本気の男子
文化祭の片付けと振替休日があって、学校の日常が戻った。しかし、元に戻っていない事がある。それは、一年生の海斗ファンが一気に増えた事だ。海斗の話がしたくて、もしくは海斗の事を聞きたくて、女子が俺に話しかけてくる事が増えた。ああ、またあの悪夢が始まるのか。
そして、一人の男子がそういう目的で俺に近づいてきた。彼ははっきりとその目的を最初から告げた。
隣のクラスの本条護くん。彼は小さくて華奢で、色白な美少年。女装したら女子にしか見えないだろうと思うほど、本当に可愛らしい顔をしていた。目がぱっちりしているし、頬もふっくらしていて、唇が艶のある赤紫色をしていた。
「城崎くん、僕、君のお兄さんに惚れちゃったんだ。僕の事、応援してくれないかな?」
そう言って、護くんはにっこりと笑った。ものすごくオープンだ。だが、顔に似合わず押しが強い性格で、俺はどうにも断る事ができない。数日後、海斗に会わせて欲しいとせがまれ、昼休みに海斗を呼び出すという暴挙に出た。まだ栗田にもしゃべらせてやっていないのに。
LINEで呼び出した。理由も言わずここに来てくれと送ったら、疑いもせずOKだと返ってきた。ちょっと申し訳ない思いがしてしまう。俺と護くんが待っていると、海斗がやってきた。護くんをちらっと見ると、ものすごく緊張していて、そんでもって、可愛い。目をウルウルさせちゃって、両手を胸の前で握り締めちゃったりして。
「岳斗、どうしたんだ?何か用?」
海斗が俺に聞く。
「あー、えっと、こちら本条くん。海斗と話したいって言うんだ。じゃあ、俺は行くから。」
と言って、一歩下がってから、海斗にしか見えないように手で拝むポーズを取って、去った。
しばらく行ってから、振り返った。声は聞こえないけれど、海斗が片手を頭の後ろに当てていて、護くんがうつむき加減でその前に立っている。いきなり告白しているのだろうか。このシチュエーションはそれ以外には考えられない。海斗、まさかOKしたりしないよな。でも、護くんはかなり可愛い顔をしているし。いやいや、まさかそんな事で初対面の男子との交際を即決めたりなんか、しないよなあ、まさか。
俺は、気づけば物陰に隠れてじっと二人を見守っていた。そのうち、護くんが手を出し、海斗も手を出し、握手をしていた。そして、海斗は去って行った。護くんはこちらを振り返り、ぴゅーっと走ってきた。
「わーん、緊張したよー!」
って、可愛いじゃねえか。
「兄貴、何て?」
俺が聞くと、護くんは目に涙さえ浮かべて、
「握手してくれたー!」
と。
「兄貴に、告白したの?」
俺が今度はそう尋ねると、
「告白って言うか、ファンになっちゃいましたって言った。」
なるほど。
「よかったね。」
俺はそう言った。なんだか、むしろうらやましかった。いや、人から見たらうらやましがられるのは俺だろうけど。
家に帰った時、俺はもやもやした気分で一杯だった。海斗が帰ってきたので、部屋に入る前に捕まえた。
「海斗、今日の事だけど。」
「おお。お前、ああいう事しないんじゃなかったのか?」
「え、ああいう事って?」
「だから、俺のファンだとかいう奴に、俺を引き合わせるとか。」
そう言われて、それもそうだと思った。
「ごめん。なんか、あまりに本気だったし、なんだか押されちゃって。」
いや、聞きたいのは俺の方なのだ。
「それでさ、どう思った?」
「どうって?」
「あいつ、本条ってすっごい美少年じゃん?」
「そうか?」
「そう思わなかった?」
「あー、別に。お前の方が可愛いよ。」
海斗はさらっとそんな事を言う。二の句が継げないとはこの事。俺は、握手してもらっていた護くんがうらやましかったのに、なんだかこれは・・・でも、どうしても俺も握手してもらいたかった。ステージで歌っていた海斗と、握手したかった。それで、俺は右手を差し出した。恥を忍んで。もう、どうにでもなれ。
「握手、して。」
海斗は、その手を見て、俺の顔を見た。そしてニヤッとすると、俺の手を右手で握ってくれた。そして、ぐいっとその手を引いた。とっとっと、とバランスを崩し、当然そのまま海斗の胸にどすん。そして、海斗は俺の背中に腕を回した。沖縄以来のハグ。顔がカーッと熱くなったけれど、やっぱり嬉しくて、そのまま俺も腕を海斗の背中に回して、しばらくじっとしていた。
やばい、俺ってば、海斗を独り占めしたいと思い始めてしまった。あんなに人気者で、あんなにかっこよくて、こんなに優しい海斗。でも、いつまでも俺の物ではいてくれないんだろうな。きっと、いつか海斗を本当に虜にする人が現れるだろう。そうなっても、海斗は俺を弟として可愛がってくれるだろうか。独り占めはできなくても、ずっと仲良く、兄弟として生きていけるだろうか。
すると、
「二人で何やってるの?」
と母さんの声が。
「うわあっ!」
心臓が跳ね上がった。俺と海斗は同時にぱっと離れた。階段の下を見ると、そこに母さんが立っていた。海斗は・・・なんと、後ろ向きにひっくり返っていた。びっくりしすぎじゃないか?
「えっと、いや、別に何も。」
俺が作り笑いをして母さんに釈明しようとしていると、海斗はひっくり返った体を表に返し、そのまま四つん這いでダダダッと自分の部屋に駆け込んでしまった。ナニ?逃げた?母さんの方を振り返ると、母さんはくくくっと笑って去って行った。俺は、脇汗がどっと出た。恥ずかしい。




