CASE1:その6
冒険者ギルド――保険調査部
「なんで、お前の席が俺の隣になってるんだよ」
なぜか隣のデスクに座っているルーナへ、レムレスが嫌そうな声を出した。
「良いじゃないですか! 私達コンビですし!」
「ああん? いつからコンビになったんだよ」
「ドライフ部長が当分はお前ら2人で調査しろって」
「はあ!? 俺は聞いてないぞ!!」
レムレスは慌ててドライフのデスクを見るが生憎、今は不在だった。他の職員も出払っており、室内はレムレスとルーナの2人だけだった。
「今、言いましたからね」
「ちっ……あの野郎」
「なんせ、ほら、A級案件を華麗に解決しましたからね!」
ルーナが嬉しそうにそう言って、胸を張った。
「華麗に、ねえ」
煮え切らないような声を出すレムレスに疑問を抱いたルーナが、椅子に乗ったまま近付く。
「なんか、引っかかってるような物言いですね」
「今回の事件、おかしいと思わないか?」
「何がです? スライムで殺すという手口は凄いなあと感心しましたけど」
「はあ……じゃあ聞くがな。この事件――誰が計画した物だ? サラは駆け出しの冒険者だ。いきなり事故死を装った保険金殺人なんて大胆な事を考えるとは思えないだろ」
「……確かに」
そこが疑問だった。今回の手口は巧妙だ。おそらくレムレスでなければ真意に気付けなかっただろう。だからこそ、引っかかるのだ。
サラは――一体何者なんだ、と。
「ムーアが計画を持ちかけた? であれば彼が怯えて、しかも殺されてしまうのはおかしい。おそらくは、サラからこの話が持ちかけられた」
「で、でも……恋人を殺しますか?」
「恋人じゃなかったんだろ。少なくともサラはそうは思っていなかった」
「……では、なぜムーアさんは友人を裏切ったのでしょうか。ダラスさんとサラさんの2人であれば普通は友人であるダラスさんの味方になるはずですよ」
「順序が逆なんだよ。サラとダラスが出会うのが先じゃないんだ。最初にサラがムーアに接触したんだ。そして保険金殺人の計画をもちかけた。なんせ1対1でやってしまうと流石に怪しまれるしな。証人が必要だったんだろ。ムーアは孤児院出身だ。孤児ならば、保険金の受取先が限られてくるからやりやすいんだろうな。そうしてターゲットとしてダラスが選ばれた」
サラとムーアは最初から手を組んでいたのだ。それを知らず、ダラスは……。
その無念さに、レムレスは胸が痛む。なまじ追体験しただけに、余計にそれは重く彼にのしかかっていた。
「サラさんは……一体なんなんですか」
「俺も同じ事を思った。そこで、改めてサラの経歴を調べたんだ」
そう言って、レムレスは一枚の資料をルーナへと渡した。
「……何もおかしいところはない感じですね」
サラの経歴。一見するとそこに不自然な点はなかった。地方の高等学校を卒業し、この街へとやってきた。そして冒険者になりダラスと出会って、今に至る。
極々普通のよくある話だ。だが、よくよく調べてみれば、おかしな点がいくつもあった。
「よく見ろ。サラがこの街にやってきたのが5年前、そして冒険者になったのが2ヶ月前。それは良いんだが……おかしいと思わないか? サラがこの街に来てからの5年間の経歴が一切ないんだ。怖いぐらいに空白だ」
「それは……確かに」
「更にここに書かれている出身校に問い合わせしたら……サラの特徴に該当する卒業生はいないとさ」
おそらくレムレスが疑問に思わなければ、そのまま見過ごされていただろう。不審点があったからこそ、ここまで深く調べることが出来たのだ。
被保険者を調べる事はあっても、受取人の経歴まで調べる事は殆どないのだ。
「なにかの間違いでは?」
そう言うルーナの頭をレムレスがはたいた。
「アホか。それを考えるのは最後の手段。勿論、何かの手違い間違いは有り得る。だが、そうじゃないかもしれないという思考からまずは始めろ」
「えっと……じゃあサラさんの経歴は……偽装されていた。そういうことですか」
「そういうことだ。それに、殺人の手口、そしてあの酒場での身のこなし。とてもじゃないが駆け出し冒険者には見えなかった。おそらく顔と名前を変えて、似たような手口でこれまでも何件も行っていたのだろうな。ムーアもきっと用済みになれば処理されていたさ」
あれは――スライムを使って日常的に人を殺す事に慣れている者の手口だ。
「はい。スライムを弾丸のようにして飛ばすなんて発想はありませんでした」
「顔に当たっていたら危なかったな。仮に外れて身体のどこかに当たったとしてもそこが束縛されてしまう。たかがスライムだが、されどスライムだ」
「……つまり、彼女は……」
ルーナに答えずに、レムレスは煙草を取り出そうとして、そういえば買い忘れていることに気付いた。
「ちっ……。そう、彼女は間違いなく闇社会の住人だ。闇ギルドの暗殺者なのか、それともただの殺人鬼なのかは謎だがな。ま、それも今となっては闇の中だ」
「警察士による取り調べで分かるんじゃないんですか?」
「いや――資料の最後を読め」
そう言って、レムレスは煙草を買いに行くべく立ち上がった。
「えっと……あっ」
そこにはこう書かれていた――〝容疑者は、独房内で斬殺。手口、犯人共に目下捜査中〟、と。
「サラさんが……殺された!?」
「ああ。鋭利な何かで身体がバラバラに切り刻まれたらしい」
「そんな……なんで」
「警察に自白させられて余罪が明るみになったらマズイから、とか。闇ギルドの掟だから、とか。まあ色々と理由は考えられる。だが、警察の独房内でどう行ったのか……分からん。残留思念を見れば分かるかもしれないが……警察の面子もある。協力要請があるとは思えないな」
「……これじゃあ誰も報われない。一体誰が……」
「どんなに魔術と科学が発展しようと、例え死霊術士がどれだけ力を持とうと――死者は蘇らない。ルーナ、俺達の仕事は、罪を白日の下に晒す事でも、正義を振りかざして裁くことでもない。それを忘れるなよ」
そう言ってレムレスがルーナの肩にポンと優しく手を置くと、そのまま去っていった。
「正義を振りかざす……か」
その言葉は、ルーナの心に重く響いた。
両親のゴリ押しで無理矢理入れられた職場ではあったが、ここに来なければ、きっと今でも自分は正義という名の刃を闇雲に振るうだけの、ただの子供のままだったかもしれない。
「例え死者は蘇らなくても……少しでもその想いを、無念を……分かってあげられる先輩の存在はきっと……」
それ以上を言わずに、ルーナはサラの経歴の資料をくしゃくしゃに丸めるとゴミ箱へと投げた。
「死霊術士は欺けない……か。私もなんかそういうかっこいい決め台詞欲しいなあ……」
そんな事を言って、ルーナは大きく伸びをした。
窓から見える外は快晴。
そうだ、今日はレムレス先輩を誘って調査ついでに外でランチでも食べようかと思い立った。
ルーナは――少しだけだが、この仕事が好きになりつつあったのだった。
――CASE1:【溺れるほどのキス】……調査終了――
CASE1終了です。
更新はよ、続き読みたい!と思ったそこの方、是非ともブクマと評価をしていただければ幸いです。めっちゃ頑張ります!
ブクマはページ上部もしくは↓ 評価は広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★をするだけです!
よろしくお願いします! 面白くなかったら★一個にしましょう!