CASE1:その4
酒場――【闇のランプ亭】
客もまばらな薄暗い店内の奥。壁の隅にあるテーブル席に、遺跡から街へと帰ってきたレムレスとルーナが座っていた。
「レムレスさん」
「なんだ」
「何度考えても、溺死ってわけが分かりません」
ルーナがそう言いながらビールの入ったジョッキを煽る。
「俺もだよ。だが体験したから分かる。あれは溺死……だよ。息が出来なくなった結果地面に倒れ、そこをゴブリンが襲った。そしてそれを行ったのは、サラかムーアのどちらか、もしくは両方だ」
あの喉と肺を液体で満たされた感覚は溺死以外でレムレスは体験したことがなかった。
「共犯……ですか」
「確信したわけじゃない。全く接点のない2人がどう繋がっているかは今、調べさせているが……どうだろうな」
「仮にそうだとして、何度調べてもあの周囲に水源はありませんでした。そもそも床の上に立っている人間をどうやって溺死させられるんですか」
レムレスは答えずに煙草の煙を吐いた。
分かっている。陸上で、しかも立ったまま溺死というのはナンセンスだ。
「仮に、溺死だとしたらユリカさんが気付くはずでは?」
「それが引っかかるんだよ。溺死したとしたら絶対に肺なり喉なりに水やらなんやらの痕跡が残っている。それが魔術によって生じた物だろうが、ただの水だろうがな。だが、何の痕跡も残っていなかった。遺体にも、あの現場にも魔力反応がなかった」
レムレスがルーナに説明する。
例えば、サラかムーアが実は卓越した水魔術使いだったとして、水魔術でダラスを溺れさせたとしよう。だがそれであれば魔力反応が遺体かもしくは現場のどこかに残るはずなのだ。それがないとなると――自然発生した水かそれに類する物によって溺死したことになる。だが、それであればその痕跡が死体に残る。
だが、どちらもなかった。
「ますますわけが分かりませんね……そもそもサラさんはスライムしか召喚できないし、ムーアさんは盗賊で罠解除程度の技能しかないとなっています。実力を隠していたとしても……方法が思い付きません」
「……【死視】の厄介なところがそれなんだ。本人が気付いていないことは、分からない。だが、本人の知らないところで、何かが起きたはずなんだ」
「それが分からない限りは――偽装だと証明できませんね」
そう言って、ルーナが溜息をついた。
そう。証拠、もしくはせめてその方法さえ分かれば――揺さぶりを掛けられるのだが……。レムレスは状況を整理していく。
ダラスの死因は溺死。だが方法が不明。実行したのはサラかムーア、もしくは両者。
だが、データ上では、2人ともBランク剣士を殺せるほどの力はない。
「んー。魔術で水を生成する線は無しですね……。そういえば召喚魔術も魔力反応って残るんでしたっけ?」
「召喚した場所……大体が地面とか床だが……に勿論残るぞ。召喚した魔物を帰還させる時も魔力を使うのでその場所に反応が残る。当然、召喚した魔物が魔術を使えばその反応も残ってしまう。だから、何を召喚したとしても水を発生させたらそうと分かるはずだ。あの通路を調べた結果、魔術を使った形跡はなかった。あの場で魔術を使って何かをするというのは不可能だろうさ」
「……ああもう……頭パンクしそう!!」
ルーナが一気に、ビールを喉へと流し込んだ。
「結局どうやって、そして何を使って、ダラスを溺死させたんだって話に戻るんだよ。気道自体に異常は一切なかった。無理矢理例えば石とかを詰めた訳でもないだろうさ」
「もう直接聞いた方が早くないですか? 案外白状するかもしれません」
「アホか。こんな事を計画したやつだ。しらを切るに決まっている」
「うー。やっぱりスライムしか召喚できない召喚士と盗賊では無理ですって……スライムなんてポーション代わりにしかなりませんし。私苦手なんですよね……スライム」
ルーナが考えるのを諦めたのか机に突っ伏して、銀の匙を弄っていた。
「うにゅうにゅしてて気持ち悪いですし、実家での鬼のような修行を思い出すんですよ……怪我したらとりあえずスライムを頭からぶっかけられました……口に入ると、ぬめーっとしてて思わず鳥肌が立ちましたよ~。それに足とか怪我したら、スライムがなみなみ入った桶に怪我したところ突っ込んで1日過ごしたりとか……」
相当嫌な思い出なのか、ルーナがぶるぶると身体を震わせた。
「そこは素直にポーションを使えよ……ん? おい、今なんて言った!」
レムレスが急に眼を見開いて、ルーナへとテーブル越しに迫る。
「へ? 桶に足を突っ込んだって話ですけど……あ! 1日過ごしたってちょっと大袈裟ですね。せいぜい5~6時間ぐらいで」
「そうじゃねえよ! 怪我したら、どうされたって言った!?」
「スライムをぶっかけられた……って言いましたけど」
「そうか……そういうことか」
レムレスが視線をルーナから外すと、腕を組んで思考に沈んでいく。
「へ?」
「問題はどうやって……いや……なるほど……そういうことか」
1人、納得がいったレムレスに、今度はルーナが食ってかかる。
「先輩! 何が分かったんですか!」
「全部分かった。行くぞ。まずはムーアに話を聞きに行く」
そう言ってレムレスが立ち上がると、素早く伝票をレジに持っていき会計をすませた。
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
しっかりと領収証を貰ったレムレスの後をルーナが追った。
「ルーナ、場合によってはお前を頼るかもしれん。頼んだぞ」
視線すら寄こさないレムレスだったが、なぜかルーナはその言葉が嬉しかった。
「お任せください!……それで、何が分かったのか教えてくださいよ~」
夕暮の街を、2人が駆けた。
☆☆☆
そこは、街外れにある建てられてから数十年は経っているであろうボロいパートの一室だった。
「……ここですかね?」
「ああ。ムーアはここに住んでいるはず」
レムレスが調査部の資料を見ながら答えた。まずはムーアから話を聞いて、推測を確かにしたいと思って彼に会いに来たのだ。
その薄い扉を何度かノックするが、返事はない。
「でも、水の音がしますね。シャワーでも浴びているのでしょうか」
扉が薄いせいで、中の音が聞こえるのだ。扉に耳を付けていたルーナの言葉に、レムレスはなぜか凄く嫌な予感がしていた。
何より――濃厚な死の気配を感じる。
「ルーナ! 扉を斬れ!」
「はい!」
ルーナが腰に差していた剣を抜きつつ一閃。扉と壁の接合部が斬られると同時にレムレスが扉を蹴飛ばしす。玄関から続く廊下には湯気が満ちていた。
シャワーから水が出る音が響き、血の臭いが漂っている。
「ルーナ、すぐに警察士を呼んでこい」
「了解です! レムレスさんは!?」
「俺は現場を見る! まだ助かるかもしれん!」
レムレスが水浸しの廊下を駆ける。右側に開けっ放しの扉があり、そこから血の混じった水が流れ出てきている。
覗けばそこはシャワーのみが置いてある浴室だった。そして床には全裸のムーアが倒れており、頭を打ったのか頭部から大量の血が流れ出ていた。
死霊術士であるレムレスは、確認せずとも分かる――ムーアは既に息絶えている。
「クソ!」
思わず悪態を付いたレムレスだったが、その目は天井の換気扇と床の排水口へと向けられていた。
「レムレスさん! すぐに警察士が来ますよ!」
ルーナがやってくるが、レムレスは既にこの場所に興味を失っていた。
「あとは警察士に任せよう。俺が全部説明するから、お前は何も喋らなくていい」
「分かりました。なぜ……ムーアさんが」
「推測は出来るが……それも調査結果を待ってだな」
レムレスが部屋から出ると、煙草を取り出し火を付けた。
それから程なくして、警察士がやってきた。
レムレスがギルドの保険調査員だと名乗り、状況を説明すると、警察士はすぐに理解を示し協力的になった。
勿論、現場を調査することも、死因を調査することも保険調査員の仕事ではない。だからレムレスはその現場検証を邪魔するつもりも協力するつもりもなかったが、一言だけ警察士にこう言った。
〝換気扇と排水口を念入りに調査してくれ〟、と。
そしてレムレスは――ムーアの残留思念を視た。
それで、全ての線が繋がったのだった。
次話から解決編です! トリックは分かりましたか?