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CASE2:その2

 冒険者ギルド本部――応接室。


「お待たせしました」


 レムレスが頭を下げて中へと入り、ルーナが無言でそれに続く。


 まだ約束の時間の十分前だと言うのに、応接室のソファには既に男女二人が座っていた。


「いえ……無理を言ってすみません。私が、再調査依頼をしましたエヴァ・アグニアです」


 そう言って立ち上がったのは、美しい女性だった。雪のように白い肌に、白い髪。目は冬の湖のような澄んだ青で、顔立ちは怖いぐらいに整っている。しかし、地味な黒のワンピースドレスを着ていて、顔には憂いの表情が浮かんでいた。


 喪に服しているよう……そうレムレスは感じた。


「俺は付添人のタロスだ。エヴァは今心身共に危なっかしいからな」


 そう言ってエヴァの手を握りつつ立ち上がったのは、いかにも冒険者といった風体の黒髪の青年だった。魔術師向けの軽鎧を纏い、魔導杖と大型のナイフが腰に刺さっている。


「もう大丈夫って言っているのに……タロスは心配性だわ」

「そう言うなよ。俺だって不安なんだよ。親友が目の前で自殺したんだ。お前まで亡くしたら俺は……」

「アダムは自殺なんかしてない……あれは自殺ではないはずよ」

「まだ言うのかエヴァ、あれは――!」


 言い合う二人を見て、レムレスがコホンと咳払いした。


「あー、話はこれからゆっくりとお聞きしますので……とりあえずお座りください」

「すみません。お見苦しいところを」

「ルーナ、飲み物を用意してくれ。お二人ともコーヒーでよろしいですか?」


 二人が頷いたので、ルーナが部屋の隅にあるコーヒーメイカーへと向かった。


「まずは、自己紹介をさせていただきます。私はレムレス、ここの保険調査部の調査員をしております。コーヒーを入れてくれている彼女は、ルーナ。新人で、研修の一環でここに参加しているので、分からない事があれば私に聞いてください」


 レムレスが微笑を浮かべるが、エヴァは無表情で頷くだけで、タロスは気に食わないといった態度を崩さない。


「さて。一応確認しますが、今回、再調査依頼をする案件は――アダム・エメースさんの死亡事件に関して……ということでよろしいですか」


 レムレスが一瞬、資料へと目を落とす。そこには整った顔立ちの青髪の青年の顔写真が貼ってあった。死因が死因の為、死体の顔ではなく生前の写真になっているが、それこそがこの案件の被保険者であるアダムだった。


「はい、その通りです」

「この案件について私は担当ではありませんでしたので、担当官の報告書を元にこちら側の見解を述べていきますね。訂正箇所があれば、気兼ねなく仰ってください」


 レムレスは一呼吸置くと、語り始めた。


「事件発生日時は6月25日……つまり五日前になりますね。現場は、王国南部の〝砂宮魔殿〟にある冒険者街の一つであるラクレス――」


 冒険者街――それは、遺跡の周辺や内部に冒険者や商人によって作られた街だ。基本的に遺跡と王都は転移装置によって繋がっているが、遺跡の規模によっては現地に数ヶ月籠もりっぱなしの冒険者達も出てくる。そんな冒険者達が休んだりアイテムを補給したりする為に、商人達が作った仮設の市場が始まりとされている。


 最近はそのまま住み着く者もおり、街と呼ぶに相応しい規模の物も現れはじめていた。


 さらに、今回事件が起こったラクレスは元々遺跡近くのオアシスにあった廃墟を元に作られた街で、そこそこの規模を誇っている。


「そのラクレスの中央広場にある、〝陽神の塔〟――ここが事件現場ですね?」


 レムレスがそう問うと、二人が頷いた。同時にルーナがコーヒーを二人の前に置いて、レムレスの横に座った。


「そうです。今でも、あの光景が脳裏によぎります」

「エヴァ……もう忘れろ」


 タロスがそう言って、コーヒーに口を付けた。しかし、エヴァは手を伸ばそうとすらしなかった。


「でも……」


 そんな二人の様子をルーナが観察する。資料によれば、タロスはアダムと組んで冒険者をやっており、エヴァはアダムの恋人だったそうだ。アダムは、剣と魔術を使う魔法剣士で、タロスはそれを後方からサポートする付与術士だと、資料には書いてある。対象の能力を向上させる付与術は使い手があまりおらず珍しいのだが、いないわけではない。


  そして恋人が死に、悲しみにくれたエヴァをタロスが慰めているのだろうとルーナは推測する。それはよくある話であり、特になにも感じないが、ルーナの目から見て、エヴァはまだアダムの事が忘れられず、そしてタロスはエヴァに恋慕しているのが分かる。


 本当に……よくある話だ。


 レムレスがその様子を見ながら、適切なタイミングで口を開く。


「辛いとは思いますが、話を続けます。時刻は夕刻およそ16時30分頃。丁度、中央広場でナイトバザールが始まる頃合いですね。その時に、アダムさんはなぜか高さ32mはある〝陽神の塔〟の頂上に立っていた。そしてエヴァさん、それにタロスさんはそれを下から目撃した。合っていますか?」


 レムレスの言葉にエヴァが頷き、口を開いた。


「はい。3人で、ナイトバザールを巡ろうと計画していて、ナイトバザールが始まる16時30分頃に塔の下で待ち合わせ、ということになっていました」

「なのにあの馬鹿野郎は……」


 レムレスがなるべく感情を込めないように言葉を紡ぐ。


「アダムさんは――塔の上から()()()()()。結果、頭から地面に落下し、死亡。頭部は、再現不可能なまでに破壊され、身体も……。これ以上は言う必要はないでしょう。なんせ二人は現場の一番近いところで、それを見たでしょうから」


 資料によると、アダムが飛び降りて、一番に駆けつけたのがこの二人だった。他の目撃者によると、二人は混乱のあまり、木っ端微塵になったアダムの頭部やバラバラになった四肢を集めて回復術士を連れて来いと叫んでいたらしい。


 即死の状態から治す回復魔術など、有りはしないのに。


「大丈夫かエヴァ」


 心配するようにタロスがエヴァの細い肩をそっと抱いた。


「続けます。我々冒険者ギルドの保険調査員は、事件発生後すぐに現場捜査をした警察士と連携し、調査開始。結果、事件時アダムさんが飛び降りた塔内からは、彼以外の生体反応も魔力反応も検出されず、彼以外誰もいなかった事が分かりました。よって、この事件はアダム氏の飛び降り自殺と断定し、保険金の支払いは却下されました」


 資料だけを見れば、あまりに一目瞭然な案件だ。


 場所が場所なだけあり、目撃者は多数。塔内に第三者は無し。そもそもこの塔は普段から封鎖されており、裏口の扉は壊されていた。その扉からはアダムの剣の欠片が付着していたところから、彼が壊したと判断されている。


 そもそもアダムが一人で扉を壊して入っていくのを見たという目撃情報もあり、それ以降は誰も出入りしていないとその目撃者は証言している。


 どう考えてもアダムが扉を破壊し、中に入って塔を昇り……そして頂上から飛び降りた。としか考えられない。


「アダムが自殺するなんてありえません」

「エヴァ。俺も、そしてお前も見ただろ? あいつが飛び降りる姿を。あれが自殺以外、なんだって言うんだよ」

「でも……だって……タロスは知っているでしょ? アダムは……()()()()()()()()()()()。そんな人が自殺なんてするわけないわ!」

「あいつ……そんな事を。あの馬鹿野郎……」


 二人のやり取りを見て、レムレスが目を細めた。


「きっと……誰かに魔術か何かで操られて」


 エヴァがそんな事を言い出すが、タロスが首を横に降った。


「エヴァ、付与術と違って、身体操作や精神操作系の魔術を人に掛けるのは不可能だ」

「その通りです。我々には元々、魔術に対する抵抗力があります。とりわけ、精神や身体を操作する魔術についてはほぼ間違いなく、人間には効きません。よって、そういった類いの魔術を仮に誰かが使ったとしても、自殺させるような動きをさせるのは不可能と断言できます。付与術は、あくまで元々身体に備わっている能力を向上させるだけなので、抵抗力を無視出来るのです。これはタロスさんには説明するまでもないでしょうが」


 レムレスの説明にタロスが頷く。


 現代の魔術理論では、他者に掛けて効果を発揮する魔術は、付与魔術と回復魔術の二つしかないとされている。そもそも回復魔術も、対象の治癒能力を飛躍的に高めた結果回復するので、いうなれば付与術と同じなのだ。例外があるとすれば死霊術だが、これも当然相手が死んでいないと効果は出ない。


 なので直接脳を操作し、相手を意のままに動かす、といったことを魔術で行うのは不可能なのだ。


「そうですか……」

「それにそもそも、アダムさんの遺体からはタロスさんの魔力しか検出されませんでした。これについては日々の探索でタロスさんが付与術を掛けているので当然でしょう。仮に――タロスさんが何か他の魔術を使ったとしても、アダムさんを自殺させるのは不可能です」

「おい、俺を疑っているのかよ」


 タロスが不快そうな顔をする。


「すみません。あくまで例え話ですよ。そもそも付与術で、あの状況を再現するのは不可能ですよ。付与術に限らず他の魔術でも無理でしょう」


 もし、タロスが事件当時に塔の下にいなければ、話は変わっていたかもしれない。


 例えば――塔の上に呼び出して、風の魔術で塔から落とす、など色々と可能性は出てくる。


 一般的な魔術の効果範囲は術者を中心とした半径20mと言われている。だから塔の真下にいたタロスが32m頭上に魔術を起こすのは不可能なのだ。更に当然塔の頂上は入念に調査されており、何かの魔術が使われた形跡も、誰かもしくは何かがいた形跡は一切なかったという。


 現場に残されていたのは、アダムの足跡のみ。しかもアダムは塔の上に登りきるとそのまま頂上から迷いなく飛び降りているのが、足跡から分かった。


 つまり、どう足掻いても第三者の介入は不可能と判断されたのだ。


「私は、それなりの数の現場と案件を見てきましたが……正直この案件については自殺以外に疑いの余地がないように感じられます」


 レムレスはそう結論付けた。


「それでも私は……。レムレスさん、聞きましたよ、貴方とても優秀な調査官だそうですね。これまでも事故や自殺としか思えない、いくつもの事件を解決していらっしゃると」


 エヴァがまっすぐにレムレスを見つめた。その目に、レムレスとルーナは強い意志を感じた。


「解決……は少し違いますね。我々は警察士ではありません。ただ、その案件に保険金が支払われるべきかどうかを判断するだけです」

「お金に興味はありません。保険金はなくても構いません。ですがどうか、どうかもう一度だけ調査していただけませんか?」


 諦めてくれたらどれだけ良かったか。だがエヴァは頑なだった。


 タロスは隣で溜息をついている。早くアダムの事は忘れて、自分を見てくれと言わんばかりだ。


「……善処はします。が、期待しないでください」


 レムレスは、そう言う他なかった。


☆☆☆


 エヴァとタロスが去ったあとの応接室。


「ふう……どう思う」


 レムレスが座ったままその長い足を組み、煙草をふかす。


「んー。エヴァさんには申し訳ないですけど、資料を見る限りはやっぱり自殺ですかねえ」


 ルーナが不満そうにそう言いながらエヴァ達に出したコーヒーを片付けていく。


「そうだな。だが、俺が聞きたいのはそこじゃなくて――()()()()()()()()()。しっかりと観察していただろ?」


 レムレスの言葉に、ルーナが表情を引き締めた。


「はい。タロスは分かりやすくエヴァさんに恋慕しているようですし、エヴァさんはアダムさんを忘れられない……そんな感じに見えました」

「それだけか?」


 レムレスが煙草の先から立ちのぼる紫煙が揺れる。ルーナがその言葉に、目を細めた。


「そうですね……強いて言えばエヴァさんの挙動が――()()()()()()()感じました」


 ルーナが、結局エヴァが手すら付けなかったコーヒーを見つめた。彼女は二人をずっと観察していたが、タロスはわざとらしいというか分かりやすかったが、エヴァは違う。


 なぜかエヴァの言動が演技のように思えて仕方なかったのだ。


「……お前もそう感じたか」

「はい。でも、仮に演技だったとして……つまりアダムさんについて何の感情も抱いていないとすると――」

「再調査依頼をしてくるのは、おかしい。そう言いたいんだろ」

「はい。お金にも困っていないようですし」

「だよなあ」


 レムレスが困ったような表情を浮かべ、両手を頭の後ろにやりつつソファの背にもたれかかった。


「タロスさんもアダムさんも経歴上に不審点はありません」


 片付け終えたルーナがレムレスの隣に座り、資料を再度確認する。


「ああ。情報部の調査もそれを裏付けている。過去に関して彼らに怪しい点はない」

「ですが……エヴァさんは」


 ルーナがエヴァの調査報告欄を見つめた。


 エヴァ・アグニア――年齢不明。そして過去については――()()()()()()

 

 分かっているのは名前と、現在はアグニア重工の魔導研究部に所属している、という事実のみ。


「ま、それについては、不思議でもない」

「え? だっておかしいですよ! 経歴が怪しいどころか……無いんですよ!?」

「アグニアの名を冠する者は皆そうだよ。全員の経歴が消されている。流石は、アグニア家といったところか」


 エヴァだけの話ではない。アグニア家の人々は皆、公的機関から自分達の情報を抹消させている。勿論、過去がない人間などいるわけがないので、データ上の過去が消されているだけだ。


 詳しく調査すれば過去は分かるのだが……アグニア家を敵に回してまでやるメリットがないのも事実だ。実際、調査に必要な場合、アグニア家に情報開示を要求すればあっさり教えてくれるそうで、警察やその他公的機関もそこについては目を瞑っているそうだ。


 今回の案件の場合、あくまでエヴァは保険金の受取人なだけであり、自殺が濃厚で事件性も薄いということで、そこまでの情報開示を要求できなかったようだ。


「ま、そもそもエヴァの過去がなんだろうと、この案件にはさほど関係ないだろうさ」

「ですよねえ。再調査してくれって頼むエヴァさんが実は真犯人だったとしたら話がおかしくなります」

「アホ、真犯人ってなんだ。前から言っているが俺達は――」

「警察じゃないって言いたいんですよね? いや分かってますって。言葉の綾ですって」

「まあ、いずれにせよ。この案件についてだが……少し不自然な点がある」


 レムレスが吸いきった煙草を携帯灰皿へと仕舞う。


「不自然な点?」

「ああ。端的に言えば、()()だ。殺人もそうだが、自殺こそ、動機が必ずあるはずなんだ。特に、経歴や私生活を見る限り順風満帆だったアダムが、わざわざプロポーズをした恋人の目の前で自殺する動機。これが俺には思い付かない。確かに資料を見る限りは自殺で間違いないだろう。だからこそ俺は――()()()()()()()

「私はも……同じようにそう感じていました。あの二人の態度もそうですが……作為的な何かがありそうな気がします。

「ほお……根拠は?」

「ありません! 勘ですね」


 そう元気に答えるルーナを見て、レムレスが溜息をついた。


「だろうな……」


 その言葉に、レムレスが苦笑いする。


「行く気はあまりなかったんだが気が変わった。現場調査に行くぞ。もう5日も経ってしまっているから残留思念もおそらく意味不明な物しか視えないだろうがな」

「行きましょう。資料にはない何かが分かるかもしれません」


 二人が応接室を後にする。


「えらくやる気だな、ルーナ」

「さっきは、エヴァさんが演技っぽいって言いましたけど……なんというか矛盾しているようですが、エヴァさんの真相を解明して欲しいって気持ちは本当な気がするんです。こう何か必死さみたいなのを感じました」

「それも乙女の勘か?」


 レムレスが茶化すようにそう返しながら、冒険者ギルド本部の奥にある、ギルド職員専用の転送装置へと向かう。


「むー。それは乙女でもないくせに、とか思ってる顔ですね!」

「正解だ。中々俺のことも分かってきたようだな」


 レムレスが意地悪そうな笑顔を浮かべ、転送装置のある部屋へと入る。


「先輩はイジワルですね。まあそういうところも嫌いじゃないですけど」

「お前に好かれようなんて思ってねえよ。さ、行くぞ」

「ラクレスかー。ナイトバザールって一度行って見たかったんですよね」

「遊びじゃねえぞ」

「分かってますって」


 部屋の中にはコードが沢山繋がれた機械の台座があり、その上には複雑な魔法陣が刻まれている。


 二人が、必要書類にサインをし転送装置の上に立った。


「さ、行くぞ」

「はーい」


 転送装置が起動する音が静かに響き、そして魔法陣から光が立ちのぼる。それが周囲を白く染め上げるほどの光を放つと、駆動音が停止。


『転送完了』


 無機質な機械音声だけが部屋に響いた。



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ハイファン新作です! 冒険者のパーティに潜入してランクを決める潜入調査官のお話です!たっぷりざまあがあるので、お楽しみください!

冒険者嫌いのS級潜入調査官 ~冴えないおっさんなんて要らねえんだよ、と追放されたので査定は終了だ。ん? 元Sランク冒険者でギルド側の人間だって知らなかった? 今さら遅え、Eランクからやり直しな~



興味ある方は是非読んでみてください
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