。お邪魔しました!」

挙げ句、どう解釈したのか、彼は赤面してきびすを返した。

「助けんか、ばかものーっ」

魔女は弟子に雷を落とした。




「このおっさんにじゃなくて、俺に雷撃を落とすのはおかしいんじゃないですか?」

「お前ならそれぐらい平気だろう」

「そういう問題か?魔導書が焦げたら大変だろ」

「ああ、そういう問題か」

間抜けな問答をする師弟に、勇者は猿ぐつわでくぐもった抗議の声をあげた。


魔女の弟子は、凡庸な感じの青年だった。背こそ勇者と同じぐらいありそうで、がっしりした骨太の体つきだったが、まだ若いのだろう。勇者と比べれば筋肉の重量も身体の厚みも劣っているように見えた。

にも関わらず、この青年はあっという間に勇者を拘束した。気がつけば勇者は床に転がされていた。魔女の弟子は、どこから取り出したのかわからないローブで、勇者をぐるぐる巻きに縛りあげた。


「とりあえず分かりやすく身動きとれない状態にしましたけど、何なんですか、こいつ」

「勇者……らしい」

魔女はうんざりした顔で答えた。

「ああ。なるほど。そういえば時々来るって言ってましたっけ」

「昔、1人助けたら、そいつが帰ってからだいぶ話を盛って伝えたらしくてな……いまだに、私に会えさえすれば、魔王を倒せる凄いアイテムや力がもらえると信じてやって来るバカがいるんだ」

鬱陶しいから僻地に引きこもっているのに、それでもこうして探し出して来る者がまれにいる。


「何か物をやって追い返すんですか?」

「そんなわけないだろう。何で押し込み強盗に土産をやらなきゃいかんのだ。そんなことをすれば、ますます付け上がるだけだ」

散々な言われように、勇者は項垂れた。英雄然とした大きな男が、しおれている様は憐れだった。

「じゃあ、とりあえず蹴り出しとけばいいですかね」

「門前に居座られても面倒だから、離れたところに捨ててきて」

「あー、はい」

何やら酷い相談がまとまって、魔女の弟子は、勇者を引きずるようにして部屋から運び出した。


このまま放逐されるのかと、男は絶望した。どこに捨てられるかはわからないが、この城の周囲一帯はどこも過酷な地だ。食糧はおろか飲み水もない状態で、ぎりぎり気力だけでもっている今の自分では、生還は困難だろう。


ここまでか。


そう思ったら、目の前が暗くなった。

勇者はそのまま意識を失った。

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