CASE2:その1
というわけで、ここから完全なる新作です! お楽しみください!
――CASE2:【その人形劇は誰が為に】――
アレリア王国西部――〝堕落都市ブクレシュ〟北区――人形師通り。
空は曇天。
土埃と瓦礫が支配する、廃墟と化した大通りに戦闘音が響く。
「レムレス先輩! 後ろからも!」
短めの銀髪を翻しながら細身の女性が、迫る人の形をした砂の塊――サンドゴーレム――を銀色の剣で切り裂いていく。纏っている冒険者ギルドの制服は汚れており、スカートや袖の端がところどころ破れているところを見るに、ここまでにかなりの数の戦闘をこなしてきたことが窺い知れた。
「ちっ、領域に踏み込んでしまったか。ルーナ、撤退するぞ」
銀髪の女――冒険者ギルドの新人保険調査員であるルーナに、背中合わせに立っていた、長く豊かな赤髪を後頭部で縛っている背の高い男――レムレスがそう指示しつつ、通りに面していた建物の中へと飛び込む。
その建物は元々は、何かの店舗だったのだろう。割れたショーケースの中には、朽ちた人形の腕や各部位のパーツが転がっていた。
レムレスに続いて店舗の中へと逃げ込んできたルーナが追っ手を迎撃しようとするが――
「……あれ、襲ってこないですね」
サンドゴーレム達は、レムレス達を襲っていたのが嘘のように、何事も無かったかのように大通りを歩き始めた。
「おそらくあの大通り全体が奴らの領域で、そこから出さえすれば襲ってはこないのだろう。店の中は範囲外と踏んだが、正解だったか」
レムレスがようやく一服出来るとばかりに煙草を取り出し火を付けた。ジッポウの蓋が開く、澄んだ金属音が響き、紫煙が揺れる。
「厄介ですねえ……この遺跡は」
「かつて栄華を誇った街、ブクレシュ。新たに発見された遺跡だが、俺らにもD級案件が回ってくるのも頷ける」
レムレスとルーナはとある案件の調査でこの遺跡にやってきていた。
案件の等級はD。とある冒険者が探索中に死亡し、その現場検証をやっていたところ、うっかりサンドゴーレムの領域内に踏み込んでしまったのだった。
「調査も終わりましたし、さっさと帰りましょ。早くシャワー浴びたいです……」
ルーナが土埃と汗で汚れた髪の毛を触って、溜息をついた。
「そうだな。サンドゴーレムの巡回パターンを見極めてからになるから……もう少しここにいるぞ」
「うへえ……」
レムレスが窓際に移動し、大通りを歩くサンドゴーレム達を観察する。
「……なんとも気味が悪い光景だ」
サンドゴーレムは形だけを言えば、人と同じだった。それらが、まるで人と同じように大通りを歩き、廃墟となっているはずの、大通りに面した店舗のショーウインドウを覗いている。中にはまるで、恋人同士のように手を繋いで歩いているゴーレムもいた。
無人の廃墟で、人を象った異形が、人の猿真似をしているその様は、悪趣味な人形劇を観ているようで、気分が悪い。そんな気持ちが顔に出たのか、レムレスが苦笑いする。
「先輩、見て下さいよこの腕。見た目も質感も人の腕とそっくりですよ」
暇潰しに店内を物色していたルーナが白い女性のらしき腕のパーツを手に取った。
「あん? ああ、そりゃあそうだ。それ、本物の腕だからな」
「……ぎゃああ!!」
ルーナが悲鳴を上げながら慌ててその腕を投げ捨てた。
「なんで本物の腕が!?」
「悪名高いブクレシュの人形師達……その悪意の傑作――フレッシュゴーレムのパーツだよ。おそらく防腐加工がしてあるのだろうが……まだ腐っていないとはな」
「ふ、ふれっしゅごーれむ……?」
「歴史の勉強ぐらいしろ」
レムレスが溜息をつくと、語り出した。
「前竜歴897年、このブクレシュは現代よりも高度に発達した魔術と科学力があってな。その結晶とも言うべきものが、ゴーレムだ」
「そもそもゴーレムってなんなんですか」
「簡単に言えば動く人形だな。ゴーレムは、その身体を形成する素材で名前が変わるのだが、例えばさっき襲ってきたのは、主に砂で構成されているサンドゴーレムだ。まずは素材で形を作り、そしてそれに令珠と呼ばれる物が埋め込まれる」
「令珠――ああ、さっき斬った奴もなんか小さい丸っこいのが埋まってましてね。あーそうそう、これこれ」
そう言ってルーナがショーケースから、拳程度の大きさの球状の物体を取り出した。表面には複雑な回路が刻まれている。
「……あんまりやたらと触るなよ。まあいい、それが言わばゴーレムの核であり、心臓であり、脳なんだ。そこに人形師によってそのゴーレムが取る行動パターンや守護する領域などの情報が魔術で刻まれるんだ」
「凄いですね。自律人形は現代の技術でも作成は不可能と言われているのに。これを使えばまた使えるのですかね?」
「無理だよ。ここが廃棄されて何百年経ったと思っているんだ。原形は保っているものの、中の魔術はとっくに切れているだろうさ。大通りを歩いているサンドゴーレムは、シンプルな命令しか刻まれていないからこそ、今でも機能している。よく見れば同じパターンの行動しか繰り返していない。あくまで刻まれた行動しか取れないんだよ。それでも戦闘時の行動ロジックは大したものだが」
「確かに人を凌駕するスピードと攻撃力でした。ま、私からすれば、素直すぎる攻撃ばかりだったので戦いやすかったですけど」
「お前が化け物すぎるんだよ……本来サンドゴーレムを複数相手にして無傷でいる方がおかしいんだぞ」
レムレスの言葉に、ルーナが嬉しそうに笑った。
「えへへ……先輩って地味に私のこと褒めてくれますよね」
「……うるせえ」
「あ、照れた」
「照れてない。話を続けるぞ……まあ、とにかくこの都市はゴーレムによって発展し、栄華を極めたんだが……見ての通り滅びた」
そう言ってレムレスが煙を吐いた。白い煙が漂い、そして儚く消えていく。
「ゴーレムに労働を任せたこの都市の人々は快楽に走った。ただ己の欲望のままに生きた結果――外見も中身も、そして何より、動きや反応までも人とほぼ同じである、史上最低最悪の発明品とも呼ばれるゴーレムが生まれた。それが、さっきの腕の正体だよ」
「フレッシュゴーレム……でしたっけ」
「そう。さっきのパーツも女性の物だっただろ? 作られたフレッシュゴーレムは殆どが女性型か子供型だった……まあつまりはそういうこった。中には、奴隷や召使いとして使う者もいたそうだがな」
その言葉の意味が分かり、ルーナが顔をしかめた。
「とはいえ……俺ら死霊術士がとやかく言うことではない。死体を動かして悦に入るって意味じゃあ……同じ外道だ。フレッシュゴーレムはな、死体を加工して作ってるんだよ。死霊術士が操るアンデッド兵と大差ない。せいぜい、肉体の鮮度ぐらいだろうさ」
自虐的にレムレスが笑った。全くもって人の事が言えない。その瞬間、彼の頭の中で一人の女性の声が再生される。
〝私を――使ってレムレス……それしか……貴方が生き延びる方法はない〟
レムレスは首を横に振って、その美しき亡霊の声を頭の中から追い払う。
「……大丈夫ですか?」
その様子を見て、ルーナが心配するような声を出した。
「大丈夫、気にするな。まあ、結局フレッシュゴーレムを容認する、しないで都市内部は分裂し、最後にはとある優秀な人形師によってゴーレム達の命令が書き換えられ、暴走。結果、人々は滅び、当時の命令を今もなお守る、主なき人形達の街になったのさ。だからこの街はこう呼ばれている――堕落都市とね」
「悲しい話ですね。人も、人形も」
いつの間にかレムレスの隣に来ていたルーナがそう呟いた。
「そうだな。ま、いずれにせよ現代では再現不可能な代物だよゴーレムは。馬鹿な研究者共が目の色変えてこの遺跡を調査し始めるのも時間の問題だろうがな。うっし、パターンは大体掴めた。行くぞルーナ」
そう言ってレムレスが煙草を携帯灰皿に捨てると、立ち上がった。
「はい。後ろは任せてください」
「頼りにしてる」
頷き合った二人が通りへと飛び出す。
再び、悲しき人形達が蠢き始めた。
☆☆☆
アレリア王国王都、冒険者ギルド本部内――保険調査部
「部長、〝12D〟の調査報告書です」
歴戦の戦士のような佇まいの、この保険調査部の長であるドライフが、レムレスから報告書を受け取り目を通していく。
「……これ書いたのはルーナか」
「そうです! めっちゃ頑張りました!」
自分のデスクに座っていたルーナが声を張り上げるが、レムレスとドライフは目を合わせ苦笑する。
「お前には聞いてねえぞルーナ! ったく……元気だけは一人前だな」
「俺もちゃんと目を通したので問題ないと思いますよ」
実は、五回近くも書き直しをさせたのだが……それを言う必要もないだろうとレムレスは思い直し口を閉ざす。
「うっし、これで上に上げておく。ああ、そうだ。これ頼めるか」
そう言って、ドライフがファイルをレムレスに渡した。
「これは……?」
「ギルド本部長直々の〝再調査依頼〟だとよ。しかも、お前を名指しで指名してきたからな。この忙しい時に……」
「ギルド本部長が、俺に?」
ギルド本部長とはつまり、この国の冒険者ギルドのトップである。そんな人間が再調査依頼をしかも自分に?
「先輩、再調査依頼ってなんですか。いや、字面で何となくは分かりますけど」
いつの間にか横に来ていたルーナがそう言って、レムレスが開いているファイルを横から覗いた。
「俺達が保険金支払いを却下した案件について、受取人はそれに対し異議申立出来る制度があるんだ。それが通ると、一度調査して案件について、もう一度再調査する必要性が出てくる。これが再調査依頼だな。ただし、ほとんどの場合が実際に調査されずに、そもそも異議申立が却下される事がほとんどなんだ」
「でも、これは通ったって事ですよね」
「……受取人の名前を見てみろ」
ドライフが苦々しい顔をして顎をしゃくった。
「――受取人は……エヴァ・アグニア。アグニアという家名といえば」
「彼女はこの国の魔導産業のトップ……【アグニア重工】を牛耳るアグニア家の親族だ。幸い直系ではないようだが……」
アグニア重工。元々は魔術師の家系だったらしいが、百年前に魔導産業の先駆けとも言える冒険者向けの武具の製造販売を開始し、今ではその名やロゴを街で見ない日はないほどだ。王国軍の最新装備も手掛けており、その影響力は計り知れない。
政治家、王国軍、そしてアグニア重工のお得意様である冒険者と関わりのあるこのギルドも、当然アグニア重工とは深い関係がある。名目上は独立組織である冒険者ギルドだが、その政治力、影響力を無視できない。
そんなアグニア重工の関係者となれば、流石に異議申立を調査もせずに却下するというわけにも行かないようだ。
「本部長は、うちのエースであるお前が再調査すれば向こうさんも納得するってことでお前を指名したんだろ」
「……もうその案件通して、保険金払った方が結果損しないのじゃないですか」
レムレスがそう言って溜息をついた。新発見されたあの遺跡のせいで、日々案件が増えつつある。こんな上同士の政治の為に、何の足しにもならない調査をする暇はないはずだ。
「俺だってそう思ったがな。厄介なのが保険金が目的じゃないところだ。ったく、うちを探偵か何かと間違えてやがる。とにかく、このエヴァ嬢は11時にはこちらに来るそうだ。詳しいことはファイルに書いてあるからよく目を通しておけよ」
「……了解です。ルーナ、行くぞ」
レムレスが時計を見ると、既にもう10時半を過ぎていた。
「は、はい!」
「心配はしてないが……くれぐれも失礼がないようにな。特に、ルーナ! お前だ!」
「はい!! 黙って横に座ってます!」
ビシッと敬礼のポーズを取るルーナを見て、ドライフが溜息をついた。
「頼むぞレムレス……」
「分かってますって」
去っていく二人を見てドライフは少しだけ心配するも、すぐに頭を切り替え、目の前に積み上がった仕事の山に取りかかった。