CASE1:その1
お待たせしました! 連載版です! ラストが短篇とは少し変わっていますので是非読んでみてください!
アレリア王国、王都。
冒険者ギルド本部――保険調査部。
「おい、案件〝17C〟についての調査結果はまだか?」
「すんません、まだ死因がはっきりしなくて……おそらくブレイドベアによる斬殺かと思われますが……」
「だったらさっさと現地調査に行け! 傷口とブレイドベアの斬爪が一致するか調べてこい!」
狭い室内に怒号が響く。
「――レムレス! レムレスはいるか!?」
その野太い声に、1人の赤毛の男が答えた。
「そんなデカい声出さなくてもいますよ、室長」
その男は背が高く細身で、ギルドの制服を着ていた。30歳という年齢に相応しい、少し優男気味の顔付きをしており、長い豊かな赤髪を後頭部で結んでまとめていた。
ワイルドさの中にどこか貴族のような高貴な雰囲気を出すレムレスだが、その表情にやる気はなく、口元の煙草からは紫煙が漂っている。
「なんですかい、ドライフ部長」
短い黒髪に、顔や腕にある無数の傷跡から、歴戦の戦士を思わせる見た目の中年男性――この保険調査部の責任者であるドライフ――が座るデスクの前にレムレスがだるそうな声を出した。
「A級案件がある」
ドライフが苦々しい口調でそう言って、一枚のファイルをレムレスに手渡した。
「……またですか。ちと最近多くないですか」
「クソ冒険者共が足りない知能を使ってなんとか出し抜こうとしているんだろうさ。頼めるか」
それは聞いているような形だが、半ば命令である事をレムレスは分かっていた。
「……めんどくさいんすよねえ。俺にもD級とC級とかの案件回してくださいよ」
「そういうのは下っ端がやりゃあ良いんだよ」
ドライフがそう言うと、レムレスの隣のデスクにいた若い青年が、そりゃあないっすよ……と呟いた。
「四の五の言わずに調査に行ってこい」
「へいへい……分かりましたよ」
ファイルを持ってレムレスは肩をすくめると、デスクへと戻ろうとする。
すると、その背にドライフの声が掛かった。
「あともう一つ。今日から配属される新人を連れて行け。お前が教育係だ」
「そんな話……聞いてないですけど」
「今言ったからな。ちっ、10時には来いって言ったのに……」
レムレスが壁に掛かっている時計を見ると、とっくに10時は過ぎている。
「――じゃ、俺、調査行くんで~」
「あ、こら、レムレス!」
これ幸いとばかりにそそくさと用意をして、調査に出ようとするレムレスだったが――
「すみません!! めっちゃ遅れました!! この部屋、建物の端っこすぎて存在に気付きませんでした! 窓際の部署なんですか? 言われてみればそんな感じの雰囲気が……あ、申し遅れました! 本日付けでこちらの部署に着任するルーナ・メリル・ローズハルトです! 気軽にルーナと呼んでくださいね!」
調査室の扉が勢いよく開くと同時に、怒濤のセリフが室内に放たれた。
その声の主は、短めの綺麗な銀髪の下に、勝ち気そうな整った顔がある1人の少女だった。真新しい制服をさっそく着崩しており、腰には1本の剣が差してあった。
いや、ここの職員という事は少なくとも成人はしているはずなので少女という表現はおかしい、とレムレスは思い直す。幼い精神がそのまま顔に出ているのだろうと、勝手に決めつけた。
「おっそいぞルーナ・メリル・ローズハルト!!」
ドライフの怒鳴り声に、ルーナがぺこりと頭を下げた。
「すみませんでした! あ、私のデスク、そこの意味深に片付けてあるやつですかね!?」
「切り替えが早すぎるぞお前! レムレス!! 俺の血管が切れる前にそいつをさっさと連れていけ!!」
その言葉を聞いてレムレスは溜息をついた。絶対に認めたくないが、自分が教育する新人とやらが――この女らしい。
「……おい、行くぞ新人」
そう言って、レムレスは椅子に掛けていたコートを肩に引っかけると、部屋から出て行こうとする。
「へ? いや今着いたばっかりなんですけど!?」
ドライフとレムレスを交互に見て、ルーナが叫ぶ。
「お前が遅れたせいだろうが。早く来い」
そんなルーナの頭をレムレスがはたいた。前途多難さに眩暈がしてくる気分だ。
「あ、私――」
「さっき聞いた。俺はレムレス……お前の教育係らしいから、黙って付いてこい」
「よろしくですレムレス先輩!」
ニコニコとするルーナに、毒気を抜かれたレムレスは一瞥すると、そのまま廊下を大股で歩いて行く。
「で、まずは何をするんですか!? やっぱり現場調査ですか!?」
ウキウキしたようなルーナの声に、レムレスは力無く首を横に振った。
「それは最後だ……。まずは被保険者を視にいくぞ」
「ひ? ほけんしゃ?」
後ろにいるルーナの顔は見えないが、きっと首を傾げているだろうとレムレスは推測し、冒険者ギルド本部の中を抜けつつ説明する。
「冒険者は新規登録する際に必ずギルド保険に加入させられる。その保険料は依頼を達成した際の報酬金から数%取られる仕組みになっていて、それによってギルド保険制度は運営されているんだ」
「強制なんですか?」
「ああ。そもそも、冒険者ギルドの始まりが保険だからな。今も決して安全な仕事とは言えないが、昔は技術もノウハウもなく、冒険者業はもっと危険だった。だから怪我や病気、そして死亡した際の補償が求められた。そうして出来た保険運営組織が成長し、依頼の仲介などの冒険者業を請け負うようになったのが冒険者ギルドだ」
「はえー」
ルーナの何とも頼りない返事に、レムレスは既に教育係を投げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。
「なんで知らずにうちの部署に来たんだよ……。被保険者ってのはそのまま文字通り、保険が適用される者の事だ。今回の案件の場合、被保険者、つまりその冒険者は死亡している。死亡した場合、検死官や警察士によってその案件がクラス分けされるんだが……」
「あ、それはなんか聞いた事ありますね。E級は、問題なし。D~C級は、死因に魔物が絡んでいるので要調査……でしたっけ」
ルーナの言葉に、レムレスが頷く。
「その辺りまでは、まあ通常業務だな。確認事項をチェックしたら大体終わりだ。ところがB級から上は……」
「死因及び死亡状況に疑いあり――ですね」
なんでそんな事は知っているんだ……と思わなくはないが、知らないよりはマシかと思い直しレムレスは説明を続けた。
「特にA級からは、事故に偽装した保険金殺人の可能性や闇ギルドの関与の可能性が高い。今回の案件もA級だ」
「おお! 闇ギルドと熾烈なバトルを繰り広げるんですね! ふふふ……私の剣の錆びにしてやりますよ……」
ルーナが暗い笑い声を上げるが、レムレスは溜息をつくだけだった。
「阿呆……俺らの仕事は、あくまで調査だけだ。調べて、それが本当に保険金を支払うべき案件なのか判断して上に報告する。それ以上でもそれ以下でもない。変な正義心は持つなよ、新人」
レムレスは立ち止まり、振り返ると、ルーナの目をまっすぐに見つめてそう言った。
ギルドの保険調査員という仕事は楽ではない。大体の案件が死体絡みである上に、魔物に惨殺された死体を検分し、場合によってはそんな危険な魔物が跋扈する現場へと向かう事もある。何より日常生活では触れる事のない、反吐がでるような人の悪意が満ちあふれているような案件ばかりだ。ギルド内においてぶっちぎりで不人気な部署なのは致し方ないことだろう。
よほどの物好きか、心がイカレちまった奴しか続かない。そんな仕事だとレムレスは思っていた。
だからこそ、まっすぐにこちらを見つめ返す、この新人には無理だろうと勝手に決めつけていた。
「〝常に心に正義を〟――がうちの家の家訓なんです。なのでそれだけは譲れませんよ、先輩」
「はん……その強がりが続くと良いな」
レムレスがそれだけ言って、再び歩き出す。ようやく2人は本部の入口のある巨大なロビーへと出た。
ロビーには、冒険者達が溢れていた。カウンター内の受付嬢と何やら口論している者、壁際に並ぶ依頼検索機で依頼を探す者、電光掲示板でメンバーを募集しているパーティを探している者など様々だ。
だが、全員が何かしらの武器を携帯しており、身体には物々しい装備を身に付けていた。それらは全て、各企業がしのぎを削って開発している魔術と最新科学技術を組み合わせた魔導武器や防具の数々だ。
次々発見される遺跡と、そこへと繋がる転移装置関連の技術復古によって、冒険者はこの国で急増した。後ろ盾や経歴がなくてもなれる冒険者という職業は、この国においてある意味社会のセーフティネットの役割を果たしていたのだ。
そうして増えた冒険者達の中から、英雄と呼ばれる者達が台頭したおかげで、魔導産業と冒険者業がこの国の一大産業になりつつあることにレムレスは嫌気が差していた。
この国は人殺しを増やしてどうする気なのだろうか。レムレスには理解が出来なかった。
「流石に賑わってますねえ。景気が良いのは良いことです。確か新しい遺跡が発見されたんでしたっけ?」
「……良いことじゃねえよ。冒険者なんてのは首輪の外れた暴力装置だろうが。クズか、善人の皮を被ったゴミしかいない」
ギルド保険は、冒険者同士の諍いには適用されない。していたらキリがないと分かっているからだ。
「先輩は反冒険者主義なんですか。冒険者のおかげで私達の給料が出ているのに」
図星を突かれて、レムレスが黙りこくる。
「ほら、行くぞ。死体安置所は本部の裏だ」
「はーい」
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冒険者嫌いのS級潜入調査官 ~冴えないおっさんなんて要らねえんだよって追放されたけどダメだなこいつら。ん? 元Sランク冒険者でギルド話の人間だって知らなかった? 今さら遅え、Eランクからやり直しな~