CASE2:その6
王都――冒険者ギルド本部
アドネイとの邂逅から3日が経っていた。
「横暴だ!! 断固として抗議する!」
「ブクレシュを解放しろ!」
「国と一部の企業だけで遺跡を独占するのは条約違反だ!」
ギルドのロビーに、冒険者と思われる人々が集まっており、段幕と共に抗議の声をあげていた。
それは今朝、突如政府およびギルドから出された、ブクレシュへの転移禁止の発表に対する抗議だった。これには冒険者達も理不尽だと激怒しているそうだ。なんせそれは宝の山を国に盗られたのと同義なのだ、不平や不満が出るのも無理はない。
対応に慌てふためく職員達を尻目に、レムレスとルーナが応接室へと向かう。
「失礼します。どうもお待たせしたようで」
レムレスが、ソファに座っている一人の女性――エヴァへとそう声を掛け頭を下げた。
「いえ、構いません。外は凄い騒ぎですね」
「……困ったもんです」
レムレスが肩をすくませると、エヴァの前に座った。
「ブクレシュの危険性と重要性を考えれば、そもそも安易に解放したギルドや政府側に非があるんですがね。ま、冒険者達に散々期待させといて、結局お預けってのは、やっぱり怒られますよ」
「……ですね」
レムレスがルーナにコーヒーを頼もうと思ったが、思い直した。
「コーヒーは……要りませんね」
目を細めるレムレスを見て、エヴァがニコリと笑いながら首肯する。
「さて。今日来ていただいたのは、アダムさんの再調査依頼についての報告の為です。詳しい内容については既に送付した調査報告書に記載されていたと思いますが、エヴァさんにも聞きたいがあるだろうと思い、この場を設けさせていただきました」
「はい。概要は……大体読んできております」
エヴァは微笑みを浮かべたまま表情を変えずに返答した。
「結果として、我々冒険者ギルドとしては、今回の案件は自殺ではなく、他殺と認定しました。そして実行犯であったタロスさんですが……調査中に殺害されてしまいました。これらに関しては全て我々調査官の不備です……心から謝罪いたします」
レムレスとルーナが頭を下げた。しかしエヴァの表情は変わらない。
「タロスは……馬鹿な男です」
その言葉に、何の感情も含まれていないことにレムレスもルーナも気付いていた。
「エヴァさん。貴方の仰るようにアダムさんは自殺ではありませんでした。ですが、結局自殺が他殺に変わっただけで、残念ながら保険金はお支払いできません」
「構いません。それはさして重要ではありませんから」
レムレスは、エヴァが本心からそう言っているように感じた。
「エヴァさん。これは、業務とは関係ない私の……あくまで個人的な質問なのですが――貴方、もしかしてアダムさんが他殺だった事を知っていたのではないですか?」
「え? 先輩、何を言っているんですか?」
ルーナが突然そんな事を言い出すレムレスに思わず声を上げてしまう。しかしその言葉を聞いてなお、微笑みを崩さないエヴァがゆっくりとその赤く小さな唇を動かした。
「――はい」
「やはりそうでしたか。タロスさんがアダムさんを殺害したということも薄々勘付いていた。そして……それを我々に教えずに、自殺ではないと伝えたかった。だからあの時貴方が言った、アダムさんがプロポーズしたという言葉は――嘘ですよね?」
「ええ、その通りです。勿論、全てを分かっていたわけではありません。ですが……自殺では絶対にないと思っていました。あの人が……自殺するわけがないんです。いえ、言葉を変えましょう。自殺なんて出来ないのです」
自殺するわけがない……ではなく、自殺が出来ない。その言葉の真意をレムレスが探るも、エヴァはあっさりとそれを口にした。
「だってアダムには……そういう命令は刻まれていませんから」
「っ!! それって……」
「やれやれ……やはりそうでしたか。そもそもおかしい点が多かった。まず、タロスさんがいくら他人の助力があったとはいえ、アダムさんをゴーレムに仕立てあげたという推理にはやはり無理があった」
「そうですね。ただ、令珠を突っ込めばゴーレムに出来る……というわけではありません。いくら令珠と命令を刻む魔術を事前に準備していたとしても……それは不可能です」
エヴァの言葉に、レムレスが頷いた。
「……この事件の裏にはアドネイという男がいました。その男は人形師を名乗っており、技術は自らが提供したと主張していましたが……彼が協力したとしても、やはり一時間やそこらでアダムさんをゴーレムにするのは難しいと感じます。だから、私はこう考えました――アダムさんは最初からゴーレムだった。タロスさんは、教えられた魔術を使って、ただ命令を書き換えただけ。それであれば、彼でも犯行は可能です」
「先輩、おかしいですよ! もしそうであれば……タロスさんはアダムさんがゴーレムだという事を知っていたわけですよね? だとしたら前会った時の態度もおかしいですよ」
「そうだな。だからこう考えている。おそらく、タロスは最後までアダムさんがゴーレムだと知らなかった。アドネイに、〝これを埋め込んで命令魔術を使えばやれる〟とでも言われ、偽物の令珠でも渡されたのだろうさ。タロスは疑いもせずに偽物の令珠を埋め込み、命令魔術を掛けた」
そして、その命令魔術は本来のアダムの令珠に作用した。
「そうだとすると……飛び降りたアダムさんには――令珠が二つあったってことですか!?」
「その通り。そしてその内の一つは、タロスが回収した。もう一つは――エヴァさん、貴方が回収したのですよね?」
「仰る通りです」
そう、飛び降りたアダムに一番に駆け寄ったのはタロスとエヴァの二人だった。そして二人は錯乱するフリをしてアダムの身体の部位を集めながら、それぞれが令珠を回収した。それは偶然であり、二人ともそれに必死だったからこそ……お互いの行動に疑問を持たなかった。
「そうであったとしても……アダムさんの経歴におかしいところはありませんし、そもそもゴーレムだったって……どうやって周囲の人を騙していたんですか? いくら死霊術と違って対応力があるといってもゴーレムですよ? タロスさんだって気付くはずですよ!」
ルーナの言葉はもっともだった。アダムが実はゴーレムだったという推理には無理がありすぎる。
だが、レムレスはアドネイという存在を知ってしまったせいで、それが可能だと思ってしまったのだ。そして突然のブクレシュの封鎖。何よりそれを裏付けたのは……エヴァの存在だった。
「いや、可能だ。ただし、ある程度の助力は必要だがね。例えば――アグニア家の力、とか」
「アグニア家……?」
「流石ですね、レムレスさん」
エヴァが静かに手を叩いてレムレスを讃えた。
「アダムは……我がアグニア家が造った自律人形のプロトタイプです。彼の経歴に嘘はありませんよ。全て真実です。ただし、経歴には記載されないような部分で、色々と手を加えていますし、ゴーレムだと気付かれそうな場面では介入をしています。それに彼は最新型ですからね。飲食をするフリは可能です。もちろん、消化や排泄は無理ですが」
「嘘……いくらアグニア家でも、自律人形を造るのは不可能なはずですよ! もしそれが本当だったら……あまりにそれは既存技術から逸脱しています!」
ルーナの言葉を聞きながら、レムレスが煙草に火を付けた。
「これは、あくまで俺の推測だが……おそらくアグニア家はブクレシュの人形師の家系だったのだろう。そしてブクレシュが滅びてもなお、その技術を継承していた。魔導産業はその副産物に過ぎない。アグニア家は密かに自律人形の研究を続けていたんだ。そして限りなく人間に近いフレッシュゴーレムを開発、いや違うな……復古か。そう復古させたんだ。その実験の一環として人間社会に違和感なく溶け込めるかテストしていた。そう例えば冒険者として動かせばどうなるか、とかね」
「その通りです。私は、アダムの恋人役としてサポートしていました」
エヴァの言葉に、ルーナはようやく得心ががいった。初めて会った時に感じた演技臭さは、やはり間違っていなかったのだ。
レムレスがエヴァの目を見つつ口を開く。
「ですが……分からない部分があります。なぜ、再調査依頼をされたのです? 最初の調査のままであれば、アダムさんがゴーレムである事が明るみに出る事はなかった」
「そうですね。あのままにしておいて、タロスについては秘密裏に処理すれば……全ては闇の中だったでしょう」
ルーナは怖かった。エヴァは微笑みを浮かべたまま、処理なんて言葉を簡単に口にしたのだ。
「だが、貴方は再調査依頼をして……結果、私達はアダムさんがゴーレムであり、かつアグニア家がゴーレム技術を保有しているという事実を知ってしまった。これは……エヴァさんの立場からすればマズイ状況では?」
レムレスにはそこが不思議だった。エヴァにとって、メリットがないように思えたのだ。
「そうですね。強いて言えば……本命が現れたから――でしょうか」
「……なるほど」
「え? どういうことですか」
「ルーナ。アダムさんが死んだ事は、エヴァさんやアグニア家にとっては想定外のことだったんだよ。それが何を意味するかというと……つまりアグニア家以外にもゴーレム技術を保有している存在がいることが分かった……と言うことだ」
「ええ。それで、アグニア家は政府とギルドにブクレシュを封鎖するように圧力を掛けました。ですが、レムレスさんの調査のおかげで分かったのです――ようやく彼が表舞台に出てきたということを」
エヴァがそこで初めて表情を変えた。それはまるで――恋する乙女のような顔だとルーナは感じた。
「貴方は我々を利用した。おそらく……アグニア本家には再調査を依頼したことについても隠していたのでしょうね。独自に調査をすると共に、念の為我々にも調査をさせた。それほどまでに――貴方は彼を求めていた」
「ふふふ……利用されたことについて怒っていますか?」
エヴァが目を細める。
「いえ。おかげで色々と分かりました。まあ厄介事が増えたような気もしますが……」
「どうやらレムレスさんは彼に随分と気に入られたようですね」
まるで、旧友の……いや恋人のことを話すようにエヴァが嬉しそうに笑った。
「エヴァさん。アドネイは一体何者なのですか」
「教えるとでも?」
エヴァの言葉を聞いて、レムレスが煙草を揺らした。
「アドネイと名乗ったかの人形師について、私なりに調べてみました。アドネイ――それは古ブクレシュ語で〝主〟を意味する言葉です。そしてそれを共通語の発音に直すと――アダム、となるんですよ。アドネイの顔はアダムさんにそっくりだった。いえ、逆ですね。アダムさんの顔がアドネイに似せて造られた……ということでしょう――ブクレシュを滅ぼした人形師アドネイに敬意を表して」
「……偶然よ」
エヴァが淡々とそう答えると立ち上がった。
「話はこれで終わりですね。それでは私はこれで」
エヴァが部屋から出て行こうとする。
その背に、レムレスが声を投げかけた。
「では、最後に。エヴァさん――貴方は人間ですか?」
その問いに、エヴァは少しだけ立ち止まって、短く答えた。
「ご想像にお任せしますよ。では……また会いましょう」
扉の閉まる音が響く。
「ふう……やれやれ」
「先輩……どういうことですか。もうわけが分かりません」
ルーナがぐったりとした様子でソファにもたれかかった。レムレスは新しい煙草に火を付け、肺を煙で満たす。
「俺の推測であり、憶測に過ぎないがおそらく、アドネイは……あのブクレシュを滅びに追いやった人形師、その人だ。そしてエヴァもまた……彼によって造られたゴーレムなのだろう。そしてアドネイはブクレシュを滅ぼすと姿を消し、残されたエヴァはアドネイを探し続けた。そう命令されていたのかもしれない。エヴァとアグニア家の祖との関係は謎だが、おそらくどこかの段階で接触した。そしてエヴァという存在によって、ゴーレム作成や魔術は継承された。魔導産業はその副産物なんだよ」
「仮にそうだったとして……エヴァさんはあまりに人間的でした。ゴーレムだなんて……」
そこで、ルーナはそういえばエヴァは前回来た時に、コーヒーに一切手を付けなかった事に気付いた。あの時はそういう気分ではないからと、気にもしなかったが。
「そっか、だから……エヴァさんはコーヒーを飲まなかった」
「エヴァは初期型のゴーレムだからだろう。ブクレシュの全盛期の時に造られたと仮定すると、ゴーレムに食事をする機能なぞいらなかっただろうしな。なんせゴーレムが一般的な時代だったんだ、ゴーレムであることを隠す必要性がない。だが、エヴァさんを見る限り、当時でもあれほど人間らしいゴーレムはいなかったのかもしれないな。つまりそれだけアドネイが逸脱した人形師だったってことさ。おそらくだが、アドネイ自身も既にゴーレムと化しているだろう。でないと、何百年も生きていられるわけがない」
「……そんなのおかしいです」
「だがそう考えれば、全ての辻褄が合う」
レムレスも内心はルーナと同じ気持ちだった。
もしこの推測が正解であれば……あまりにそれは現代の常識と倫理から外れてしまっている。
「エヴァは、アダムが死んだ事によって、命令が書き換えられた事にいち早く気付き、アグニア家以外の人形師の存在を知った。そして、アグニア家の力を使ってブクレシュを封鎖、調査を始めると同時に、俺達を利用した。結果エヴァは何百年も探し求めていた自らの主――アドネイの影を掴んだ。その後、エヴァがアドネイと接触できたかどうかは分からない。が、厄介なことになっているのは確かだ。もしかしたらエヴァは既にアグニア家から離れたのかもしれないな。元の主の下に戻ったとでも言うべきか」
「レムレスさん。エヴァさんは……アドネイを愛していたのでしょうか」
ルーナは思わずそう口にしてしまった。エヴァのあの態度を見る限り、そうとしか思えなかった。
「そう、命令されていたのかもしれない」
「だとすれば……それはあまりに悲しいです」
「だが、人間も同じような物かもしれないぞ。思い込み、刷り込み……人に人を愛させる方法はいくらでもある。例えば……恋人を目の前で自殺させ、傷心したところを慰め……自分へと愛情を向けさせる、とかね」
タロスの事を思いだし、ルーナは心が沈んだ。確かに彼は最低な人間だったかもしれない。
だけど、殺される必要はなかった。
「結局、タロスもそして俺達も……糸で操られた哀れな人形だったって事さ」
悲しい人形劇だ。テーマは〝主の帰還〟、といったところか。レムレスが自分の考えの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう。死体は専門分野だが、人形となると話は別だ。
今回全てが後手に回ったのはそれが理由だろうとレムレスは思っていた。
結局、誰も救えなかった。
「アドネイが、こう名乗っていただろ〝貌無し〟と。おそらく奴が作った闇ギルドだと推測できる。あの召喚士のサラも所属していたような節があるしな。つまり俺達は――宣戦布告されたんだよ」
「……次は負けません」
ルーナの肩をレムレスがポンと叩く。
「気負うなよルーナ。俺達は正義の味方でも何でもない……ただの保険調査員なんだ」
「……はい」
「まあ、嫌でも奴とはまた関わりそうな気がするけどな。その時は頼りにしているぞ」
「任せてください! あ、先輩、一応聞きますけど……先輩はゴーレムじゃないですよね?」
ルーナが真剣な表情でそう聞いてくるので、レムレスは思わず笑ってしまった。
「さてな。もしかしたらそうかもしれんな」
「ええ!? もう誰も信じられません!」
「そういうルーナも寝ているうちに、ゴーレムにされているかもしれないぞ。ほら、良く見たら後頭部に令珠が……」
「ええ!?」
必死に自分の後頭部を確認するルーナを尻目にレムレスは天井を仰ぎ、アドネイの言葉を思い出した。
〝最愛の相手を殺して人形にするなんて最高に絶頂しそうなことをする奴が他にいるなんてね〟
そして、かつての恋人の声がまた頭の中でこだまする。
〝レムレス……私を使って〟
「似た者同士……か。もしかしたらエヴァさんは……」
それ以上は言うのを止めて、レムレスが立ち上がった。もし自分の考えが正しければ……アドネイは自分の未来の姿なのかもしれないな、とふと思ったのだった。
「先輩! 令珠なんてないじゃないですか!!」
怒ったような表情を浮かべるルーナを見ていると、なんだか自分の思考が馬鹿らしくなったレムレスが煙草を消して立ち上がった。
「ん? ああ悪い悪い。気のせいだった」
「もう!」
「ほら、昼飯食いに行くぞ。午後からは別の案件がある」
「はーい。あ、奢りですか!?」
「今日だけだぞ」
「やったー!」
気楽なルーナの姿を見て、レムレスは少しだけ救われた気がしたのだった。
廊下に出ると、先ほどと変わらず冒険者達のブクレシュ封鎖に対する抗議の声が響き渡っていた。あんな遺跡は封鎖した方がいい。改めて、レムレスはそう思ったのだった。
もう人形も、人形劇もうんざりだ。
レムレスはそんな事を思いながらルーナと共に食堂へと向かったのだった。
――CASE2:【その人形劇は誰が為に】……調査終了――
というかCASE2終了です。
ハイファン新作始めました!
冒険者のパーティに潜入してランクを決める潜入調査官のお話です! たっぷり追放ざまあがあるので、お楽しみください!
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冒険者嫌いのS級潜入調査官 ~冴えないおっさんなんて要らねえんだよって追放されたけどダメだなこいつら。ん? 元Sランク冒険者でギルド話の人間だって知らなかった? 今さら遅え、Eランクからやり直しな~




